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よしもとばなな『キッチン』を読んで

この世の誰よりも愛するあなたがいま私の隣にいても、深く触れ合っていても、それでも孤独を感じてしまうことがある。

あなたと私は別々の人間で、すべてを分かり合えることなんて絶対に、永遠に、ない。

そうだ、この世に生を受けた瞬間から私は自由であると同時に天涯孤独であるのだ、

そう実感して、ゆるやかに、静かに、絶望する。

大人になって明確に分かってしまった、いや、子どものころから実はうっすらと気付き始めていた自らに影を落とす”孤独”というものに寄り添い、

あなたの孤独はとても大切なあなただけの孤独なのです、だけどちょっぴり他人と分け合いながら生きてゆくこともできるのです、と教えてくれる、お守りのような小説です。

あらすじ

家族という、確かにあったものが年月の中でひとりひとり減っていって、自分がひとりここにいるのだと、ふと思い出すと目の前にあるものがすべて、うそに見えてくる――。唯一の肉親を亡くしたみかげが、祖母と仲の良かった雄一とその母(実は父親)の家に同居する。日々のくらしの中、何気ない二人の優しさにみかげは孤独な心を和ませていくのだが……。世界30ヵ国以上で翻訳され読みつがれる永遠のベストセラー小説。

どうしようもなく私は世界でひとりぼっちだ、という孤独と共に生きる

幾度となく耳元で「愛してるよ」と囁き合っても、毎晩のように身体が交わっても、朝起きて仕事をして食事をしてお風呂に入って今日も楽しかったねと手を繋いで眠っても、

それでもたまらなく「あぁ、私はひとりだ」と感じてしまうことがある

隣で寝息を立てているこの人は他人だ、いつまでも私の隣にいれくれるとは限らない、ずっと味方でいてくれる保障なんてない、

そんな風に、小さく絶望する日々を繰り返している。

そしてきっと私の横で気持ちよさそうに眠っているこの人も、(自覚しているかどうかは別として)似たような孤独を抱えているに違いない。この女はいつかどこかに行ってしまうかもしれない、と。

いくら真剣に私の目をまっすぐ見つめて愛を伝えてもらおうが、相手の感情に構わずナイーブになる自分に嫌気が差す。

だけどこの寂しい気持ちは私しか持ちえない私の大切な感情で、誰にも踏みにじらせない。

そして私は誰の寂しさにも土足で踏み込まない。

作中のみかげも雄一も、それぞれにあまりにも大きすぎる存在を喪失しながら生きている。

死にたくなったり、何もできず呆然と涙が流れたり、生まれてきた意味が分からなくなるけれど、それでもどうにか生きている。

失くす前から怖がっているような私がもし何かを失ったら、どうなってしまうのだろう。

誰かと繋がっている、私はたしかにここにいて、いまこの瞬間は決して孤独ではない、

そう感じられる何かを行いながら、なんとか私の寂しさを紛らわせて生きてきた。

物語の最後に普段は冷静でどこか達観したところのあるみかげが、とにかく居ても立っても居られなくなって走り出すシーンがある。

あの疾走感こそ。血が出ても、涙が出ても、痛くても、明日のことなんて考えずになりふり構わない姿こそ。生きている、ということなのかもしれない。

血が出ても、涙が出ても、痛くても、明日のことなんて考えずにあなたに愛を伝え続けたら、あなたを孤独にせずに済むのだろうか。

あなたが、なりふり構わない姿で私に愛を伝え続けてくれたら、私は寂しさを感じずに生きていけるのだろうか。

いいえ。きっと、どんなに頑張ったって、人は生来孤独や寂しさを抱えているものなのだろうと私は思う

この寂しさと同居しているからこそ私は人に優しくできるのだと思う。

あなたがいるから私は孤独を感じられるのであって、だから私はあなたを心から愛することができるのだと思う。

「どうしようもなく私は世界でひとりぼっちだ」と心を小さく震わせながら、柔らかいあなたの髪を撫でてそっと目を閉じ、これからも私は孤独と共に生きていくしかないのだと思う。


どんなに打ちのめされても立ち上がれる強さが欲しい

本書の最後に収録されている『ムーンライトシャドウ』でも、大切な人を失った人たちが深く傷つきながらも前を向いて進んでゆく様子が描かれている。

人生はままならないことだらけで、私も現在進行形で何もうまくいかない。

自分ではどうすることもできなかったこともあるし、自分のせいでと悔やんでも悔やみきれないこともある。

とにかく打ちのめされ続ける。

やっとの思いで乗り越えたと思ったらまた次の絶望が襲い掛かり、出口の見えない状態に陥る。

「神様はその人が乗り越えられる試練しか与えない」だなんてよく言うよ、つらくて死んでしまう人だってたくさんいるじゃないか。

そんな暗い気持ちで読み始めたけれど、この物語を読み終わるころにはきっとみんな少し前を向ける。

物語の中の空気や匂いが目の前に広がるかのようなよしもとばなな先生の描写に、涙が滲む。

どんなにいまつらいことがあって、ごはんも食べられなくなって痩せてしまって、みんなから「大丈夫?」と心配されていても、きっといつかまた大丈夫になる。ゆっくりでもいいから前に進める。

ひたすら俯いていた私の肩がトントンとそっと叩かれ、ハッと前を向くとそこには大きな川と立派な橋。

私の前にもきっとうららが現れる。

それが私がまた立ち上がれるときなのだろうと思う。

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