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短い小説「蔓の先に」投稿と、「ザリガニの鳴くところ」についてのひとこと

人は死んだ後に自然に還る、って言葉好きなんです。なんていうのかな、私たちは決して「切り離された」「孤独」な存在ではない。大いなるものの一部なのだと思えて、ね。でもある小説を読んで、「確かに自然に還る」けど、すごく寂しい気持ちになったことがありました。

ディーリア・オーエンズの「ザリガニの鳴くところ」という小説があります。帯に「2019年アメリカで一番売れた本」とすごい宣伝文句が書いてあり、アメリカでいちばん!?すごいね!で、買いました。(私はそんな人間です)

ある女性の一生のお話。

カイアは湿地に住む少女。貧しい家。ひどい父親から母親が逃げ、きょうだいたちも逃げ、彼女がひとり置いていかれる。ひとりぼっちになる。彼女に寄り添ってくれるのは湿地の自然だけ…。だがテイトという少年に出会い、まあ、色々あって(凄まじい省略)彼女は一歩一歩人生を歩んでゆく。彼女の積み重ねてきたことが実を結び、大きな収入を得ることができるようにもなるんだよね。だがカイアは、不審死事件の容疑者になってしまう。そして。

こう書くと、うわ、これは内容暗いから読めない…と思ってしまう人も多いかもしれませんが、文章とても読みやすいです。訳がとても良いこともあると思います。でも私の場合「カイアの生活は後半良くなって行くんだよ」ということをある程度知ってから読んだので、これを知らずに読み始めたらキツかったのかなあ。テイトに去られた後なんて、本当にチェイスの存在がわたしの救いになっていた。彼とカイアを繋げる互いの気持ちが、決して希望的な意味合いの単語で言い表せなくてもね。美しい言葉で言い表せたテイトも、要するに自分のために一度カイアを置いていったしね。

しかし、置いていった方も、ちゃんと「どうしようもできない理由があって」というのも書かれていて(それはカイアの家族についても)、ほんとこれどうしようもできないんだよね。

「だが、寂しさはそれ自体が意思をもっている」

これは210ページに出てくる文章なんですけど、良いですよね。ああ、そうだよね…って思う…。

そんな寂しさの中、自然だけが彼女に寄り添い、包んでくれていた。「自然が助けてくれた」とか、そういう言葉じゃないな、「包んでくれていた」のほうが良いかなあ。

だから、カイアが一生、自分の魂を捧げることができたのはテイトではなく「自然」だったのではないかと思います。だから彼女は死後、自然の中に帰っていった。たぶん、テイトのことを愛していても帰る場所ではなかったんだろな。そして例えば生まれ変わりというものがあったとしても、カイアは、もう「テイトとふたり」で人生を歩むことはないんじゃないかなあ。

そんなふうにね、寂しさが残る小説だったのです。ひとり残される。

というわけで、私もひとり残される話を書きました。

今web小説で流行りの「異世界婚約破棄」というワードを使ってみましたが。

今回3000字もなく短いので、noteに書きます。

「蔓の先に」

わたしはとある貴族の長女であり、この国のジュアリアベルシュ第四王子様と婚約をしていたはずだった。ところがある日向こうから「婚約破棄」されてしまった。と、いうのはわたしが王家の作成した抜き打ちの学力試験で不合格の点数をとってしまったからだ。
ジュリアベルシュ様は頭脳明晰と言われている。そして彼は自分の伴侶にもそれなりの頭脳を求めていたということだ。
まあ確かに、試験は難しかった。わけが分からなかったんだよね。
わたしは「世のためになる」知識を学舎の教師からも家庭教師からの教えられたはずだ。だが、あまりよく覚えてない。
世のためになることを学ぶより、部屋でさまざまなドレスを着てさまざまな宝石を身につけて鏡を見たり、庭を散歩することの方が好きだった。

最初から第四王子の婚約者にわたしなんて選ばないでよって思うのだが、そこらへんは王家と我が一族の力関係の話らしい。ジュリアベルシュ様がわたしをどうしてもと熱望したわけじゃない。
たぶん、わたしの父が持ちかけた話なのだろう。いろいろなお金やら政治やらの力を使って。

しかしわたしだってジュリアベルシュ様と結婚したかったわけじゃない。だって王家だよ王家。第四王子だからまさか次期国王とか、そんなのあるわけないけど、それでも王家だよね。
婚約前には、言葉をみっつ以上かわしたこともなかったと思う。

そして陰謀うずまく世界、奥方様よりも侍女頭が権力あったり、第二王子に暗殺されかけたり、ハラハラするような人生楽しみたい方々には向いてるところだったりするよね。でもたぶん、わたしそんなこと望んでないし。
じゃあ何を望んでいるかって?
大きな庭の中の小さなあずま屋で、午後の気だるい時間にお茶とお菓子をゆっくりと時間をかけて食べる。そして「ああ、なんて気だるい時間なのでしょう」と目の前の大事な人に言って笑う。目の前の大事な人も微笑む。
たぶん、そんなことかなあ。

