僕と拠り所11〜お前が俺の③〜

秋山「パパ?ママ?」

直人先輩の話の後椅子の背もたれを前にして肘をついて秋山先輩が静かに口を開く。

幼少期の話っす!
まぁ〜直人とか姫花には話してるし、また話すのかと思うと少し心苦しいところもあるけどせっかくの新しい仲間なんだ!
つまらない話だと思って2人には聞いてほしいかな〜


そう言って何度も何度も両親の名前を叫んだ…
秋山「パパ?ママ?起きて…起きて…っいた…」

お気に入りのTシャツと7部丈のズボンに血が滲んでいて両手の手のひらの皮がべろっとむけている。
頭からも血が頬をつたい生暖かさを残したまま雨粒のように顎からこぼれ落ちる。
それでも俺は目の前でぐったりしている両親の肩を何度も何度もゆすった。

小学校2年の夏休みの出来事だった。
家族でキャンプをしていた俺たち家族は帰りの道を走っていた。
高速道路を走っているとチッと舌打ちが聞こえた。
秋山パパ「くそ…煽り運転かよ」
秋山ママ「何も気にすることないじゃないあなたは前を向いて安全に走ればいいの!周健もいるんだから。」

そんな会話をしたのちに母親が僕の方を振り返ってにっこりと笑った。

秋山パパ「あっ」

その声と同時に俺の体が父親の運転する座席に吸い込まれるように勢いよくぶつかった。
ブワーッと後ろのトラックのクラクションが鳴り響き鈍い音がした。
そのあとはぐるぐると、まるで遊園地のアトラクションのように俺の体は車内を飛び回った。

