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川上未映子『乳と卵』を読んで

中学生のころ、性について触れる小説は、気持ち悪く、怖くなってしまって読めなかったことを思い出します。

芥川賞を受賞した本作も、実はタイトルだけで毛嫌いしていました。きっと生々しいに違いない、と。

母となったいま満を辞して読んでみても、やはり、読むだけでなんだかお股が痛いような、お腹が痛いような。

それでも、男性女性問わず、ぜひみんなに読んでもらいたいと思える作品でした。

あらすじ

娘の緑子を連れて大阪から上京してきた姉でホステスの巻子。巻子は豊胸手術を受けることに取り憑かれている。緑子は言葉を発することを拒否し、ノートに言葉を書き連ねる。夏の三日間に展開される哀切なドラマは、身体と言葉の狂おしい交錯としての表現を極める。日本文学の風景を一夜にして変えてしまった、芥川賞受賞作。

はじめて生理が来たとき

作中に登場する巻子の娘・緑子は、生理が来るのが気持ち悪くて仕方ありません。

友人のおうちでは初潮を迎えたお祝いにお赤飯を炊いたという話も、なにがめでたいんだか、訳がわかりません。

さて、私にはじめて生理が来たときはどうだっただろうか。

中2の夏のプールの授業、毎回必ず参加していた私は、「一度も休まないね」とクラスメイトに不思議がられ、「だって私まだ生理来てないからね」と返事をしました。

私は背が高いほうだったので、まさかまだ生理が来てないだなんて、クラスメイトも驚いたのでしょう、「それって大丈夫?」と言われてしまいました。

私はこのまま生理が来ないのかな? 赤ちゃんができない身体なのかな? と、性交の仕方すら知らなかった14歳の私は、不安がっていました。

だから、はじめて生理が来たときは、やっときた! よかった! 将来子どもが産める身体だった! と、思ったのでした。

心からほっとして、嬉しかった、中学2年生の秋のことでした。

女としての自分の身体の不気味さ

緑子は、自分の身体には、生まれる前(つまり、お母さんのお腹の中にいるとき)から、無数の卵細胞があって、まだ生まれてもいないのに次の赤ちゃんを産めるしくみを持って生まれてくるということも、不気味で仕方ありません。

私は緑子の感覚に深く共感しました。

妊娠中は自分の身体が気持ち悪くて仕方ありませんでした。

自分の中に、自分とは別の生き物が入っているなんて、信じられませんでした。

私の身体の中、いまどうなってんの?

本で確認すると、子宮が元の大きさより何倍にも大きくなっているって。

その大きくなった子宮に、胃やら膀胱やらのほかの臓器がぐいぐい押されて、そのせいで、トイレが近くなったり、むかむかしたり、ちょっとしか食べられなくなったり、するんだって。

保健の授業ではここまで詳しく習わなかったし、こんなグロテスクなことが自分の身体に起こるなんて、知っていたら妊娠なんか怖くてできなかったかもしれないなぁと思いました。

だって、あんなちっぽけな穴から赤ちゃんを産まなきゃいけないなんて、そんな、恐ろしいこと、ありますか?

鼻からスイカ、とか言いますけど、あれは、股から赤ちゃんとしか言いようのない苦痛でした。

産むときにお股をじょきん! って切るんだよ、そして、縫うんだよ?

ちなみに、帝王切開の経験はないので私は何も書けませんが、腹から赤ちゃんも、相当の苦しさだと、さくらももこ先生がエッセイ『そういうふうにできている』でおっしゃっていました。

妊婦さんは幸せの象徴、みたいに思っていたけれど、いざ自分が妊婦になってみたら、

意に反して吐き続けたり、産むのが怖くて怖くて毎日泣いたり、どんどん膨らむお腹が気味悪かったりして、

自分の身体が自分のものではないような心地でした。

生命の神秘、といったら聞こえが良いかもしれないけれど、私は考えれば考えるほど怖くなるので、すぐに考えるのをやめてしまうようにして、なんとか気持ちの折り合いをつけて、生きています。

授乳を終えてしぼんでなくなったおっぱい

母の巻子はそろそろ40歳。女手一つで娘・緑子を育てています。

そんな巻子は豊胸手術のために上京してきます。

私も一年ちょっと息子におっぱいをあげていたので、わかります。

信じられないくらい、しぼんでなくなるんだよね。

もともと小さかった私の胸は、役目を終えて、いまはほぼ平らになってしまいました。

母としての自分をまっとうして、気がついたら、身体までもが、以前の「女」だった自分とはまったく変わってしまうんだよね、わかるわかる、と、読み進めながら頷く気持ちもありました。

人によるけど、髪が抜けたり、乳首が黒くなったり、骨盤が緩んで下半身が太ったり。いろいろ。

これを知った緑子は、私を産んで育ててそれでおっぱいがなくなって乳首が黒くなって、それで豊胸手術なんてするんなら、私なんて生まなきゃよかったじゃないか、と感じてしまいます。

きっと巻子は、そんなこと思っていないんじゃないかな。

私も、ぺたんこになった胸を見て、まぁどうせもともとそんなになかったけど、と思いながら自分を慰めているけど、息子を生まなきゃよかったなんて思ったこと、一度もありません。

それでも、巻子は巻子なりにいろいろ考えて、悩んで、必死に働いて過ごす日々の中で、あぁ、豊胸手術しようって、思ったんでしょうね。

「母」としての自分と「女」としての自分の、なかなかうまくいかない、やり場のない切なさ、わかるなぁ。

インスタグラムの育児マンガのPR投稿を見てナイトブラを欲しがっている私は、なんのために、平らな胸を少しでも大きくしたいと思っているんだろう。

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