ガジローの災難
ガジローがいない・・もしかして
ある地方都市でささやかに小売業を営む60代の夫婦の話である。妻は午後から愛犬、ガジローの姿が見えないのが気になっていた。
「どこに行っちゃったのかしら。2階にいればいいんだけど……」
ガジローは来客が店の自動ドアを開けると脱走してしまい、行方をくらましてしまう習性がある。
店は大通りの四つ角にあるため、何キロも離れた場所を放浪したあげく、帰り道で車にはねられてしまい、うしろ足を手術したこともあった。
当日の夕方だった。妻は近所のマサルさんが自動ドアのむこうから沈痛な面持ちでやってきたのを見た。
両腕にはぐったりとした犬が抱えられている。いやな予感がよぎった。まさか。
「ガジロー!ガジロー!」
とびだしていくと、犬はすでに息絶えていた。マサルさんが声を落として言った。
「かわいそうに。うちの前ではねられたらしいんだよ」
「ああ、ガジロー!……なんてことに」
妻はひとまずマサルさんに礼をいって、犬をひきとった。
「ああ、ガジロー!」
泣き崩れる妻。ただならぬ騒ぎに、2階から足早に夫が降りてきて顔を出した。
「どうした?!」
「あなた、ガジローが!ガジローが!」
意外なる展開に
泣きながら妻は夫にすがりつこうとした。ところが、夫は怪訝な顔で言った。
「お前なにをいってるんだ? ガジローならここにいるじゃないか」
「えっ?!」
そう言われて夫の足もとを見れば、たしかにいっしょに降りてきたガジローが、まぬけな顔で見上げているではないか。
「えっ?!じゃあこの子はいったいだれ?!」
そっくりな風貌から、妻はすぐ思いあたった。ガジローにはハチローという兄弟がいたのだ。
筆者(N氏)は犬に関しては無知である。珍しい犬種らしいが、何度聞いても忘れてしまう。とにかく、毛がなくて羽をむしられた鶏肉のような肌質をしていて、冬は寒さにガタガタしている犬だ。
妻はかつてガジローを手に入れたとき、親の名前といっしょに生まれた兄弟の名前、そして彼らがもらわれていった先を教えてもらっていた。
そのうちの一匹、ハチローはたまたま同じ市内在住のある家庭にもらわれたことがわかり、一度会いに出かけてみた。
ガジローとハチローは、飼い主が見まちがえるほど体型も表情も似ていた。それから、おたがいの家族は年に数回、行き来するようになっていた。
「じゃあ、これはハチローちゃん……」
「かわいそうになあ」
イヤな役目を押し付け合う夫妻
ともあれ、困ったことになった。夫妻は顔を見合わせる。
「きっとガジローに会いに来たのよ」
「そうだなあ……」
「ああ、でもどうしよう……あの奥さんに、こんなつらいこと伝えられないわよ」
「そういうわけにはいかないだろ」
短時間のうちにやってきた地獄、天国、また地獄。「あなたが言ってよ!」「おまえが言え!」と責任を押しつけあう夫婦。
だが、結局、先方の奥さんと親しい妻がつらい役目を引き受けざるをえなかった。
電話で事実を伝えると、1時間もしないうちに奥さんはやってきた。その場で悲しみに泣き崩れる奥さんに、夫婦はどうしてあげることもできなかった。ハチローは奥さんの腕に抱かれて引き取られていった。
妻はハチローが気の毒でしかたなかった。
「なにか、してあげられることはないかしら」
そして、あることを思いつくのだが、その思いつきがガジローの災難を生むことになろうとは、食卓のケーキを盗み食いしていたガジローには知るよしもなかった。
後編はこちらです。
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