後部座席の足元でその衝撃の後に目を開けるとそこには長い金属が父親の胸を貫き、母親は腰から下に車のドアがめり込み2人とも眠っているかのような表情をしていた。

俺もその時は気付いていた…2人が死んだって…

何度も何度も呼びかけるが俺の声に気づいてくれる2人はもういなかった。

周りをみると窓ガラスがなくなっていて外に出ることができたので俺はそのまま外に出ると、トラックを運転していたであろう小太りのおじさんがこちらに向かって走ってきた。

運転手「君…大丈夫かい?怪我は…ひっ」

その密かな悲鳴は俺を見ていったのか両親の姿を見ていったのかは定かではない。

秋山「パパとママ…死んじゃった。」

運転手「違う…俺は殺してない…だいたい…あんなところでブレーキをかけるのがおかしいんだ…俺は殺してない…俺じゃない…」

俺が乗っていた車がグシャグシャになっていながらもトラックはライトの部分にヒビが入っている程度だった。

俺はその嘆き叫ぶ小太りの運転手をただただ見つめることしかできなかった。

運転手「坊や違うんだ俺は殺してない…殺してないんだ」

何度も何度も肩を揺さぶられながら聞くその声に鬱陶しさを感じた俺はパチパチと音がしていることに気がついた。

その音の方に顔を向けると俺が乗っていた車が大きな火柱を上げて燃えていた。

秋山「火葬…」

この時にこの言葉が出るのは俺自身も不思議な感覚で不思議と涙は流れなかった。

?「よぅ」

?「よぅ」

?「おいってば」

唐突な呼びかけに下を向くと一匹の猿がこちらを見てにっこりと笑っていた。

?「さっきはありがとう!お前たちが避けてくれたおかげで死なずに済んだ」

秋山「はっ?」

一筋の涙が頬を伝うのがわかった。

?「お前たちに助けられた…礼を言う…ありがとう。」

秋山「はっ?」

運転手「このクソ猿…お前の仕業か?こっちは急いでんのにチンタラ走りやがって…挙句、お前が飛び出るもんだからこんなことになっちまったじゃねーかクソッ」

秋山「はっ?」

そう言って俺のそばにいる猿を蹴り飛ばした小太りの男はヒィヒィ息を荒立てと額を拭いながら何度も猿の首を捕まえて拳を立てた。

秋山「はっ?」

さっきまで笑顔だった母親の顔が黒く焦げているのがわかる。頭皮が焼け落ちサラサラの髪がなくなっても尚、シートベルトはしたままの状態でミイラのようになっている。

一匹の猿は俺の前へと投げ飛ばされ、ところどころ毛が抜け落ち、顔からは血が出ている。その小さな体は俺の方に身を寄せにっこりと笑った。

ボトリと俺の腕から何かが落ちた音で俺は視線を下へ向けると俺の指先から糸のようなものがぐるぐると絡まり合い一つの玉のように蠢いていた。

秋山「これは…」

?「すまないことをした…少しばかり君の力になろうと恩返しがしたくてさ、ところで…君の名前は」

秋山「周健…僕の名前は周健…」

?「そうか…なら今日から俺のことは周って呼んでくれ」

目の前の猿と会話していることに驚くことが出来なかった。

目の前で両親を目の前で亡くした俺の心は何故か暖かかった。
すると周と名乗った猿はみるみるうちにガタイのいい人間の容姿に変わっていく。

運転手「何だ…一体何が起こっているんだ?そうか…これは夢なんだ…全部俺の夢…人なんか殺しちゃいない…そうだ、きっとそうなんだ。」

後ろからけたたましいサイレンの音が連なって聴こえる。

周健「夢じゃないんだ…これが…もう何も戻りやしない…僕の全部…ぐちゃぐちゃにした…」

さっきまで猿だった周と名乗るそいつが長い爪を伸ばして小太りの男に近寄る。俺は咄嗟に叫んだ。

周健「殺しちゃダメだ。」

鋭く伸びた爪が振り下ろしたと同時に男の前でぴたりと止まった。

周「いきなり可逆を使いこなすか…面白い。」

周健「今はただ…僕のそばにいて欲しい…寂しい。帰りたい。」

ブルブルと震え失禁している良い大人を見下しながら俺の体もまたその男とは別の意味で震えていた。
そいつの何倍も何十倍も。

周「いいのか周健…お前はそれを望んでいるだろう。俺はお前のいうことに従うだけだ。こうして深い関係になったんだ、好きなだけ願いを叶えてやろう。」

周健「いいんだ…別に…本当のパパとママじゃないし…やっと居場所を見つけたと思ったのに」

周「ほう…腹違いに離婚を重ねて再婚か……大丈夫だ。もう俺はお前のことを離さない。お前がいらなくなるまで俺はそばにいると約束しよう。」

そう言って俺の方に右腕を伸ばし肩を組むように周の体に包まれた。
周の腕の中で俺は声を殺して大泣きした。
俺の耳元で大丈夫だと囁く声を聞きながら今までに感じたことのない暖かさと安らぎを感じた。

その後、レスキュー隊や警察が駆けつけてニュースや新聞に載るくらい大きな事故として報道された。
真っ先に病院に運ばれた時周がずっとそばにいてくれたが誰も周に言葉をかけるどころか目を合わせることさえしなかった。

しばらくの間は実家住まいだった為、祖母が面倒を見てくれたが、程なくして亡くなってしまった。

一人になることはわかっていたので祖母に家事や家の手入れを一通り教わり、親戚の家に引き取られるという話も上がったが、それを断り隣の家に住む赤ちゃんの頃から俺を可愛がってくれたおじさんに両親と祖父母が残した財産を託して土地やその他の面倒を見てくれることになった。

周と二人暮らしでスポーツや勉強は全部教えてくれた。俺にとって周は父親以上の存在だ。きっと周がいなかったら俺もこの世にはいなかったと思っている。


周健「まぁ、こんな感じかな…」
周「いぇーぃ、俺たちの出会い〜残酷〜」
直人「こらこら…」
周健「いいんだ…周があの頃を忘れさせてくれる存在だから」
木こり「皆さん…お辛い…本当になんて言葉をかけたらいいのか…」

