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瀬尾まいこ『君が夏を走らせる』を読んで

16歳の金髪少年・大田がお世話することになったのは、一歳10ヶ月の女の子・鈴香。

謎の言葉を連発するところや、ごはんを急に食べなくなるところ、気に食わないことがあると床に頭をぶつけようがお構いなしで暴れ泣き続けるところなど、一歳10ヶ月の子どもの姿がとてもリアルに描かれていました。

近い月齢(一歳8ヶ月)の息子を絶賛子育て中の私は、鈴香を我が子と重ねて目を細めながら読みました。

あらすじ

ろくに高校に行かず、かといって夢中になれるものもなく日々をやり過ごしていた大田のもとに、ある日先輩から一本の電話が入った。聞けば一ヵ月ほど、一歳の娘鈴香の子守をしてくれないかという。断り切れず引き受けたが、泣き止まない、ごはんを食べない、小さな鈴香に振り回される金髪少年はやがてーー。きっと忘れないよ、ありがとう。二度と戻らぬ記憶に温かい涙あふれるひと夏の奮闘記。

子育てに疲弊する私に響いた……

子育て真っ只中にいると、自分の時間がまったくない生活や、繰り返しの日々、聞いているだけでどっしり疲労が溜まる我が子の泣き声に、「もういやだ!投げ出したい!ママになる前に戻りたい!」と思ってしまうこともしばしば。

我が子はもちろん可愛いです。

公園でテトテト走り回る姿や、すやすや寝息を立てる健やかな寝顔、キャッキャと声を上げて笑う様子を見て、言葉では言い表せないような込み上げる幸せを感じます。

「子どもはあっという間に大きくなる」
「いまが一番可愛い時期」
「すぐに抱っこすらさせてくれなくなる」
「いつかは口も聞いてくれなくなる」
「こんなにママママ言ってくれるのはいまだけ」

これらは子育ての先輩たちから、疲弊した私に向けられる励まし(?)の言葉の数々です。

子育て中のママなら、きっとよくかけられる言葉ではないでしょうか。

そんなことは私も頭ではよく理解しているつもりです。

こうやって私の腕の中に収まり首にガッチリ腕を回して抱きついてくるのも、家事をしているとちょこまか足元にまとわりついてくるのも、「おいで」というとパッと花が咲いたような満開の笑顔で飛び込んできてくれるのも、いましか味わえない幸せなのだと、わかっています。

だけど、本当に、本当に、毎日疲れています。

我が子は現在一歳8ヶ月、まさしく本書に登場する鈴香ちゃん(一歳10ヶ月)と同じくらいです。

力もついて、自我も強くなって、大暴れされたらたまったもんじゃない。

いろんなことが自分でできるようになってきて、理解力も増して、大人の会話から何かを察知したりもする。

だけど言葉はまだうまく使えないから、お互い思うように意思疎通ができない。

そのへんがすごーーーくリアルに描かれていて、昼寝している息子を横目に「ふふふ」と笑みがこぼれ、「わかるわかる……」と頷いてしまう私がいました。

可愛い時期なのも分かっちゃいるけど、毎日一緒にいると、「もうママやめたい」と思ってしまうくらいには大変なのです。

少し個人的な話をすると、私は妊娠前から精神的に脆いところがあり、そこにさらに幼い人間の命を背負うことになりました。

家事育児で一日も休みがなく、気の抜けないプレッシャーがのしかかることで、「死にたい」を連発し旦那に暴言をぶつけるようになってしまいました。

泣きながら息子を世話することも増え、いまでは心療内科に通いながらどうにかこうにか生を繋ぎ止めるように生きています。

そんな私にこの小説は、いまこの瞬間を我が子と過ごせる尊さを思い出させてくれました。

子どもが苦手な人でも、子育て未経験の人でも、誰が読んでも心温まる

公園でのママ同士の会話も、まるで自分がその場にいると感じるほどリアルでした。

主人公の大田くんは16歳の少年。ピアスの穴もあいているし、髪は金色。

「こんな俺が公園なんて場違いでは……」と感じますが、すんなりママさんコミュニティに受け入れられて拍子抜けします。

子どもを介せば保護者の境遇は関係なく、会話の内容はすべて子どものこと。自分の話なんてしなくていいのです。

不良にもなり切れず、かと言って真面目に生きる気にもならない宙ぶらりんな状態の大田くんが、まさか公園で居心地の良さを感じるなんて面白いですよね。

「最近ごはん中に歩き回るんすよ」と相談までできるようになる大田くんの様子が微笑ましいです。

子どもが苦手な人でも、子育て未経験の人でも、初めて接する子どもに悪戦苦闘する大田くんと共に楽しむことができる小説です。

きっと、大田くんにとって忘れられない大切な日々。

まだ一歳の鈴香ちゃんはこの一ヶ月のことを覚えていないだろうと考える大田くんに、「一緒におにぎりを握ってレジャーシートの上で食べたことも、何度も何度も同じ絵本を読んでもらったことも、たしかに鈴香ちゃんが生きた一日であり、その時間の上に鈴香ちゃんの人生が積み重なっていくのは紛れもない事実だよ」って、声をかけてあげたくなりました。

と、同時に。

これって、いま必死に幼い我が子との毎日を過ごしている私自身にかけてあげるべき言葉だなと気が付きました。

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