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生き上手

 以前から気になっていたカフェに行ってきた。ベーグルサンドが美味しくて、海が見渡せる場所にある。家から車で二十分かからない。しかし、私は運転をしないので、バスに揺られて四十分。ちなみにそこへ行くバスは一時間に一本しか出ていない。そこそこ田舎の小高い山のほとりにカフェはある。



 バス停から歩いて三分、白い平屋の建物が姿を現した。店に入ると、手作りのアクセサリーや絵葉書、色とりどりの麻で作られたエプロンなどお洒落な雑貨が並べられている。長い髪と前髪を後ろでまとめた三十代くらいの女性が笑顔を向ける。
「いらっしゃいませ。外にもテラス席があります。お好きな席へお掛けください」
 ベーグルが売り切れていたので、オレンジジュースとチーズケーキを注文して外へ出た。雲ひとつない陽射しは暑いくらいだが、首もとから入りこむ風は少し冷たい。





 バックから本を取出して開く。遠藤周作の「生き上手 死に上手」というエッセイ本だ。途中まで読んでいて、残り三十ページを読み終える頃には、四時を少し過ぎていた。さっきの女性の店員さんが、申し訳なさそうに声をかけてきた。店は四時までとのこと。店の中の片付けを始めるけど、バスがくる時間までゆっくりしていて下さい、そう優しく声をかけて下さった。


 そんな優しい言葉さえ、素直に受け取れない自分がいた。私は看護助手という患者さんのケアをする仕事をしている。コロナ禍もあって、病院のスタッフはどんどん退職し、少ない人数の中、蟻のようにいや、奴隷のように働いている。患者さんひとりひとりにゆっくり関わる時間もなくて、とにかく早く、早くと急かし、また、急かされる毎日。私はいたたまれず店を出た。

 場所が違えば、心持ちも違うのだろうか。病院で働き余裕がない私は、自ら奴隷に成り下がっているかもしれない。ならば、もっともっと自分を労わり、お金や時間をかけて、大切にケアしていこう。




 いつも後ろで結んでいる髪は結び目の痕がつき、やつれた印象を与える。今夜はゆっくり湯船に浸かって疲れをとろう。そして、ドライヤーで丁寧に髪を乾かそう。少し白髪が見えるけど、オイルを塗って内巻きに揃えたら、ほらいつもよりいい感じ。



 どうか自分を大切に。



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