脚本公開 3

〇劇場外観
   一台の車が停止。
   ハンドルを握る真一、窓から外を覗く。
   満員御礼の看板。一人、また一人客が館内に入る。
   真一、アクセルを踏み込む。
   陽の光を浴びて走る車。
   
〇劇場・舞台(夕)
   公演中の拓馬。黒いマントを翻し、棺桶に入る。
   暗闇にチカチカ光る雷のような照明。 
   棺桶から離れた位置に立つ沙紀。
   左手薬指のダイヤを外し、床に捨てる。
真一の声「……ドラキュラはご存じ十字架とニンニクが苦手です。今日まで
 様々なフィクションで描写してきました」
   沙紀、胸で十字を切り、手を合わせて祈る。
 
〇テレビ局・番組スタジオ(夜)
   『グッド・イヴニング』収録中。
   司会席で話す真一。
真一「映画の中は、現実とは違います。しかし、私たちが見る夢とも言い切
 れないのです。往年のスターもまた、役柄とは違う顔を皆持っていまし 
 た。それはマスクの下に隠された顔と言えるでしょう」
   真一、席を立ち、左へ歩く。
真一「実はこのスタジオにも十字架が隠されているんです。こちらの扉を見
 てください」
   真一、右手で扉を指す。
   扉に大きな十字架の絵がある。
真一「近日中に長岡拓馬さんがお越しくださいます。その日に備えた次第で
 あります。ひょっとして今、舞台から顔を出しているかもしれません。た
 くさんのコウモリを連れて」
   パッと消える照明。真っ暗。
   懐中電灯で顔を照らす真一。
真一「暗闇を照らすこのような光に見覚えのある人も、立派な社会人ですよ
 ね。家族がいた土曜八時も遠い過去になりました」
   ライトを消す真一。
真一「さて、暗黒を晴らすのは彼女しかいません。お分かりでしょう」
   ライトを付ける真一。
   不気味な笑み。
真一「ここまでのお相手は浅村真一、改め、そろそろ吸血鬼に頭を下げる男
 がお送りしました。また来週」
   
〇劇場・舞台(夜)
   カーテンコール。割れるような拍手の中、深く一礼する拓馬。その他 
   の俳優たち。
   頭上から、幕が下りる。
   客席で手を叩く千亜紀。
   千亜紀に気付く舞台上の沙紀。
   千亜紀、手を振る。
 
〇番組スタジオ・廊下(夜)
   扉が開いて真一が顔を出す。つかつかと早歩きの真一、ぴたりと横に
   着く総合演出の佐藤(54)。
佐藤「まずいですよ」
真一「プロポーズを無駄にしたくないんだよ。ちゃんと迎えるのが筋だ。き
 っと自慢のフィアンセが舞台から駆けつけてくれるさ」
佐藤「浅村さん」
真一「この時間帯で俺くらいじゃないか。こんなに人生を投げているのは
 さ」
佐藤「待ってください。沙紀さんサイドにご確認できてません。舞台で忙し 
 いですし」
真一「俺は婚約者として迎えるつもり。駄目な理由ってあるかい?」
   真一、楽屋の扉を開く。
真一「ここは別にしてね。お疲れ」    
   バタン! 扉を閉める真一。  
 
