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トランスジェンダーという新しい性に対する服「制度をかえる服」

ちょっと真面目なレポート書いてみた。トランスジェンダーファッションの考え方について。。。先生がブログで紹介しろというのでUP!!!

1.キャズムを超えようとするある価値観

流行の仕組みであるイノベーター理論。その理論を深堀したキャズム理論「普及率16%の壁(キャズム)」これを超えると流行はマス化(大衆化)する。今、人々のある価値観がキャズム突破しようとしている。LGBTQ+は当たり前という価値観である。価値観が変わるとファッションが変わる。ファッションが変わると大きな需要が生まれ、新たな市場ができる。単なるモードが新しいスタイルへと変化するのだ。では、それはどんなものなのであろう?

2.他社に対するカテゴリー付けとラベリング

人は無意識に他者をカテゴリー分けし、自分基準でラベリングする。その対象には自分自身も含まれており、同じようにラベリングしてしまう。その基準にはその人の見た目や地位といった面が、カテゴライズする時の印象に大きな影響を与えるのではないかと考える。特に見た目に関しては、服装や髪型、性別などそれぞれがブロックのように様々な要素を組み合わせて積み上げた時、その人のアイデンティティーが確立される。一つのブロックが変われば、それを元に積み上げられた全体像が一気に別の印象と変貌することで自分がイメージする見た目へとコントロールすることが可能となる。そうしたブロックの中で一番変化を加えやすいのが服装なのではないか。「強い女」、「オトコの娘」と言った服装からなる見た目の印象は、ある種のパッケージとして型に嵌め込み、カテゴリー分けを容易にする。

3.カテゴリー分けにおける性差の役割

これらの「強い女」や「オトコの娘」は一見すると性別を超えた、いわゆる女らしさや男らしさを感じさせない印象を受けるように思う。しかしながら、構成する要素を分解していくと大前提に性別がある。「強い女」は庇護欲を掻き立てられるような、一般的にイメージされるお淑やかな女性像とは反対に、独立性のある凛とした女性。「オトコの娘」は女性のように可愛らしいく幼い男性。このように例に挙げた二つのパッケージは女性だからこそ、男性だからこそ、という根幹部に身体的な性別という要素を、大きく孕んで成り立っていると言える。性別という要素を取り除いたとしたならば、それは「強い女」でも「オトコの娘」ではなく自立性のある人、可愛らしい人という性別問わずにいるようなぼやけた印象になってしまう。つまり、この二つにおいては、身体的性別というものが記号として重要な役割を担っているのではないかと考える。(下記ブログを参考)

3.性差カテゴリーとしてのトランスジェンダー

では一方で、「性別」というものが単純な男女の二つではなく、人の数だけ増えた昨今の社会ではどうなるのか。仮に、服装の前提に身体的性別が大きな要素としてあるとしたならば、心と身体が一致しないトランスジェンダーはどのような方向にイメージを持っていけばよいのか。

4.トランスジェンダーファッションのあり方

今までの服装は身体的な性別を元に服装の方向性を決定付けていた。男性といえばズボン、女性といえばスカートと言ったようにフォーマルな場ではより身体的性別を重視した服装が求められてきた。元来、トランスジェンダーには秘すべきもの、という暗黙の了解がありそれゆえに、トランスジェンダーにとっては大なり小なり社会と自身とのギャップを感じざるおえない状況があったと考えられる。この性別を意識しない、誰もが好きな格好で社会とのギャップを感じない服装を選択するには、身体的性別の比重を軽くし他のブロックと同じくらいの大きさまで均一化をすることで、性別と言う記号に縛りをかけられていたファッションの幅が大きく広がるのではないだろうか。身体的な性別というブロックを髪の長さや身長と同じある種のアクセサリーとして考え、男女の身体的性差ではなく身体的な特徴としてポジティブに捉えるのである。そうして服装の方向性を考える時に、性別をスタートにするのではなく美しさやかわいらしさなどの根本的なイメージをスタート地点にすることで、ノーマルの人たちだけではなくトランスジェンダーの人たちもより自由で楽しく、自分を本当の意味で輝かせることができるファッションができるのではないだろうか。つまりは「トランスジェンダーのため」ではなく、「トランスジェンダーも」が重要な要素になり、今までの男女という二つの性別からズレたそれをマイナスなイメージからプラスなイメージへと変革する鍵になると考える。

写真お借りしました。カッチョいい写真ありがとうございます!!