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[短い物語02]ローカル線の魔法。

中学2年の頃、好きだった先輩がいた。

当時、わたしは陸上部。秋の大会に出場するのに人手が足りず、夏の試合が終わった野球部から、俊足の先輩たちが助っ人として一時的入部していた。

先輩たちが借り出されるのは大概、短距離走。わたしはハイジャン(走り高跳び)で、トラック競技とは無縁だった。

ハイジャンのフィールドは、いろんな先輩の遊び場だった。
俺も飛んでいい?と軽々バーを飛び越える姿を見たり、背面跳びの見本を見せたり。
ヒトシ先輩も、そこにいた。

部活が始まる前、ハイジャンのマットやバー、ポールなどを運ぶのだが、ヒトシ先輩は率先してそれを手伝ってくれていた。
優しくて明るくて、いつも楽しそうで、別種目のわたしにも気軽に声を掛けてくれる。その軽やかさに惹かれていた。

秋の大会が終わり、冬が来た頃。
わたしはヒトシ先輩に手紙を出した。
確か、好きな音楽なんかを訊いた気がする。
優しい先輩は、その手紙に誠実に返事を寄越した。

わたしはまた手紙を出した。
先輩が好きです、と書いた。

優しい先輩は、また返事を寄越した。
そこには、彼女がいるので付き合えません、と書いてあった。


そうしてあっけなく片思いは終わり、卒業式には別れの挨拶をした。ヒトシ先輩は地元を離れて、盛岡の高校に進学するのだと言った。


月日は流れ、わたしも高校生になり地元を離れた。盛岡の隣町の高校に通うわたしは、連休に地元に帰るため、駅のホームで列車を待っていた。

出発の列車が到着し、席に座る。
田舎へと向かう列車は、本数も乗る人も少なかった。

同じ車両に、男性がひとり乗り込んできた。
そして、その人はわたしに声をかけてきた。

高校2年生になった、ヒトシ先輩だった。

中学時代の面影を残しつつ、ちょっと大人びた感じで、そして相変わらず優しくて誠実な印象だった。

『一緒に座っていい?』

ボックス席に、ふたり向かい合わせで座る。
ローカル線は片道3時間ほどかけて、ゆっくりと走った。

何を話したかなんて、正直憶えていない。
高校で続けている野球の話とか、学校生活のこととか、きっとそんなことを話したのだろう。

付き合っていた彼女とは、高校に入ってから結局うまくいかなかったんだ。
あの時もらった手紙、嬉しかった。

そんなことも、言っていた気がする。

ヒトシ先輩の降りる駅は、わたしのひとつ後。
降りる前に、先輩から提案があった。

『帰りもまた、待ち合わせて一緒に乗ろう。』


連休最終日、再び駅のホームに立つ。
到着した列車に、ヒトシ先輩の姿があった。

まるで彼女にでもなったかのような気持ちで、かつて大好きだった人の向かいに当たり前のように座る。
列車が盛岡駅に着くまでの、魔法にかけられたような3時間。

優しくて明るくていつも楽しそうで、誠実な人。そう思っていた先輩が、そっと見せてくれた左手首の傷痕。

『俺、自殺未遂したことあるんだ。』

でも今はもう大丈夫、とヒトシ先輩は小さく微笑んだ。

その傷痕は、先輩が抱えている心の傷だ。それはとても哀しみに満ちたものだけれど、その傷をわたしに見せてくれたことが、なんだかとても嬉しかった。それだけを、はっきりと憶えていた。

盛岡駅に着いて、ヒトシ先輩に別れを告げた。
恋でも友情でもない、魔法みたいな時間。


それ以来、ヒトシ先輩と会うことはなかった。
もしかしたら、あれは本当に魔法だったのかもしれない。

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