未明




朝が来る。朝は平等に来る、雨は平等に降らない。
深夜に書いた恋文は、朝起きてからもう一度読めという、あまりにも偉大な先人の教えがあるが、どうせ誰にも読ませるつもりのない真夜中へのラブレターだ、眠る前にゴミ箱へ捨ててしまおう。
俺にとっての朝は、どこか無機質で、別段俺に話しかけてはこない。夕焼けと同じ顔してるけど、よく知らない他人だ。
俺は真夜中が好きで、たくさんたくさん夜更かしをして、たったひとりの世界に安らぎながら、空が白むのを合図に眠る。そのときに、寝そべる俺の真上の、白い遮光カーテンの隙間からそれでも漏れてくる光と、俺はどうしてもこれ以上親しくなれない。あれは他人だ。俺じゃない他の誰かのために向ける視線とレフ板の光が、俺まで届いてしまっている。
不眠症に悩まされていた時期があった。眠剤で強引に解決するようになる前だ。眠れなくて眠れなくて、目をつぶるとまるでずっと瞼の裏を見ようとするように瞳が固くなって、痛くて。部屋のどこを見ても痛んで仕方ないけど解決策もわからなくて、もうヤケで外を見ようと冷たい匂いのする窓を開けて、
やっと遠くを見られて痛くなくなった視界に映る、半月より少し満ちたあの月の光を、俺は少なくとも4年半経った今でもまだ忘れていない。

相方が言った。夜は、「太陽の欠如」だって。
悲しいけれど分かった。それを埋めようとして、人間は夜にいろんなことを詰め込んで、眠って、朝を待つんだ。
そんなことって。布団の上で遮光カーテンに背を向けた。涙が滲んだ。真夜中は、こんなに優しいのに。居場所のない俺に、逃げ場と安らぎをくれるこの真夜中を、どうして睡眠なんかで誤魔化したいと思うだろう。そうしようとする人間の身体に逆らう。







音楽を聴いて、唄いながら線路を渡るのだ。さあ、眠らないまま6時だ。ねえ、冬だからまだ夜だよ。迫り来る今日に怯えながら踊ろう。ずんずん歩いていく。役に立たない標識を指さして笑う。湿った匂いがしてきたね。せっかくだから見ようよって手を引いた朝焼けも見えないで、ぱっとしない薄暗がりだ。俺たちが待ち焦がれ怖がった朝は、今日に限って雨らしい。

そんな感傷に浸って、今日も夜が過ぎていく。ヘッドホンに大事そうに手を添えて、何も見えないように俯き歩く視界に映る、マンホールの模様も、コンクリートの細かい石も、だんだん色づいてはっきりと見えてくる。
誰もいなかった世界が終わっていく。突然、芝犬の散歩とすれ違う。邪魔しないでよ!叫ぼうか?真夜中なら許された?
どんな時間ならよかっただろう。誰のことも判らないっていうか誰もいない。凍てついて暗い、枯れた街路樹の影だけがわかる真っ暗闇。辛いからもう誰もが全部どうでもよくなって、なんにもない時間。それでいい時間。そうだ。それでいいのに。叶わない願いに泣きそうな顔で、横断歩道の白線を踏んで、冬の、夜中の、もう全部枯らそうよ、世界だってみんな同時に滅んでしまえば怖くないじゃんか。

期待に満ちて朝を待つ大きな曇天の下を歩いている。彷徨うように。逃げ場なんてないのに。
それでも朝以上の何かから逃げようとしてヘッドホンを爆音にする。大きな音が苦手でも、自分を傷つけるように爆音にする。音量ボタンを連打する。歩き続ける。音が痛い!殴られているみたいだ、痛い、痛い痛い!ガンガンする!やめてくれ!!細く暗い道を選んで歩いていたのに、そこから出てしまって、いきなりスマホに反射してきたライトに驚いて、振り返っても車はいなくて無人だ。街灯だったんだ。恐ろしいことに周りが、ほのかな明るさで青いから、わかんなくなってるんだ、自分に落ちる強い光の街灯さえも。見れば向こうまでも点々と灯っているのがわかるけれど、わかるまでわからない。気持ち悪いと思った。歩き続けた。


はっと車かと思うけれど慌てて振り返っても誰もいない。ヘッドホンの音だ。歩き続ける。


誰かいるんじゃないか?それでも疑心暗鬼に何度も後ろを振り返る。何度目か振り返った先の、アパートの玄関、それを見た瞬間立ちすくんだ。今の今まで灯りに気がつかなかったのは、着実に迫る朝のせいで。真夜中のアパートに誰もいないのに永遠についてる光は、でも明るい今は目の前の玄関から、住人の40くらいの男の人が帽子を被って出てくる合図に見えて、体が動かなくなる。誰かがいる。誰かが来る。もし目が合ってしまったら?俺の存在が知られてしまったら?待ってくれ。やめてほしい。やめてくれ。どうかやめてくれよ!!気が変になって叫び出しそうだ。その場から逃げ出そうとするけど、世界くらい大きな明るさが真上から下りてくる。気づけば周りの家も道路も電柱も、遠くのマンションも曇天も、どんどん朝を歓迎し始めていて、俺はどこにも逃げ場がないまま幼子みたいに周囲を見回して、ただひたすら怯えている。どこにもいられないからひたすら歩き続けている。周りの全てに怯えて、走り出してしまう。どこにも向かえないからすぐにまた歩いてしまうけれど、息が乱れている。どこにも隠れられない。明るい。震えている。冬の雨と朝、凍える寒さと明るさの中、



見つかって、しまう。









美味しいお酒でも飲みます。