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オランダの英語教育の始まり

このマガジンでは、オランダのバイリンガル教育や英語教育について、公立のバイリンガル小学校で勤務する観点からまとめています。

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(順番に読んでいただいた方がわかりやすいかもしれません)

オランダの英語教育の始まり

オランダにおけるバイリンガル教育の始まりを語る前に、まずはこの国において英語教育がどのように導入されたのかということについてまとめたいと思います。バイリンガル教育とは英語教育がさらに加速化、深化したものだとして、まずは英語教育がどのように始まったのかを簡単にまとめます。

カナダのWinnipeg大学(U of Winnipeg)によると、現在世界142ヶ国で英語を学ぶことが義務化されている国があるそうです。その中には日本も含まれています。

オランダにおける英語教育は、今(2023年)から遡ること、約37年前の1986年に始まりました。ちなみに、日本では平成20年(2008年)に最初の外国語教育が始まり、平成23年(2011年)から年間35単位の外国語活動が必修化されました。外国語教育(英語教育)という観点でいくと、2ヶ国の間には実に25年間の経験の差があると言えます。

この国の英語教育は日本が当初そうであったのと同じようにgroep7(小学校5年生)から導入が始まりました。オランダでは教育の自由(憲法23条 1917年制定)という、それぞれの学校に多くの裁量権を持たせる自由が定められているため、あくまでこの小学5年生というのは目安で、当時から小学校3年生や4年生から始める小学校も多少なりとも存在していたようです。

英語が義務化された背景も含めて、現在のオランダにおいて英語教育がどのように捉えてられているかをSOL(オランダの学習指導要領のようなもの)から引用します。

国際化の発展、あらゆる流動性の増大、新しいメディアを介したコミュニケーションの可能性の拡大により、英語の能力はすべての人にとってますます重要になっています。 初等教育における英語の位置付けは、ヨーロッパの政策と、英語での教育が早期に開始されると英語の合理的な運用が達成されるという原則に基づいています。
英語学習の目的は、ネイティブスピーカーや学校外で"英語を話す人々"とコミュニケーションをとるための最初の基礎を提供することです。 この最初のアプローチは、その後の基礎教育の期間中にさらに発展されていきます。 小学校では、英語での教育は可能な限り他の教科の内容と連携したかたちで行われます。 たとえば、自分自身と世界を指向した内容です。 「住環境」「自由時間や趣味」「身体」「天気」など、日常の中に存在する何気ない話題が対象となります。
初等教育における英語教育は、主に口頭コミュニケーションと簡単な文章の読解に関係します。 ライティングは、限られた数の頻繁に出現する英単語の綴りを理解することに限定されます。 子どもたちは、辞書を使って単語の意味や綴りを調べることも学びます。

SOL: 英語の特徴

オランダの英語教育で大切にされていること

いわゆるオランダの学習指導要領と呼ばれるSLOでは、英語教育の位置付けについて説明がなされています。この国の英語教育で重傷しされているのは、いわゆるコミュニケーションスキルで、

・聞くこと (listening)
・"大胆に"話すこと (daring to speak)
・読むこと (reading)
・"そこまで大事ではないが"書くこと (lesser extent writing)

です。

面白いのは、"話すこと"のところにあえて"大胆に"がつけられているところ。笑 "大胆に"という表現が日本語の意味合いとして合うかどうかは少し不安なのですが、とどのつまり「(文法的に)間違っても良いから、とにかくしゃべってみようぜ!」という、「(間違いを恐れず)トライすることを賞賛する」という意味合いが含まれています。

学習者目線で見れば納得できますが、教師側にとってこれを根本的に捉えることは難しいことかもしれません。話すということについて、ついつい文法的なミスばかりに意識がいってしまう場合、教師としての"在り方"自体を問い直さないといけないということでもあるからです。「"大胆に"話すこと」が重要だと書かれている以上、それが体現できる学習者を育てることが求められるということは、それが体現できる教室環境を教師自身が作らなければいけないということです。それは逆に英語という教科だけで醸成できるかといえば、そうではないと私は思います。

また、「"そこまで大事ではないが"書くこと」と、あえて書かれているところも興味深いです。オランダでは、"コミュニケーション"としての英語をより強く捉えるということなので、コミュニケーションとは何か、どのような場面でコミュニケーションは起きるのか…を考えれば、やはり「書くこと」というの比重が小さくなることにも納得がいくかもしれません。

