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#19 藤原直哉と昭和天皇実録を読む(昭和20年7月18日~7月31日)

藤原直哉
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※試聴版。オリジナル版(26:16)は購入後に視聴可能。

昭和20年7月後半、地方への空襲、空爆が広がる状況の中、いよいよポツダム宣言が出されます。
事実上、ポツダム宣言を黙殺、拒否するかたちで7月が終わり、運命の8月へとなります。

*一人ではなかなか読み進めることが難しい『昭和天皇実録』、藤原直哉の解説を聴きながら、だんだんと理解が深まってまいります!

実際に真ん中で何が起きていたのか、昭和天皇実録巻34昭和20年(下)について、下記のキーワードと合わせて、藤原直哉が細部まで丁寧に読み解き、歴史観も含めて音声解説(26:17 mp3版|ダウンロード可)いたします。

『昭和天皇実録』を通して、歴史の中の今を日々感じながら、過ごしてみませんか。歴史の流れをつかみながら、現在の実生活や未来への思考・判断をする習慣を身につけてみませんか。

<第19回目|昭和20年7月18日〜7月31日>
<7月18日水曜日>
・外務大臣東郷茂徳
・昨17日ポツダム開催の米英ソ三国首脳会談いわゆるポツダム会談
・ソ聯邦に対する施策
・ソ聯邦への特使派遣の申入れ
・ソ聯邦首脳部に届いたや否やにつき御下問
・去る13日午後に駐ソ大使より同国外務次官に申し入れ
・14日午後ポツダムへ向けてモスクワを出発のスターリン及びモロトフ両名に届いたこと
・ポツダム会談前に我が方の申し出を先方に間に合うよう伝え得たこと
・海軍戦力査閲使長谷川清
・第3回の海軍戦力査閲計画
・軍令部総長豊田副武
・本月14日15日の青函連絡船等の空襲被害を含む戦況

<7月20日金曜日>
・京城方面への旅行より帰京の崇仁親王と御対面
・御機嫌奉伺並びに戦災御見舞に対する御礼言上
・神奈川県御殿場より上京の雍仁親王妃勢津子参殿

<7月21日土曜日>
・昨20日午前駐ソ大使佐藤尚武は外務大臣東郷茂徳宛に緊急極秘の館長符号電報
・去る18日夜ソ聯邦外務人民委員代理外務次官ソロモンロズフスキーより親展書翰
・日本皇帝ノメッセーヂヲ受領
・一般的形式ヲ有シ何等具体的提議ヲ包含シ居ラサルコト
・ソビエト政府二取リ特派使節近衛公爵ノ使命カ何二アルヤモ亦不明瞭ナリ
・確タル回答ヲナスコト不可能ナリ
・昨20日午後6時首脳官邸
・首相海相外相参謀総長軍令部総長が参集
・陸相は旅行中のため欠席
・対策を慎重審議の結果
・天皇のメッセージは具体的には大東亜戦争終了の斡旋をスターリンに依頼
・近衛特派使節の任務は戦争終了の斡旋を直接スターリンに依頼
・内閣総理大臣鈴木貫太郎
・外相より駐ソ大使に緊急の館長符号電報発送
・近衛特派使節ノ使命ハ大御心ヲ体シ
・ソ聯政府ノ尽力二依リ戦争ヲ終結セシム様斡旋ヲ依頼
・具体的意図ヲ開陳スル
・戦時及戦后ヲ通シ帝国外交ノ基本タルヘキ日ソ間協力関係樹立に関スル事項ヲ商議
・本電報は遅着
・ソ聯邦政府への伝達は7月25日
・軍需大臣豊田貞次郎
・本月中旬に釜石室蘭青函が敵襲被害
・統帥部の作戦上の要請に副い難きことにつき奏上

<7月23日月曜日>
・軍旗親授式

<7月24日火曜日>
・陸軍大臣阿南惟幾
・対ソ交易の交渉に関する奏上
・人事内奏
・参謀総長梅津美治郎
・戦況につき奏上
・去る17日の最高戦争指導会議決定
・日泰両軍共同作戦に関する第2次追加協定
・東印度独立に関する陸軍の措置

