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通勤の朝に見た龍と人様

冬目前の朝の空に
細長い雲が、いくつもたなびく。

それは一斉に一つの方向にむかっている。
富士だ。
真っ白に全身を染めた山の神がおられるのか
数体の若い龍がしなやかな体で冬空に弧を描く

一瞬、視界をさえぎる建物が消え、
富士と龍雲がつくる
天空の群像劇の全貌が見えた。

私の座るボックス席の男性たちは、
偶然にも、全員が窓の外を見やっていた。
吊り革を持って立つ紳士も
スマホや本に目をやっている人間は
この間、ひとりもいない。

言語化できない神聖な空。
殿方は龍に気づいておられるだろうか。
教えてあげたい気持ちが起きて、
私は含み笑いをしている。

ずっと龍が好きである。
心がつまらなくなると、
龍が気配を示す。

そしてただ、その身の有り様を見せる。
例えば観音の穏やかな慈愛とは異なる
力強い存在がある事を思い出させる。

戸塚を過ぎると上り線は
東海道線と横須賀線が並走する。
数メートル隣りでゆらゆら動く
2階建てグリーン車と
窮屈そうな満員の普通車輌。
間近で異なる空間の風景を眺めながら、
私は普通車輌で通い続けている。
グリーン通勤にする覚悟が持てない。

頭上には相変わらず悠々とした雲海。

そんなふうに見ていたら
降車駅に着いてしまって
慌てて席を立って出口に急ぐ。
すると、出口前まで追ってきた手が
後ろから肩を叩く。
忘れ物ですよ、
男性が私にスマホを手渡してくれた。

一言のお礼を言う間に
混雑する扉が閉まり、
電車は動き去った。

この車輌に乗っていてよかった。 
天空を見上げて憧れても
地上で生きる私を助けてくれるのは、
目の前の人だ。

神に匹敵する救済をする人たちの住む地上。

街路樹の黄金に輝く銀杏が、
当たり前だと、
笑うみたいに散っている。


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