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東京の価値観で地方創生ってなんか違うって思うんだけど。。。

地方創生にとりつく東京の呪縛

地方創生ってよく言うけど。。。私たちは価値観の根底で地方創生を否定してるんじゃないかって最近思う。。。というより東京の呪縛にとらわれてるって方が近いかな???

地方の衰退の理由を聞くと。。。いわく、産業がないから。。。いわく、大学がないから。。。いわく、商業施設やアミューズメントがないから。。。私もチョットそんな風に思う。だって、それがあったら便利だし生活しやすいし。。。でも、それが解消された先にあるのは大都市なんだよね。。。そして、その親玉がTOKYO。。。これじゃあ東京中心の日本が変わるわきゃない。だって、この考え方、いろいろな施設がそろった東京に対して憧れてるし、その結果の『TOKYOサイコー』『TOKYOバンザイ!』な考え方なんですもの!!!

住みたい地域の定義

さて、ここで少し住みたい地域の定義を考えてみる。「良い子育て環境と教育」「発展が見込まれる産業」「職住隣接でかつ余暇を楽しめる環境」「健康で長生きできる仕組み」「充実した終末期を迎えられる仕組み」生まれてから死ぬまで人生のすべての絵が描ける地域であることが良い地域の条件ではないのかな???

整理をすると、①良い子育てできる環境 ②良い教育をできる環境 ③余暇を充分楽しむ環境 ④発展が見込まれる産業 ⑤健康で長生きの仕組み ⑥充実の終末期の仕組み。。。こんな感じ???この条件で、東京を中心とした首都圏と地方を比べたとき地方は東京に負けてないって思う。

地方が模索するべき道

職住隣接、保育園待機児童ゼロ、海・山・田園風景に囲まれた自然豊かなシチュエーション・濃密な人間関係の中で育む仲間や先輩とのつながり。。。このあたりが、どの地方にも言える基本事項で。。。あとは、東京が真似できない、ニッチでエッジの効いた産業育成や観光や農業など地域の特徴を活かした産業があれば、充実した人生を送ることができる地方が出来上がり。

実は中央集権が徹底される明治期以前。。。そう。。。江戸期には地方サイコーの価値観が日本国中に根付いていた!!薩摩隼人や肥後もっこす、日本人って感覚なしで長州人とか土佐人って感覚が一般的。こんな江戸時代の価値観が今必要とされているとチョット感じる。東京の価値観を忘れ地方の価値観を思い出す。地方創生にはこれが必要なんじゃないかなぁ。。。今、東北のある地方を調べてるんだけど、こんな地方の価値観満載で地域活性化を頑張ってるとこがある!!!

最近知った。。。鶴岡ってまち。。。