<7月25日水曜日>
・内大臣木戸幸一
・戦争終結につき種々御談話
・内大臣より陸軍の本土決戦論は信用し得ず
・万一失敗すれば皇室も国体も護持し得ない
・難を忍んで和を講じることが緊急の要務
・軍令部総長豊田副武
・昨24日の名古屋以西に対する空襲を含む戦況につき奏上
・観瀑亭方面を御散策
・補強工事の御文庫附属室を御覧になる
・空襲警報発令
・皇后と共に御文庫地下室に御動座になる

<7月26日木曜日>
・参謀総長梅津美治郎
・戦況の奏上
・南方軍総司令官の任務一部更改につき上奏

<7月27日金曜日>
・午前6時サンフランシスコよりのラジオ放送
・外務省は米英支三国宣言ポツダム宣言の全文を入手
・吾等合衆国大統領
・中華民国政府主席
・グレートブリテン国総理大臣
・吾等ノ数億ノ国民ヲ代表シ協議ノ上
・日本国二対シ今次ノ戦争ヲ終結スルノ機会ヲ与フルコト二意見一致セリ
・合衆国英帝国中華民国ノ巨大ナル陸海空軍
・西方ヨリ自国ノ陸軍及空軍二依ル数倍ノ増強ヲ受ケ
・日本国ニ対シ最後的打撃ヲ加フルノ態勢ヲ整へタリ
・右軍事力ハ日本国ガ抵抗ヲ終止スル二至ル迄同国二対シ戦争ヲ遂行スル
・一切ノ聯合国ノ決意二依リ支持セラレ且鼓舞セラレ居ルモノナリ
・世界ノ自由ナル人民ノ力二対スルドイツ国ノ無益且無意義ナル抵抗ノ結果
・日本国国民二対スル先例ヲ極メテ明白二示スモノナリ
・吾等ノ決意二支持セラルル吾等ノ軍事力ノ最高度ノ使用
・日本国軍隊ノ不可避且完全ナル破壊ヲ意味スベク
・必然的二日本国本土ノ完全ナル破壊ヲ意味スベシ
・無分別ナル打算二依リ日本帝国ヲ滅亡ノ淵二陥レタル我儘ナル軍国主義的助言者
・日本国ガ引続キ統御セラルベキカ
・理性ノ経路ヲ日本国ガ履ムベキカ
・日本国ガ決定スベキ時期ハ到来セリ
・無責任ナル軍国主義ガ世界ヨリ駆逐セラルル二至ル迄
・平和安全及正義ノ新秩序ガ生ジ得ザルコトヲ主張スル
・日本国国民ヲ欺瞞シ
・世界征服ノ挙二出ヅルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久二除去セラレザルベカラズ
・新秩序ガ建設セラレ且日本国ノ戦争遂行能力ガ破砕セラレタルコトノ確証アル二至ル迄
・聯合国ノ指定スベキ日本国領域内ノ諸地点
・基本的目的ノ達成ヲ確保スル為占領セラルベシ
・カイロ宣言ノ条項ハ履行セラルベク
・日本国ノ主権ハ本州北海道九州及四国並二吾等ノ決定スル諸小島二局限セラルベシ
・日本国軍隊ハ完全二武装ヲ解除
・各自ノ家庭二復帰シ平和的且生産的ノ生活ヲ営ムノ機会
・日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ
・国民トシテ滅亡セシメントスル
・吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人二対シテハ厳重ナル処罰加へラルベシ
・日本国政府ハ日本国民ノ間二於ケル民主主義的傾向ノ復活強化二対スル一切ノ障礙ヲ除去スベシ
・言論宗教及思想ノ自由並二基本的人権ノ尊重ハ確立セラルベシ
・産業ヲ維持スルコトヲ許サルベシ
・日本国ハ将来世界貿易関係へノ参加ヲ許サルベシ
・日本国民ノ自由二表明セル意思二従ヒ平和的傾向ヲ有シ
・責任アル政府ガ樹立セラルル二於テハ聯合国ノ占領軍ハ直二日本国ヨリ撤収セラルベシ
・日本国政府ガ直二全日本国軍隊ノ無条件降伏ヲ宣言シ且右行動二於ケル同政府ノ誠意二付
・適当且充分ナル保障ヲ提供センコトヲ同政府二対シ要求ス
・右以外ノ日本国ノ選択ハ迅速且完全ナル破滅アルノミトス
・外務大臣東郷茂徳
・対ソ交渉の経過
・英国総選挙の結果につき奏上
・ポツダム宣言の詳細な内容
・同宣言に対する我が方の取り扱い
・国内外共に慎重を要すること
・宣言の受諾を拒否する如き意思の表示
・重大な結果を惹起する懸念
・戦争の終結
・ソ聯邦との交渉を見定めた上で措置すること
・午後2時より開催の閣議
・対ソ交渉中につきポツダム宣言に対しては何ら意思表示をせず
・事態の推移を注視
・特に国民の戦意低下が憂慮される文句を削除して発表
・政府の公式見解発表せず
・新聞にはなるべく小さく調子を下げて取り扱うよう指導
・午後7時ニュースにてポツダム宣言の内容が発表