コツンと俺の頭をチョップする姫花先輩が大きくあくびをした。

姫花「それでも今が幸せなら問題ないじゃない…ここにいるみんなは同じくらい辛い過去を持ってましてよ」

姫子「流石姫花様その通りでございますわ!」

ヒメノ「そうだ!姫花の話もしたら?自己紹介なんだしみんなに聞かせてよ!」

直人「そういえば姫花ちゃんの話は俺もまだ聞いたことがないな!」

秋山「俺も俺もー!」

千秋「気になりますね…」

ミチオ「千秋が気になるなら僕も気になるなー」

そのやりとりに赤面しているちあきの顔を見ていると、俺の顔を見て千鶴がグッドポーズをしている。

姫花「コホン…私の話は別に大したことではないのでお気になさらず…いずれその時が来たら私から話します。」

周健「えー聞きたい聞きたい〜」
周「ヘイガール…ここまで来たら気になって身体中が痒くなってくるぜぃ」

姫花「まぁ、ダメなものはダメです。」

直人「んじゃ話したくなった時に俺らに話してくれよな!」

木こり「そういえば…さっきから気になっていたんですが…」

ミチオ「どうしたの?」

木こり「いや…こんなに長い時間部室にいるのに夕日が全然沈まないなと思って…」

こんこんと部室の扉をノックする音が聞こえる。

?「おー新入部員も増えて活気が戻ってきたねー」

直人「会長様のお出ましだな…よー茂庭!おつかれさーん」

茂庭「人為結界を張るならもう少し短めに頼む、俺も干渉するから校内から出れなくてね…」

ヒメノ「茂庭様!失礼しました…今すぐ解除しますのでどうかお許しを…」

俺と千秋は同時に声を上げた。
木こり・千秋「え?」

目の前の茂庭という男に俺の目は点になった…

木こり「ミチオ…?」

ミチオ「ん?どうしたの?」

木こり「ミチオが二人いる…」

茂庭先輩が空いている無造作に置かれた椅子を自分のもとに手繰り寄せ腰掛けると細長いメガネに手をかけながら笑った。

茂庭「ならこれならどうだい…」

手をかざすと今度は直人先輩、周健先輩へと顔を変えていく。

木こり「えっ?どうなってるんですか?」

最後には顔がぐにゃりと歪みその歪んだものを引き剥がすとどうやら元の顔に戻ったようだ。

茂庭「モノマネお化けって僕は呼んでるよ!驚かせてごめんね…改めて生徒会長の茂庭だ。宜しくね!」

さわやかに繰り出されるその笑顔に俺たちは空いた口が塞がらなかった。

直人「こいつな〜ちょっと変態でさ…怪異の友達を持ってんのよ…こうして俺が出会った時も驚かされたよ!今お前たちの顔を見てると思い出して爆笑だわ!」

夕日がどんどんと沈み部活帰りの人たちがそれぞれの歩みで校舎から出ていく姿が見える。

直人「そんじゃ今日はこの辺でお開きにしますか!」

周健「楽しかったなー」

姫花「私たちはこれで失礼します。」

木こり・千秋「お疲れ様でした。」

ヒメノ「なーたんもう疲れた抱きしめてぇ〜」

直人「あんま近寄んなって…」

ヒメノ「いーじゃーん、いーじゃーーん」

ミチオ「僕たちも帰ろうか!千秋たちも一緒に帰ろう!」

千鶴「ほーーい」

千秋「うん一緒に帰ろう!」

木こり「あっ、電車次逃したら1時間待ちだぞ!急ごう!」

西陽で長く伸びる俺たちの影を茂庭先輩がパクパクとつまんでいる姿を背に俺たちは廊下をかける。

あまりに不可解な人生を送っているが…それが俺たちの日常である。

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