〇シェアハウス外観(夜)
   窓を照らす明かり。
千亜紀の声「ここ初めてだっけ?」
沙紀の声「何」         
 
〇シェアハウス・キッチン(夜)
   鍋の蓋を開ける千亜紀。
   ぐつぐつ沸き立つ肉じゃが。  
千亜紀「うち来るの初めてだよね」
   リビングのソファから体を起こす沙紀。
沙紀「……たぶん」
千亜紀「お皿、増えちゃうけど」
沙紀「ありがと」
   沙紀、テーブルへ。
   千亜紀、沙紀に肉じゃがを運ぶ。
沙紀「すごい。ママそっくり」
千亜紀「でしょ? 包丁くらい持てるよ」
沙紀「気付いてたみたいね、昨日の皿洗い」   
千亜紀「カチャカチャ鳴ってるの聞こえたんだもん。やっぱ女優って大変だなって。台本脇に置いて覚えるんでしょ。私、絶対無理」
沙紀「別にそういうアピールしたわけじゃないけどさ」
千亜紀「それ」
沙紀「……今度は何」
千亜紀「電話してくれた理由」
沙紀「……愚痴かも」
千亜紀「それなら、役者やってますアピールでいいと思うんだ。私のような
 夢追い人でもわかるからさ」
沙紀「うざくない? ソファまで届く気しないし」
千亜紀「待って。ソファって寝転がるためにあるんじゃないのかな。さっき
 まで誰かさんもそうしてたけど」
   沙紀、黙々と肉じゃがを食べる
千亜紀「真一さんにとっての聖域。たぶん」
   沙紀、箸を止める。
千亜紀「間違ったこと言ってないよね」
沙紀「千亜紀が正解。私、きっと長岡沙紀のままなんだ」
   千亜紀、沙紀の顔を覗き込む。
千亜紀「七つ上とは思えない。むかつく」
沙紀「あんたもね。まるでタメみたいで頼もしい」  
翔太の声「……あの」
   沙紀、千亜紀、同時に振り向く。
   呆然とする館野翔太(27)。 
翔太「はじめまして」
   沙紀、起立。
沙紀「千亜紀の姉です」
翔太「……長岡、沙紀さん」
   沙紀、左手薬指を見せる。指輪なし。
沙紀「うん。一応ね」  
 
〇同・衣装部屋(夜)
   ドアを開ける翔太。
翔太「どうぞ」
   室内を覗く沙紀。
沙紀「……猫ちゃんがいるとか」
翔太「大丈夫です。ネズミなら一匹も見たことありません。それに猫が働け
 るほど広くないです」
   電気を付ける翔太。
   パッと広がる照明、ズラリと並んだ衣装を照らす。
沙紀「すごい」   
   沙紀、衣装に駆け寄る。
   年代物のドレス、ジャケットなど数枚並ぶ。  
沙紀「よく集めたね」
翔太「古着ですけど。千亜紀と二人で、最初は趣味で集めて」
   ピンクのドレスに目が留まる沙紀。
沙紀「これさ……」
翔太「はい。マリリン・モンローの」
沙紀「まさか本物じゃないよね」
翔太「全然。それも映画と似たデザインを探して……」
千亜紀の声「私が作ったの」
   千亜紀、翔太の前を過ぎる。
   翔太、沈黙。
千亜紀「映画見て、似たデザインにしたつもり。モンローさんには叶わない
 けど、誰かこれ着て映画出てほしくて」
沙紀「いつになるの? 言ってみなよ」
千亜紀「……あなたが包丁持つ日」
   沙紀、ドレスを体に当てる。
沙紀「演者は私。裏方やるって聞いた。何年前のことかしら」
翔太「沙紀さん」
沙紀「全然、仕事の相談なんかしないよね。姉の現場に顔出すくらいしても
 いいのにさ」
千亜紀、沈黙。
沙紀「こんなに服集めて、男の子とシェアして、男の子受けする料理作っ
 て。ほんとは都会っぽく、かっこかわいい自分を見てほしいだけじゃない
 の? 違う?」
千亜紀「お姉ちゃんこそ一番孤独」
   千亜紀、沙紀からドレスを奪う。
千亜紀「これ、私が取り寄せた。あなたが知らない店で。こんなにかっこよ
 く作れるわけないし」
   沙紀、部屋を出る。
   千亜紀、涙目でドレスを叩きつける。
 
