【物語♯7】ホントウノジユウ
自転車が停まる。
波が、駆けぬける。
若い稲穂たちが
鮮やかな陰影を波打たせ、あちらへ寄せ、こちらへ戻り。
気ままな風に任せて、自由に踊っていた。
ぼくらが、ジユウ?
ぼくらは、いま、生かされているのさ。
若い稲穂たちは訳知り顔でいうと
さわさわと歌いだした。くるりと見渡し、かがみ込む。
君たちは、自由じゃないか。歌い、踊り、水を飲んで、食事をし、たくさんの友人に囲まれて暮らしている。自由に風をうけ、自由に光を浴び、自由に会話を交わしている。
若い稲穂たちに遠慮がちに笑った。
ぼくらはね
ジメンに植えこまれているんだよ。
きみはいいね!ジユウに歩ける”アシ”がある
どこへだって、ゆけるのでしょう
そうしてすぐに空を仰いで、
また、さわさわと笑ってみせた。
君は、雲にも愛されてる。あんなに遠くにいるのに、こんなにもすぐそばにいる。特に晴れた日なんかは、ほら、こんなにも美しく、影を描くじゃない。君は、蝶々にも愛されてる。ひらひら舞いながら、とまっては離れ、離れてはとまり、その影ですら、きみたちから離れない。たくさん歌って、たくさん話して、たくさん愛されて、なんて自由だ。君は、なんて自由なんだろう。
若い稲穂たちは困ったように揺れた。
ぼくらは、でもね、彼らと共にはゆけない。
わずかにカラダを傾げながら、こちらを見上げる。
だけど、だからこそ、このひとときは素晴らしく、感慨深いものになるのだね。タイセツにしたくなるのだね。おたまじゃくしや、ザリガニや、タニシや、たくさんの昆虫たちが、ぼくらが実り、刈りとられ、最後の役目を果たしにゆくのを見送ってくれる。それもまた、幸せなこと。それを、ヒトがジユウと呼ぶのなら、きっとぼくらは、ジユウ、なんだね。きみは、ヒト。だね。ジユウ、じゃ、ないの?
大きくカラダを傾げながら
若い稲穂たちは不思議そうにこちらを覗きこんだ。さわさわさわ。
歌声がやむ。
今度はヒトが遠慮がちに笑う番だった。
自由、って、なんだろうね?
そっと歌いながら空にいる友人を見あげ
舞い揺れる蝶たちを振り返り、足元を見まわしながら
若い稲穂たちは答えた。
セキニン
あるいは、カクゴ
責任?覚悟?
セキニン。ぼくらは、ヒトに食べてもらうために、おいしくゲンキに育つセキニンがある。農家のおやじさんだって、そこんとこはメイレイできない。ぼくらが、おいしくなりたい、って、思わなくっちゃ。ぼくらはね、おいしくなりたいんだよ。おいしいって、言ってもらいたいからだ。それって、ぼくらのこのひとときごと、タイセツに食べてもらえたことと変わらない。ぼくらの思いでごと、タイセツにしてもらえたことと変わらない。ぼくらは、おいしくなるセキニンある。そうして、食べてもらったときに、おいしいって笑ってもらえたら、ぼくらは幸せ。そうしたら、雲も、蝶々も、カエルやおたまじゃくしも、ザリガニも、タニシも、たくさんの昆虫たちも、風や太陽もね、ああ良かった!って、笑ってくれる。彼らも幸せ。ぼくらも幸せ。ぼくらは、幸せになるために、おいしくなるセキニンがある。幸せになるセキニンもある。だから、幸せになるんだーって、はやいうちにハラくくっちゃうんだね、幸せになるカクゴさ。
ひらひらと舞っていた蝶が
はかったように彼らにとまった。
ぼくらはね、すごく幸せ。
とうのむかしにハラくくっちゃったんだよ。
だから、きっと、ジユウ、なんだ。
きみは?
風が
気を利かせて席をはずそうとした。
若い稲穂たちは目配せをして、ちょっとだけ首をふる。
強い風。
あらゆるものを巻き上げ、包み込み、拭い去る。
若い稲穂たちは
風にのり波を起こした。
さわさわ。
ざわざわざわ。
雲が切れた。
強い陽射しが降り注ぎ、美しい影が大きく走りまわって、ヒトの足元まで流れる。大きく長く 長く 長く伸びた自転車とヒトの影が、風にのって揺れている。
若い稲穂たちは優しく揺れた。
ヒトはね、稲穂にはなれない。
そう。
きみは歌える。きみは踊れる。水を飲める。食事をできる。きみにとっての雲や、蝶々や、カエルやおたまじゃくし、ザリガニ、タニシ、たくさんの昆虫たち、風や太陽がいるバショに、根を張ったらいい。美しいものだけに囲まれるんだ。そうしたら、きっと、きみも幸せ。みんなも幸せ。きみは、ジユウ。みんなもジユウ。おや。おや、お天気雨かな。
若い稲穂たちは、揃って空を見上げた。そのまま歌い。やがてたくさんの音色まじる合唱となった。沈みかけの太陽のなか。静かに。美しく。優しい響き。
自転車は走る。
あの歌声のように
とても澄んだ軽やかなリズムで。
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