<7月28日土曜日>
・各紙朝刊にてポツダム宣言の要約が掲載
・軍部側の強い要請を受けた首相
・午後4時定例記者会見
・ポツダム宣言がカイロ宣言昭和18年12月1日発表の米英支三国首脳による声明の焼き直し
・政府としては何ら重大な価値あるものとは考えずただ黙殺するのみ
・戦争完遂にあくまでも邁進する
・土曜日定例の御夕餐御相伴後
・ニュース映画及び特攻隊を主題とした菊池寛原作の映画最後の帰郷を皇后と共に御覧になる
・侍従小出英経の説明

<7月30日月曜日>
・明治天皇例祭
・空襲警報発令
・御拝礼取り止め
・空襲警報解除につき直ちに祭典を行い御代拝が奉仕
・官幣大社宇佐神宮
・官幣大社香椎宮
・10年に1度の勅使参向年次
・両宮への御祭文中に辞別を加えられ
・敵国の撃破と神州の禍患の祓除を祈念

<7月31日火曜日>
・一昨29日以て御文庫附属室強化工事完成
・昨30日陸軍省から宮内省に引き渡し
・午前9時竣工式修祓の儀の挙行
・神宮及び官幣大社熱田神宮の神器守護につきお考え
・奉遷の時期場所
・宮内大臣と十分に相談の上
・政府とも協議して決定するよう御希望
・熱田神宮の神剣奉遷用の外箱を新調
・国幣小社水無神社岐阜県大野郡宮村候補地
・同社付近の山林の視察実施

◎昭和天皇実録とは◎
昭和天皇の生涯にわたる記録を公式にまとめたものです。
どういう風に昭和という時代が動いていったのか、私たちが未来を考えていく上で第1級の資料です。
昭和20年は、8月15日を境に、ものすごく世の中が変わった劇的な年です。
その昭和20年(昭和天皇44歳)を何回かに分けて、読んでまいりましょう。

◎音声ダウンロードファイルのお取り扱い◎
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70年以上前の日本、1945年(昭和20年)の7月と私たちが生きている2017年(平成29年)の7月、そして、10年後、50年後、100年後の未来がどのようにつながるのか、日々感じながら、この1年を過ごしてみませんか。

自分の言葉で昭和の時代を次世代へ語り継いでみませんか。
昭和という時代がどのような世の中であったのでしょうか。
昭和天皇のお姿、どのような方でいらしたのでしょうか。
当時の人たちが、日々どのように向き合ってきたのでしょうか。

少しでも自分の言葉で、次世代へ語りついでいけたら、一つ一つの生と死を大切にする世の中へ進めるのではないでしょうか。

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