自らへの関心を中心に置くリーダーは間違ってリードする
ドラッカー先生の非営利組織の経営p2第一章ミッションの8行目にリーダーの資質についてさらりと書いてある。
「自らへの関心を中心に置くリーダーは間違ってリードする」
ドラッカー先生はこういう非常にポイントとなることをたったの一行でサラリと言っていることが多いので
よく注意して読まないと見落としてしまう。
見落とさずに気づいた人にだけに与えられるプレゼントがある。それはまったく、禅問答にも等しいものなのです。
「そうか、気づいたかい。ヒントは与えたから、それについて答えを自分でつかみ取りなさい。」
とドラッカー先生に言われているようです。
でも、こういう所がドラッカー愛読者の醍醐味で・・好きなんだなぁ。
「自らへの関心を中心に置いたリーダー」
その代表例として「ヒトラー、スターリン、毛沢東」をドラッカーは挙げ「今世紀あの最もカリスマ的な三人のリーダーほど人類に害をもたらした者はなかった。」
と、容赦ありません。
彼らの共通点はなんだろうと私が考え思い当たるのは「非凡へのあこがれゆえの権力欲」ではないだろうか?
この「欲」は、カリスマならず、私たち一般人にも当てはまる警告だと私は思います。
自分に価値を見出せずに、人に認められたいという思いが満たされないと
横暴にふるまったり権力を得ることで自分の未熟さや自信のなさを隠すことができます。
そして、権力を使って自分の考えに逆らうものを徹底的に排除するようになります。
やがてリーダーの周りにはYESマンしか存在しなくなり、間違いをただす安全弁が外れ、リーダーの独裁的な行動に拍車がかかり社業が傾く。
これが組織の成れの果てというやつです。
かくいう私も、自らの関心を中心に置くリーダーとして間違って組織をリードしてしまった経験を持ちます。
NPOを運営する中で、「人から認められたい、人からすばらしいと言われたい」という欲が私の心のどこかでいつも存在していました。
それは無意識の心の層に常に存在しており、本人ですら気が付かないうちに「欲」が自分の判断を代わりに行うようになるのです。
私は組織のミッションを忘れ、人とのコミュニケーションを恐れるようになりました。
自分でも何かがおかしいと感じてはいるものの何が原因なのかがわかりませんでした。
なにも手が打てないまま時間だけが過ぎました。
最後はスタッフと経営層である私との間で、労働組合交渉のような惨状を迎え、私は一人組織から離れることになってしまったのです。
すべての責任はリーダーであった自分の身から出た錆だと今では受け止めています。
同じような苦しみを味わってほしくないという思いから、私はみなさんにこうしてnoteに記したりセミナーを行わせてもらったりしています。
ドラッカー先生は、リーダーの資質として「真摯さ」を挙げています。
真摯さとは武士道の考え方であり、武士道精神の原点は「闘戦経」であると私の師である今岡善次郎先生から教えていただいています。
「闘戦経」を貫く基本理念は「誠」と「真鋭」です。
つまり「真摯さ」とは精神的な美しさのことをいいます。
今の時代からするとビジネスの世界で精神的な美しさなんて必要ないと思われる方もおられるでしょう。
しかし、経験者であれば見えない心の汚れがどれだけ会社の盛衰に影響を与えるのかをご存じの方もおられるでしょう。
心のシミは目立たないけど、恐ろしい。クリーニングしたつもりでも
ほんの小さなシミが、あだとなって気が付いたら虫が全体を食い破る。
NPOは公的な仕事を行う組織であるがゆえに、多くの人に影響を与えてしまいます。営利である企業も公器な存在であるからNPOと同じです。
リーダーは自分の欲を抑える。
簡単なことだけれど、めちゃくちゃむずかしいことです。
抑えすぎたら自分が死んでしまうから。
ミッションを考える前に、リーダーはNPOを始める前に、心のなかにシミを見つけたら、丁寧に漂白する方法を身に着けることをおすすめします。
自分のためになるばかりか、多くの人々の幸せにつながっていくからです。
「漂白」とは、自分自身の内面をみつめること。
一度やればよいのではなく、一生を貫いて日々心を磨くことを怠ってはいけないものです。
心を磨いていくうちに、自分への関心はやがて薄まり(満たされてゆく)、人への貢献(人の苦しみを取り除く仕事)が常に心の中を占めるようになります。
リーダーと呼ばれる人は、強くあること、人より権力をもつことが本当のリーダーではなく
自分の弱さを認めさらけ出せる人が本当の強い人だと私は思います。
非凡であることではなく、平凡であることを受け入れる謙虚さと深い優しさを伴った人が本当のリーダーの在り方です。
平凡であるがゆえに努力を続けられる、平凡であるがゆえに人の痛みや苦しみが理解できます。理解できるから人に優しくなれます。
人の苦しみを自分の苦しみだと感じられるようになると、
なんとかして相手の苦しみを取り除きたいという気持ちになります。
相手の苦しみを取り除きたいという思いが、「人の役に立ちたい」という貢献の責任へと転化していきます。
人の役に立てば、その感謝の対価として「お金」が支払われます。
人の役に立てば立つほど、お金が得られ、経営者は、さらに多くの人の幸せを最大化するために次の事業へと投資を行います。
こうした「優しさの循環」の輪を回す人が経営者であり本物のリーダーだと私は思うのです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?