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客の頭へダメ出しする理容室

次の理容室にあたらしい自分への期待をこめる

※文中のN氏とは私、ナポリタカオのことです。

N氏は十数年来、東京新宿区にある理容室に通っていたが、理容室を変えることにした。

急に整髪料の値段が変わっても説明がない。髭剃りのときに従業員が誤ってN氏の唇を切ってしまったのに、なんの謝罪もなく、笑顔で「ありがとうございます」と言われた。

長いつきあいなのに、大切なことをなぜちゃんと伝えてくれないのだろうと、腹が立つより、なんだか切なくなってしまったのだ。

わざわざ電車賃を往復で700円ほど使って出かけていたのに。些細な出来事を放っておくと、人間関係はある日突然終わりを告げる。

まあ、いい。人生とは選択し続けることであり、出会いと別れの繰り返しなのだ。

いい機会なので、N氏は前から気になっていた、東京都内地元の理容室をネットで調べてみた。

すると、海外で腕を磨いてきたという店主が書いた、そっけない文章が載っているだけの理容室を見つけた。「自己肯定感の強い店主が一人で経営する店」という印象だった。

凝ったデザインや店主の妙に媚びた笑顔、饒舌な文章などは理容室のホームページにはいらない。かえって胡散臭い。職人は饒舌ではいけない。それがN氏の偏屈なこだわりだ。

そのホームページからは、仏頂面で寡黙に髪を切る感じの悪いオヤジのイメージが湧いてきた。

おしゃべりはちょっとでいい。これなら髪を切ってもらいながら寝られる!N氏は理容室でうとうとしながら散髪してもらうのが好きなのだ。

店主のオヤジは職人魂で瞳を血走らせた!

店を訪ねて窓ガラスから店内を覗いてみると、ホームページにもあったようにオヤジひとりだけ。散髪中の客が一人。

「いらっしゃいませ」
「予約してないんですけど、大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫ですよ。しばらくお待ちください」

ここまではなんの問題もない。ふつうの対応がちょっと意外だ。

しかし、店内に一歩入ったとき、オヤジの視線がN氏の頭に突き刺さった。ちなみに、N氏はこれまでの理容室に勧められてパーマをかけていたのだが。

彼は顔から髪を一瞥すると、本能的なスピードで眉をひそめた。鋭いプロの眼光。早くも職人魂をみなぎらせ、血走る瞳!

前の客が終わり、N氏を席に案内しながら、オヤジは第一声を吐いた。

「いやあ、お客さんみたいなカットのしかたは、私から見ると重たくてしょうがないですね。いくら髪が伸びてるからって、これはねえ~」

ツムジの多さにダメ出し

いきなり大きく出たな。まあいい、ここは落ちついていなしてやれ。

「そうですか?」
「ためしに、私のおすすめするようにカットさせてもらえませんか?」

それが言いたかったんだろ?前者の否定から入って、自分を売り込む営業。どの時代、どの業界でも数千年行われてきたオーソドックスな手法に手を染めたオヤジ。

今日はお試しだ。ここで抵抗するつもりはない。

「はい、お願いします」

すると、彼は子猫の毛並みを確認するかのように、N氏の髪をくるくるしたり、かき分けたりするのである。

そして、髪の下の頭皮を覗きこんでながめまわすと、溜息まじりに言った。

「うわあ、これはどうしようもない」
「えっ?」
「私ははっきりモノを言う性質でしてね。まあ、怒らないで聞いてくださいね」

すでに不愉快だけどね。

「お客さんのアタマは私と同じで、ひどいくせっ毛ですね」
「あ、そういうことですか。よく言われます」
「しかし、どうしようもない頭だなあ、ツムジが4つあるもの」

どうしようもない頭とはなんだ!ふてくされて返した。

「ほかの店で10個あるって言われたこともありますけど!」
「そんなにはないけどね。でも、ここと、ここと、ここと、ここ!ひどい! どうしようもない! アタマの出来が悪い!あ、バカだって意味じゃないですよ」
「わかってますよ」

イメージとは正反対のおしゃべり理容師

いちいち気に障る言い方をする男である。N氏の頭皮をぐりぐり押していじりながら、頭へのダメ出しは続く。

「こういう、くせっ毛は遺伝ですからねえ、ハハハ。残念ながら、私らは髪の生えかたまで直せないもんでね。変えたけりゃ、医者にいってアタマの皮を剥いでもらって、きれいな方向に生えるように植毛でもしてもらわないとね!そんなことしてくれるの、聞いたことないけど、ハハハ!」

人の頭だと思って、ずいぶん愉快そうじゃないか。

「だからお客さんの場合はね、カッコいい髪型とか、もう生まれながらにムリだってこと!」

余計なお世話だ。

「ほんとは横分けもできない!ほら、ここから分けようとしても、こっちの毛がこんなほうへ向いちゃって無理でしょ?だからといって、オールバックにすれば頭のてっぺんが浮いちゃう!」

よくしゃべるオヤジだなあ。こんなイメージじゃなかったのに‥。

「髪型なんかいじれる頭じゃない。これはほんとうにどうしょうもない、ハハハ!それとね、今までみたいなパーマもダメですよ」
「ダメ?」
「そりゃそうですよ。てっぺんなんか、もうだいぶ薄毛になっちゃって」

薄毛という言葉に電気が走るN氏。

「ほら、ひっぱると抜けちゃいそう。自分でも心もとないのがわかるでしょ?サイドにくらべたら、根っこの強さがないし、毛がぜんぜん細い!すご~く心もとない!ためしに抜いてみますか?」
「いいですよ、もう、わかりましたよ!」

勝ち誇ったようにオヤジは言う。

「フフ、私の髪の毛見てくださいよ。ほら、この歳でもフサフサでしょ?なぜかわかります?それはね、もう20代からよく効く育毛剤つけてるからね。高いんだけど、投資だと思ってずっとやってんの。みんな薄くなってからあわててやるけど、プロはそんなことしない。フサフサのうちから対策するわけね。みんな気づいたときにはもう手遅れ。あとは先行き短いこの髪の毛をどうあがいて長持ちさせるかってことですね」

しゃべってないで手を動かせ。眠くなってきた。だが、おしゃべりはまだ始まったばかりだったのだ。

後編はこちらです!


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