もちろん、そのようなゆったりとした世界があるわけないということもわかってきている。ただ、現実とやらを真正面から見つめるのって結構しんどいというか、冷たい水より、温かいお湯のほうが、心地よいでしょう、普通。

わたしは今、自分の屋敷の庭の小さなあずま屋にいる。
木でできた古いあずま屋で、窓も扉もなく、屋根と柱4本で支えられている。中には木の大きなテーブルと、椅子がふたつ向かい合わせに置いてある。
わたしはひとり、その椅子に座り、侍女の入れてくれたお茶を飲んでいる。

すると、静けさをバリバリと破りながらバタバタと侍女が急ぎ足でやってきた。
「どうしたっていうの?」
とわたしは彼女に聞いた。
「ジュリアベルシュ様が…お一人で」

そんなことってあるの、とわたしはひどく驚いたが、遠目で金の髪の王子の姿が見えて、そんなことってあるのねと口の中が乾くのがわかった。

「どうぞ、お座りください」
とわたしは言った。これから何が起こるのだろうというわくわくした気持ちもあった。
ジュリアベルシュ様は木のテーブルを挟んでわたしと向かい合わせに座った。
彼は金の髪を短く切りまとめ、服にはほこりひとつついていなかった。切れ長の目は礼儀正しくわたしを見つめていた。自分の心の裡については、きちんと扉を閉めてわたしに対して失礼のないようにしていた。
侍女がお茶を入れたカップを置いて去る。
「そなたと話がしたかった。そなたは、試験用紙の欄外に絵を描いていたな」
そうか。
ジュリアベルシュ様は気づいてくれたのだ。問題がわからなかったので、欄外にこの庭に咲く花を描いてみたのだ。これをジュリアベルシュ様が気づいてわたしをわかってくれると良いなと思いながら。
「良い絵だった」
と、彼は微笑んだ。
でも、わたしはその笑みを見たときに、ああ、と思った。
その笑みは、人が人とぶつかってしまった時に相手に向ける謝罪の笑みと同じだった。
そうか。
そうか、わたしはそんなふうに見られているのだなあ。

「そなたには、きっと自由な魂があるのだろう。私はそなたの妹君と婚約することとなった。これで家の名誉も守られることだろう」
彼は笑みを浮かべたまま言った。
わたしはいま初めて知った彼の新しい婚約のことで、喉元が蹴り上げられた気持ちになった。

世の中、ふしあわせなことは何度も何度も繰り返し起こるものだ。
わたしはただ、のんびり生きたいだけ、それだけなの、それだけ。

いつの間にかカップを空っぽにすると、ジュリアベルシュ様は立ち上がってゆっくりと庭を見上げた。
彼は、木を複数組み合わせて作った大きな支柱に絡まった蔓の、美しい赤と黄色と白の花を見ている様子だった。
その蔓たちは支柱をぐるぐると巻いて前進し、たくさんの蔓がどこの終わりへ向かっているかも分からなかった。
きっと、わたしの知らない庭の出口がたくさんあって、蔓にはその出口から新しい世界が見えているのだ。
彼らの大事な花は、いくつかは新しい世界まで届いて咲いているのだ。

「美しい花だ。庭師はとても良い仕事をしている」
と、ジュリアベルシュ様は言った。
「ありがとうございます」
わたしは迷った挙句、どこかに投げ捨ててあった言葉を一生懸命に探し出して言った。
ジュリアベルシュ様はうなずくと、わたしに背を向けて歩き始めた。速くもない、ゆっくりでもない速度で。

とても優しい方なのだなあ、とわたしは思う。
わたしは初めてそんな人を知ったのだ。その驚きと喜びは、蹴られた喉元の痛みをいくぶん和らげてくれた。

もしも、わたしの絵を見たことで、彼の中にここの花に興味を持つ気持ちが少しでも生まれたのなら、とても嬉しいのだけれど。どうなのかなあ。

わたしは蔓をじっと見た。
蔓よ、あなた方の新しい世界を教えて欲しい。あなた方は、庭の出口を知っている。その先までたどり着いている。そこであなたたちは生き生きと笑っている。
わたしがいまは入れない世界だ。

新しい世界ではなく、この庭の中で咲いている花たちは、これからどうなるのだろう。
この花たちは、新しい世界には行けずここに残された存在なの?

時は経ち、彼らは静かに花を散らせ、しぼみ、皺だらけになり、色を失い、石のような灰色となる。
このあずま屋の木も、時の向こうでは灰色となっている。
望もうが望まなかろうが、そうなるのだ。と、彼らは語っていた。
「我々は残された存在だし、残ることが運命だった存在なのだ」

わたしはどこかへ行くのかなあ。
行かざるを得なくなるのかなあ。
それとも、残らざるを得なくなるのかなあ。
さっぱりわからない。学力試験で不合格になるくらいだから。
勉強なんて、ずっとしてこなかったからね。

それでもわかることはある。
「庭師はとても良い仕事をしている」
わたしもそんなふうに、誰かのために言葉を発したい。

初めて思ったことだ。

******* 終わり *******

今回のnoteカバー絵はこんな感じ。

What is at the tip of the vine

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来週はハロウィンだし、ちょっと楽しいお話を書こうかな。

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