包丁を持った男と遭遇!一対一の顛末
平日の真昼、包丁を持った男が訪ねてきた
N氏は人生で一度だけ、包丁を持った男と遭遇したことがある。しかも、正真正銘、一対一で対峙したのだ。
とはいえ、今こうして記事を書いているのだから、命を取られたわけではない。そして、身体に何一つ傷がついたわけでもない。
それは、とある平日の昼間だった。コピーライターN氏は賃貸住宅の小部屋で、困り果てていた。
原稿の締め切り時間が迫っていた。なのに、最後のキャッチコピーがなかなか出ない。似たようなテーマの原稿が続くと、 キャッチコピーもネタ切れになるのだ。
ああ、どうすれいいんだ。なんで物書きなんかになっちゃったんだろう。まったく因果な商売だよなあ。1年に400回くらいつぶやくセリフをこの日もブツブツ…。
すると、突然、インターフォンが鳴った。ああ、こんなときにめんどくせえなあ、もう。
ふだんは覗き穴から外を確認してから開けるのだが、このときは慌てていていきなり開けてしまった。
「ハイ、なんですか?」
思わず、ゾッとした。そこには、50歳代後半の作業服を着たおじさんが突っ立っていた。
止まる時間。男の目的はなんだ?!
彼は片手に5、6本ずつ、計10本ほどの包丁を持ったまま立ち、こちらに薄笑いを浮かべている…。
古い映画だが、これしか思い浮かばない。まるで、ジョニー・デップの「シザーハンズ」だ。
N氏の体は凍りついたまま、動かなかった。そのまま、頭だけがぼんやりと動いている。こいつにやられるのか。
本気で戦意を喪失した。10本の包丁を持ち込んだ敵に勝てるわけがない。
ところが、である。男は薄笑いを浮かべたまま、それ以上近づいてこないのだ。それどころか、こちらの反応をうかがっている。
対峙したまま、数分。
N氏はだんだんパニックからさめてきた。よく見ると、男の口元がボソボソと動いている。N氏は言葉を絞りだした。
「……な、ん、で、す、か?」
「包丁……包丁……包丁……」
男はそれしか言わない。イライラしてきた。反撃するタイミングがあるかもしれない。
「だから、なんなんですか?!」
「包丁……砥ぎ、ませんか?」
「包丁砥ぎ?」
「……はい」
正攻法の営業スタイルは男の作戦なのか
よく見ると、男が持っている包丁の中には、ちょっと錆びた包丁も何本かあった。
「いりません!」
N氏はバタンとドアを閉めた。
うろたえた顔をさらした恥ずかしさ。10本の包丁を持ったまま、いきなり他人の家の玄関に立った男の無粋さへの怒り。
仕事が手につかなかったが、時間が経つうちにだんだん冷静に。
いくら商売とはいえ、カバンも持ち歩かず、10本の包丁を持って訪ねた先で誤解され、返り討ちにあっても文句は言えないだろう。
しかし、驚くのはそのおじさんに包丁砥ぎを頼んだ家庭が、持っていた本数からして10軒、あるいは複数本を一度に頼んだ家があったとしても数軒はあったことだ。
彼らはN氏のようにびっくりしなかったのだろうか。それとも反対にびっくりしすぎて、思わず包丁を差し出してしまったのだろうか。
だとすれば、おじさんの「作戦勝ち」である。
いずれにしても、砥いだ包丁の切れ味抜群ぶりを自分の身体で体験しなくてよかったと思うN氏だった。
完
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