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【読書感想文】『星の王子さま』サン=テグジュペリ

この本を読んだのは人生で2回目です。

一度目は高校生の時。

小学生の時、祖母の法事で親戚一同田舎に集まった時に、東京に住んでいる大伯父さんに貰いました。

祖父の兄なので母や叔父たちが「ゆう伯父さん」と呼んでいたので私もそのように呼んでいました。

ゆう伯父さんは少し変わった人で、長男なので家業である医者を継ぐもんだとばかり思っていたら急に「雑誌記者になりたい!」と言って家を飛び出したそうです。

真面目で厳格で孫には優しい祖父と比べると、その兄であるゆう伯父さんは自由奔放で、大きな声で笑うし、喋るし、小学生の私に対しても良い意味で対等に接してくれます。子ども扱いせず、友だちみたいに接してくれます。

ところで、祖父の家には調律のされていない古いピアノが一台あります。

家の天井がとっても高いので、音がどれだけずれていてもかまわないと思うほど気持ちの良い音が響きます。

よく大人たちが酔っ払ってよく分からないことを私に尋ねるようになった頃に、こっそり抜け出してピアノを弾くのです。

私の十八番は久石譲の「summer」です。

トイレに行こうとしてピアノの近くを通りかかったゆう伯父さんは友だちを褒めるみたいに綺麗だ綺麗だと言ってくれました。

私はそんなゆう伯父さんとはそれこそ友だちになった気で、毎年親戚の集まりで会うのがとっても楽しみでした。

ある時、いつも大胆なゆう伯父さんが私にこそっと一冊の本を渡してきました。

それがサン=テグジュペリの『星の王子さま』です。

「この本、さりなちゃんにぴったりだと思うんだ」と。

その頃の私は本なんかよりもゲームっ子でしたから、「本かあ…」と思いはしましたが、優しくておもしろい大好きなゆう伯父さんをがっかりさせたくなくて、喜んだふりをしたりしていました。

なので『星の王子さま』は途中までは読んで本棚にしまったまま数年がたち、高校生になった頃、ゆう伯父さんが亡くなったことを母から聞きました。

とても悲しかったし、何よりも彼から貰った『星の王子さま』をきちんと読まずにいたことがなんだか後ろめたくなりました。

しかも、私は陸上部の大事な大会があって、リレーメンバーでもあったのでゆう伯父さんのお通夜に行けなかったこともものすごく悲しかったのです。

私は直ぐに『星の王子さま』を読みました。

なんだか、ゆう伯父さんみたいだなあ…と思ったのを覚えています。うまく言葉にできないけれど、ゆう伯父さんみたい。

高校生の時の薄っぺらな私の頭ではこれが限界でした。

数日経って、法事から帰ってきた母が「ゆう伯父さんのお葬式で、summerが流れてきてびっくりした」と言ったのです。

すごい偶然だなあ、と私はその時思ったきりです。

やっぱり高校生の私には想像力ってもんがない。


さて、23歳になって私はまたこの本を読み返しました。

高校生の時の私はゆう伯父さんの、いつまでも子どもの心を分かってくれる、私にとってのたいせつな友だちでいてくれる姿が『星の王子さま』なんだなあときっと思ったんだと思います。

私に、ちゃんと見送ってよ!と伝えたくてsummerを流したんだと思います。ゆう伯父さんはいつも人の中心にいましたから。

それでも、23歳になっても薄っぺらな私の頭ではこれが限界ですけれど…。


私のこころには、いつものように大声で笑って、おもしろいことを言うゆう伯父さんが見えています。

私のこころにしか見えないのです。たいせつな友だちですから。

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