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いちごみるく(23)

 クラブへ行くようになったのは東京に来てからのことだ。クラブで遊ぶのは必然のことのように思う。そうしないと間がもたない。東京でも大阪でもどこでもいいけど、色んなものがありすぎるところで一人で住むと、人が多すぎて感じることが多すぎる。だから自分が何もしないで一人で楽しめる時間が必要になってくる。誰も傷つけず、自分も傷つかない場所を求めるのが普通の人間なんじゃないのかと切に思う。
 

 男の子と話をした。わたしが一人で座っていたら、いつのまにか隣りにいて静かに話しかけてきた。彼は男友達と三人で来たけど自分だけ今休んでる、と言った。ほんとは別のクラブへ行こうとしたんだけど満員で入れなかったからここにきた、とも言った。彼はわたしより三歳年下で、自転車宅配便のメッセンジャーをしているという。どうりで、腿のあたりがぱつんぱつんに皮パンを圧迫していた。彼は妙な習性を持っていた。癖、というべきか、彼には些細なことかもしれないけれど、わたしにはとても奇妙に感じるものだった。それを彼は少しはにかみながら、でも誰かに聞いてもらいたいような、そんな口調でわたしに話した。いややっぱり人に言うということは聞いて欲しかったんだろう、とどうでもいいことを帰りの電車の中で確信したけど、その時、カシスオレンジのカクテルをすすりながら話す彼は、小動物のように小刻みに手を震わせてわたしの手を握ってきた。

 「僕さ、誰かと親しくなって、電話したいなと思ったり、また会いたいなと思ったり、つまりある意味いとおしくなると、まぁ女の子に限らず、男友達もだけどさ、嘘をつきたくなるんだ。言い換えれば、その人の大切な部分に触れたいと思うのかな。うん、君にはつかないけどね」
自分に興味を持ってほしいのかな、この子は。
 「たとえばどんな嘘をつくの?」
 「うん、たとえばね、そんな大したことじゃないんだよ、電話して間違い電話のふりしたり、プレゼント、とかいって友達の持ち物あげちゃったり。こっそりと、ね。僕、アレ?と言わせたいんだ、好きな子に。アレ?とね」
ふぅーん・・・とかへぇー・・・とか言いながら相手をしていると彼は私に飲み物を一杯おごってくれた。
 「結構のめるね、君・・・それでさ、君もそう思うときない?つい、嘘をつくことに病みつきになるときない?」
 彼の話は聞くぶんには楽しい。変なイントネーションをつけて薄く笑いながら話し、手を握ったままなのが気になるが、気持ち悪くはなかった。さっ、と握った手を持ち上げると唇を押しつけてフロアへ去って行った。また変な奴に会った。手の甲が彼の唾液でひんやり湿っているのを感じると、うちに帰ろう、と思った。

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