紗倉まな『最低。』を読んで
Voicyを聴いてファンになった紗倉まなさんのデビュー小説を、やっと手に取りました。
登場する4人の女性のエピソードすべてに自分の人生を重ね合わせ、感情をぐらぐら揺すられながら読み進めました。
今回の読書感想文では、作中に登場する彩乃・桃子・美穂・あやこのそれぞれの編に分けて、自分の経験を交えながら考えたことや思ったことを書いていこうと思います。
あらすじ
「もう彩乃ちゃんは、みんなのものなんやから」。進学を機に釧路から上京し、家族に黙ってAV女優としての活動を続ける彩乃は、バーで知り合った日比野という編集者に惹かれている自分に気付くがーー。AV出演歴のある母親を憎む少女「あやこ」。夫とのセックスレスに倦んで出演を決意した専業主婦「美穂」。両親に仕送りをし続ける元ススキノの女「桃子」。4人の女優を巡る連作短編小説。人気AV女優、紗倉まなの小説デビュー作。
自分の価値を他人に承認されるのは、きっと人間にとって重要なこと
美しい両親、そして両親の血をそっくりそのまま受け継いだような整った顔立ちの兄と姉、そんな家族に囲まれて育ったのが、第1編の主人公・彩乃です。
ひとりだけ白鳥から生まれたアヒルのような劣等感を抱えた彩乃は考えます。
ーー私の武器って?
若いこと。身体が綺麗なこと。
そして見つけたやってみたいことが、AV女優でした。
彩乃の物語を読みながら、私は最近知ったルッキズムという言葉を思い浮かべました。
すこし自分の話をします。
私はあまり女性らしくない自分の体つきが、ほんのすこしコンプレックスでした。
胸はぺたんこだし、そもそも体のつくり自体が全体的に薄っぺらい。そのくせ太ももだけは大根みたいに太い。身長は女性の中では少しだけ高め。
ほんの冗談のつもりでも、「本当におっぱい小さいね」なんて好きな人から言われたら……
悪気がなかったとしても、「こんなでかい女の子と付き合ったの初めてだわ」なんて好きな人から言われたら……
胸が大きかったり小柄だったりする女優や、アイドルや、道ゆく女性に対して、いいなぁって、劣等感を抱いてしまうものです。
それまであまり気にしていなかったのに、途端に自分の身体に自信がなくなって、そして自分の存在にも自信がなくなっていきました。
私がその劣等感を感じなくなったのは、見た目で私のことを好きになったわけではない男性(いまの旦那)と出会い、外側だけでなく内側も含めた私の存在そのものを全肯定してもらえたからでした。
そして彩乃は、自身の若さと美しい身体をAV女優として存分に活かすことでその劣等感を少しずつ拭っているのではないかなと感じました。
コンプレックスの取っ払い方は人それぞれだけど、誰かに必要とされる、価値を認めてもらえるということが、きっと人間にとっては重要で。
私にとってそれは旦那との出会いで、彩乃にとってそれはAV女優として力を発揮することだったのかなぁ。
偏見にさらされるAV女優という肩書き。親を悲しませてしまうという事実……。でも彩乃にとっては自分で選択したれっきとした仕事。
職業としてのAV女優についても考えるきっかけになります。
後半、バーで出会った日比野という男性との会話で、「自分は人間何周目か……」という話が出てくるのですが、私はそのシーンが好きでした。
職業に貴賎なし、ではないのか?
職業に貴賎なし……職業による貴賎の差はない、という意味の表現。一般的には、どのような仕事も社会に必要とされているものである、働くこと・職務を全うすること・労働をして稼ぐことは等しく貴いことである、人を仕事の内容によって差別すべきではない、などといった意味合いで用いられることが多い。(引用:weblio辞書)
第2編の主人公は、AVプロダクションの経営者・石村。そして石村のプロダクションに所属する、元ススキノの女・桃子。
桃子は、容姿が飛び抜けて美しいわけではないけれど、気立てが良く、ニコニコ笑いながら話を聞き、温かく人を包み込むような女性です。
そんな彼女はAV女優の仕事で得た報酬を、北海道にいる両親に仕送りしています。
しかし、桃子の仕事内容を知っているらしい両親は、そのお金にまったく手をつけません。
高齢の両親を想い、必死に仕事をして、それを仕送りする。それでも両親には受け入れてもらえない。なぜなら桃子の仕事がAV女優だから……。
職業に貴賎なし、という言葉がありますが、現実はそうではないのです。
必要とされているから職業として成立しているはずなのに、世間から差別される現状。
「桃子、幸せになってくれ……」
気がつくと、私は健気な桃子の幸せを願っていました。
また、石村が四苦八苦しながらプロダクションを軌道に乗せるまでの過程は、アダルト業界に普段関わることのない私からしてみると「こういう世界なのか」という発見がありました。
"女"としての私を見てほしい
34歳の専業主婦・美穂は、夫とのセックスレスに悩んでいます。
子どもが欲しいという気持ちもあるけれど夫はまったく乗り気でなく、夫婦の性生活はもう5年も皆無。
エンドレスな家事を繰り返す日々と、仕事でほとんど家におらずそっけない夫の描写がリアルで、胸が苦しくなりました。
持て余した性欲をどうしたらいい?
