脚本公開 2

〇黒画面 T「その一 長岡沙紀の場合」
 
〇シネマヴェーラ渋谷入口
   館内から出る沙紀と真一。
   壁に名作映画のポスターが数枚並ぶ。
真一「僕の番組に?」
沙紀「別にまずくないでしょ」
真一「それはディレクターが決める。映画だって同じ。例えばブロンドの髪  
 でも、スクリーンの中じゃ白黒なんだよ」
   沙紀、真一の前に立ち塞がる。
沙紀「父さんのため」
真一「駄目だ」
沙紀「あなたの番組で知らせたっていいじゃない」
真一「司会者は公平じゃなきゃいけない。君だけ特別は良くない。今は五〇
 年代じゃないからさ」
沙紀「……さよなら」
   沙紀、真一から離れる。
真一「来週のゲスト、決まってるんだ」
   歩く沙紀の背中。
真一「ドラキュラの娘、または可愛い長女」
   沙紀、立ち止まる。
真一「受け取ってほしいんだ」
 
〇沙紀のマンション・キッチン(夜)   
   沙紀、チケットの半券を冷蔵庫に留める。
   隣に数枚の半券が並ぶ。
沙紀「……番組で、知らせたっていいじゃない。ね、父さん」
   沙紀、台本をパラパラと捲る。
   途中のページに一枚の写真。笑顔の沙紀と拓馬が写る。     
 
〇テレビ局・番組スタジオ(夜) 
   扉が開き、観客前まで歩く真一。
真一「ご機嫌いかがですか。今日は私、いつになく緊張しています。別に義
 理のお父さんを迎えるわけではないのですが」
   真一、胸ポケットに手を入れて、
真一「こんなこと、二度と起こるはずないと思うんです。皆さん、どうぞ勝
 手な司会者を許してください。今夜だけは」
   固唾を呑む観覧席。誰一人笑顔なし。
真一「お呼びしましょう。長岡沙紀さんです」
   拍手に包まれ、扉から登場する沙紀。
真一「お忙しい中」
沙紀「とんでもないです」
   沙紀、椅子に着く。右に座る真一。
沙紀「生放送、慣れてないんです……」
真一「舞台とは違う?」
沙紀「ええ。台詞がないじゃないですか。何も与えられてないわけですし」
真一「前に大女優さんがいらして。あなた、気前いいけどそれだけねと言わ
 れまして」
沙紀「……家で見た記憶が」
真一「結構前になりますけどね。今日の沙紀さんと似た心境でした。うまく 
 返せなかった悔しさと言ったら……司会者が落ち込むなんて禁物ですけ 
 ど」
   真一、胸ポケットに手を入れる。
   沙紀、沈黙。
真一「長岡沙紀さん、ぜひお見せしたいものがあるんです」
   真一、胸ポケットから鍵を出す。
真一「手を広げて」
   沙紀、手のひらを差し出す。
   真一、席を離れ、沙紀の前で膝を付く。
   拍手する観客席。
   驚く沙紀、両手で顔を覆う。
   真一、片手で鍵を折る。パキッ。
   沙紀の手にこぼれ落ちるダイヤモンド。永遠に輝くような光。 
沙紀M「……永遠だと思ってた」
 
〇真一のマンション(夜)
   寝室に枕が二個、ダブルベッドに並ぶ。 
   壁に貼った二枚の航空券(NY行き)。
沙紀M「ラブソングじゃないことくらい、わかってたけど」  
   真一の手が伸び、航空券を剥がす。
   玄関のドアが開き、ニューヨーク・ヤンキースの帽子を被った真一が 
   入る。続く笑顔の沙紀。
   真一、帽子を沙紀に被せる。
   キッチンに整列する数枚の皿、水滴一つないシンク。
    
〇市街・公道(朝)
   車を飛ばす沙紀。左手に光るダイヤの指輪。 
   沙紀、アクセルを踏み込む。
   朝日を浴びて走り去る車。     
      
〇劇場・楽屋
   開いたままの扉。   
   奥にある姿見の前、黒いマントを翻す拓馬。
   傍で微笑む付き人の磯部(68)。
磯部「伯爵様、早起きは苦手とお聞きました」
拓馬「黙れ。大事な公演を前に欠伸などできまい」
磯部「太陽が苦手と仰ってましたよね」
拓馬「そうだ。月に溺れるほど若くない」
   磯部、目を丸くする。    
拓馬「君たちも知ってるだろう? そろそろ小さな天使も見たくなってきたが」
磯部「沙紀さんのためならいつでも仰せつかせを」
拓馬「頼もしい」
磯部「こちらを」
   磯部、携帯電話の画面を見せる。
   司会者、浅村真一の笑みが映る。
拓馬「いい顔してるね。夜に生放送の彼だろう?」
磯部「質問があります」
拓馬「手短に」
磯部「番組、ご出演考えていますか」
拓馬「私は構わん。十字架さえなければ、明るいスタジオに足を運ぼう」
沙紀の声「父さん」
   拓馬、声に気付く。
   台本を手に、歩み寄る沙紀。   
沙紀「磯部さん」
磯部「随分早いね。ちょいと芝居してたところなんだ」
拓馬「……本番前に話すことはないよ。帰りなさい」
沙紀「私……」
拓馬「娘と会うドラキュラがどこに存在するんだ。この世界の約束くらい守
 れ。お客様の前じゃ親子も何もないんだ」
   沙紀、沈黙。
磯部「拓、この子はあんたの娘。せっかく遊びに来たんだから」 
拓馬「普段の顔は捨てなさいと言ってる」
   沙紀、台本を握りしめる。
   磯部、溜息。やれやれ。
 
〇劇場入口
   窓に舞台『ドラキュラ』のポスター。拓馬演じる伯爵の目、ギロリと  
   光るように写る。
 
〇劇場・楽屋
   拓馬、マントを翻して外へ。
   磯部、沙紀に寄る。
磯部「あんまり辛気臭い顔やめなよ。拓だって照れ臭いんだよ」
沙紀「……どうしても、納得いかないことあって」
磯部「ああ。拓のやつ、あそこだけ変えたんだよな」
   沙紀、指輪を外す。
沙紀「このシーン」
磯部「そうそう、ドラキュラの前でさ。本には、部屋で外すと書いてあった
 んだけど」
沙紀「……生放送が良くなかったのかも。まだ私たちを認めてないと思うん
 です」
磯部「今度、拓がゲストだろ。楽しそうな顔してたよ。目尻の皺、増えたけ 
 ど」 
磯部、胸ポケットから写真を出す。
磯部「これ見なよ」
   沙紀、写真を覗き込む。
沙紀「若っ」
磯部「だろ? 持ち歩くのもめんどくせえけど、あいつがいなきゃ俺なんか
 とっくに野垂れ死にだよ。お前さんが生まれるずっと前」
沙紀「……私も、演者なんです」
磯部「もちろんさ。拓の血がそのまま入ってるからな。今日の舞台だってそ
 うだ。いちいち親子共演なんて書く必要ねえけどよ」
沙紀「……まるで試験受けてるみたいで」
磯部「沙紀ちゃんが真面目だからだよ。その内いい加減になるよ。俺みたい
 に」
   沙紀、苦笑い。
磯部「よし、さっき出て行った伯爵にも言っておかなきゃな。娘婿になる男
 もいるわけだし。あんまり眉間に皺寄せると嫌われるぞってね」
沙紀「磯部さん、お願いが」
磯部「何だよ、今更お菓子頂戴何て言わないでおくれ」

(つづく)