〇拓馬の書斎(夜)
   机で携帯電話片手に話す拓馬。
   電話から、佐藤Dの声。
拓馬「……佐藤さんですか。磯部から聞きましたよ」
佐藤の声「はい。ただ舞台を終えてすぐとなると……」  
拓馬「心配はご無用ですよ。あの子は負けず嫌い。私と似て、人より仕事を
 増やす子なんです。将来指輪をしても変わらないでしょう」 
佐藤の声「長岡さん、よろしければ沙紀さんとご一緒に……」
拓馬「それは出来兼ねます。前にも言いましたけど、現場に親子関係を持ち
 込むのは良くない。まして私はドラキュラですからね。売り出し中の女優 
 とニコニコしてはまずい」
    拓馬、手元を見る。
    書きかけの手紙がある。
佐藤の声「かしこまりました。番組の方ですけど、私も随分真一さんに手を
 焼いておりまして」
拓馬「ここはドラキュラにお願いという流れかな」
佐藤の声「……ぜひ」
拓馬「しかし、年寄りが踏み込むわけにも行かないと思うよ。まして私は舞
 台で指輪を外させたんだ。芝居の上でね」
佐藤の声「できれば沙紀さんの歌が聴きたいです。真一さんには内緒です
 が」
拓馬「沙紀に確認しておくよ。愛娘の晴れ舞台くらい、確認しておきたいか
 らね。いつもは棺桶に入ってるものだから」
  
〇シェアハウス前(夜)
   沙紀、自販機から缶ビールを取り出す。
翔太の声「沙紀さん」
   翔太に気付く沙紀。
沙紀「飲む? 二本くらい奢るよ」
翔太「……あいにくですが」
沙紀「それなら呑み終えるまで付き合って。早速だけど、千亜紀について話
 してごらん」
翔太「……これを」
   翔太、携帯画面を沙紀に見せる。
沙紀「オリジナル」
翔太「はい。俺たち、古着ばっか集めてますけど、ほんとは古着じゃない服
 を作っていて。未完成のままの」
沙紀「……千亜紀の料理、好きなのね」
翔太「一応」
沙紀「何、素直に美味しいって言わないと駄目」
翔太「美味しいです、美味しいです」
沙紀「何か私、千亜紀が言った通りかもしれない。あの子より包丁持つ日も
 少ないしさ」
翔太「演者さんって、みんな孤独だと思うんです。あいつ、沙紀さんの前で
 泣きたくなかっただけですよ。俺、そんな強がりなところが……」
   沙紀、翔太の顔を覗く。
翔太「……近くないですか」
   沙紀、顔を離して、
沙紀「こんなに否定されないことってないからさ。あの人にも見せたい感
 じ」
翔太「俺、いつか真一さんのような有名人に呼ばれたいって思って。今は千
 亜紀と服飾家なんて名乗ってますけど……自分じゃない気がして」
沙紀「待って。自分じゃなかったら意味ないと思うよ」
翔太「……生意気言わせてもらうと、いつか沙紀さんの担当になったら、も
 っと黒子になれる気がするんです」
沙紀「……真面目ね。嬉しい」
翔太「千亜紀に伝えたいことってありますか。今頃、ミシンに向かってると
 思いますけど」
沙紀「そうね。肉じゃが、ごちそうさま。それから、私の負け。夢を追って
 る顔がキラキラしててさ。妬んじゃったわけ」
   沙紀、翔太の肩を叩く。
沙紀「真一さんにも言っておく。あなたのこと」
翔太「ぜひ」
沙紀「自販機前で、一緒に芝居の練習してたって言ってやるから」
   翔太、苦笑い。
   沙紀、缶ビールを飲み干す。
沙紀「よし。モンローになる」
翔太「……沙紀さん」
沙紀「大丈夫。髪の色、変わるくらいだから」 
 
〇シェアハウス・作業場(夜)
   ミシン台で居眠りする千亜紀。
   壁に、走り書きした服の絵が数枚。
   翔太、缶ビールをミシンに置く。目を覚ます千亜紀。
翔太「沙紀さん、帰ったよ」
   翔太、ミシンから布を奪い取る。 
翔太「これもボツ。駄目」     
   千亜紀、沈黙。
翔太「ドレスの生地って、シルクだけじゃないよね。何でも試した方がいい
 と思うよ」
千亜紀「……翔太」
翔太「あと何枚でも、何枚でも付き合うつもり。俺、ミシンの音好きだか
 ら」
   千亜紀、微笑む。   
 
〇市街・公道(夜)
   車を飛ばす真一。
   窓外にネオンの灯が流れ去る。
沙紀の声「嘘のまま過ごすよりいいでしょ。女神なんかどこにいるの」
   真一、アクセルを踏み込む。
   街に消える車。

(つづく)
   人気女優と人気司会者、二人の運命は……?