34歳。まだまだ私は女盛り。
夫がそんな態度なら、女としての私を誰に見てもらったらいいの?
私の人生、このままでいいの……?
悩んだ末に美穂がAV女優の道に足を踏み入れるまでのストーリーが、切ないです。
第1編・彩乃の感想でも書いたことですが、誰かに必要とされる、価値を認めてもらえるということがきっと人間には必要なこと。
なのに、美穂の日常にはまったくそれがないのです。
洗濯物が綺麗に畳んでしまわれていることも、毎日違うメニューが食卓に並ぶことも、当然のことのように扱われて感謝もされない。
勇気を出して誘ってみても「疲れてるから」と断られ、持て余した熱情の行き場がない。
たまに巻いてみた髪を、「綺麗だよ」とひとこと褒めてすらもらえない。
一度は男女として愛し合ったはずの相手との埋まらなくなってしまった深い溝が、じっとりと暗く、読み手にも迫ってきます。
夫との関係性をなんとかもう一度動かしたいと試みて、それでもうまく行かず呆然とする美穂の様子は、読んでいて一番心苦しくなりました。
母と子 親子であってもある種の他人
第4編の主人公・あやこは17歳の少女。
5歳のとき母・孝子の実家がある石川県に戻り、祖母・知恵と三人で暮らし始めます。
あやこが中学生の頃、母・孝子がAVに出演していたという過去が学校で噂になり、日々の生活もだらしない孝子に対してあやこは諦めのような感情を抱きます。
一度AVに出演すると一生それがついて回るのだということがまざまざと突きつけられる、象徴的なエピソードだと思いました。
また、知恵・孝子・あやこという3世代の女性の関係性が絶妙です。
必死で働き女手一つで娘を育て上げた、祖母。
娘に興味を持たず未だにフラフラしている、母。
美しく育ちどこか達観した雰囲気を纏う、娘。
さて、私には子どもがひとりいますが、まだまだ幼い、息子です。
きっと"母と息子"の関係性と、"母と娘"の関係性は、まったく異なる性質を持っているのだろうと思います。
女同士だからこそ分かり合えてしまう部分があって、それゆえのしがらみ、のような、まとわりついてくる何かがあるのだろうなと感じました。
老いてゆく自分と、若くて眩しい娘。
自分と我が子を重ね合わせて、期待しすぎたり、嫉妬したり。
(私に娘はいないので、あくまで想像の範疇を超えませんが……)
「親子だから」という血の繋がりを盾に、子に過干渉してはならない。
それを親が自覚すべきだと、強く思わされました。
また先述の同級生たちの陰口も、親子を別の人格として認識せず一緒くたにしてしまう乱雑さがあります。
AV女優をしていたのは、あやこではなく、母の孝子。
あやこには関係のない問題のはずなのに、母がAV女優をしていたことを理由にあやこは孤立してしまうのです。
親は親。子は子。
「息子の口と耳、私にそっくり!」と喜ぶ自分が、「あやちゃんは孝子に似ているわねぇ」と喜びながらアルバムをめくる知恵と重なり、ハッとしました。
最後に
紗倉まなさんだからこそ書ける文章だと、強く感じました。
私は古参のファンでもなく、AV女優としての紗倉さんも、実はほとんど見たことがありません。
ですが、Voicyはめちゃくちゃ聴き込みました。
『最低。』を読みながら、Voicyでお話しされていたことすべてがパーツとして蘇り、一つに繋がる感覚がありました。
紗倉さんが18歳でAV女優としてデビューしてからの、すべて。
いや、それ以前からの、紗倉さんの人生の、すべて。
家族との関係、世間との関わり、アダルト業界での経験、日々考えていること、夜な夜な悩んでいること、それら"すべて"を、この作品に全力でぶつけているのだと、私は感じました。
だから、心揺さぶられるのだろうなぁ……。
あとがきも素晴らしかったです。いろんな人に読んでもらいたい。
長文になってしまいました。
感情にまかせて書いたので、落ち着いてからまた読み直して、少し直すかもしれません。
素晴らしい時間を、ありがとうございました。
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