「言語」はコミュニケーションがとれてなんぼなので

上記のように、
・"大胆に"話すこと (daring to speak)
と、あえて書いてある背景に感じるのは、第二言語習得理論における仮説がキーになっているのではないかと個人的には感じます。

例えば、第二言語習得理論には、クラッシェンが提唱する「情意フィルター仮説」というものがあります。

情意フィルータ仮説とは、感情的な要因がいかに第二言語習得に影響を及ぼすかを説明したもので、「不安」「自信のなさ」「動機付けの弱さ」といったネガティブな感情(情意フィルター)は、第二言語の習得を難しくしてしまうという仮説。

English Hub - 情意フィルター仮説(The Affective Filter hypothesis)とは?

というものです。

英語でコミュニケーションをとるためには、とにかく楽しくたくさんのインプットを行い、学習した内容をアウトプットする時にそれが可能な学習環境が確保されていることが重要になりますが、ここで言うところの「情意フィルター仮説」とはまさしくそれが出来ない、難しいと判断されるような学習者の心情の在り方を指します。

年齢的に言えば、思春期に差し掛かる頃やそれ以降に顕著だと言えるかもしれません。「失敗してしまったらどうしよう」とか「間違った言い方をしていたら恥ずかしい」などというような感情が簡単に生まれてしまうと、学習者は自ら(間違いも含めて)発話することを躊躇ってしまいます。

例えば、日本の小学校で日本語を使いこなせる児童たちに「今日の天気は何ですか?」と日本語で聞いた時、児童生徒は「曇りです」と答えられることに対して、その回答の内容や仕方が正しいかということにまで考えが及びません。それは日本語という言語が教室の中で「当たり前」の存在であり、極端な話、「曇りです」という問いの回答で間違いが起きる訳がないという前提があるからかもしれません。

一方で、英語で"How is the weather today?"と聞かれると状況は一変します。「え?今何て言った?」とか「"weather"って何だったっけ…」とか、日本語で「今日の天気は何ですか?」と聞かれた時には考えもしなかった憂いや不安がたくさん出てきます。さらにそこで回答を求められた場合、「えーっと、曇りっていう単語がわからない!」とか、「最初に言うのは"it"か?いや"is"って言うのか?」、「わからないって言いたいけど、それさえどう言って良いのかわからない!」など、様々なことが頭を巡ってしまうこともあります。

まさにこの時に学習者が、「間違っても良いから飛び込んでやれ!」と思えたら、オランダの英語学習の中にある1つの要素、"大胆に"話すこと (daring to speak)が可能になっていると言えるかもしれません。

一方で、それは英語教員側の受け止める姿勢と、その姿勢から醸成された教室の雰囲気が大きな一因を占めていると言えます。さらに言えば、そういった教室が醸成されているかどうかは、ひょっとするとたった1人の英語教員によるものではないかもしれません。様々な教科教員が一貫して"大胆に"話すこと (daring to speak)を日々の教育活動で実践しているからかもしれません。

つまり、何が言いたいかというと、コミュニケーションがとれてなんぼの英語学習において、第二言語習得理論における情意フィルター仮説がより強く意識されるとしたら、担当教員のスタンスはとても重要であるということであるということです。また、さらに言えば、情意フィルター仮説は第二言語習得だけに当てはまることではなく、どの教科においても言えることなのではないか…ということです。

英語という言語を習得する難しさは「自分たちが普段使っている言語だったら躓かないこと」なのに、「英語になった途端躓いてしまう」と感じるところにあるとしたら、まずは「躓きなど大したことではない」という感覚を身につけること、「学習者に躓きはつきもの」だと教室全体が理解していることが重要かもしれません。

そういった意味で、オランダにおける英語教育が導入された背景とそこにある目的、そして

・聞くこと (listening)
・"大胆に"話すこと (daring to speak)
・読むこと (reading)
・"そこまで大事ではないが"書くこと (lesser extent writing)

と明確に書かれていることは、第二言語習得者は何に躓きやすいかという点がよく理解されているからなのかもしれません。

ということで、今回はオランダの英語教育の始まりと英語教育(第二言語習得)における目的やゴールについて書いてみました。英語教育を考える方々にとって何か参考になれば嬉しいです。

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