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Flying Solo (六本木編)

3年ぶりの帰国。めずらしくひとり旅。会った人たち、目にしたもの、考えたことを徒然なるままに書き綴っております。最初から読んでやってもいいぞという方はこちらからどうぞ。

東京でもうひとりどうしても会いたい人がいた。

もっと早く、渋谷での集まりの時にでも会いたかったのだが、海外出張中で来られなかったので、彼女の職場がある六本木でランチの時間を取ってもらった。バンクーバーに戻る前日のことだ。

久しぶりの六本木。ガラスの十代の頃よく遊びに来た街。街の様子を見ながら行きたかったので、地下鉄ではなく、渋谷からバスで向かった。

何年ぶりだろう。父が広尾の病院に入院していた頃、西麻布はよくかすめたけど、六本木までは来なかったもんな。

え、アマンドがなんかちっこくなって少し移動した?あれ、ミッドタウンて結局どこだっけ?ああそうだ、防衛庁の跡だ。

六本木に関する記憶が昭和と平成のはざまで完全に止まっている。古すぎる。アップデートされてなさすぎる。

防衛庁跡とか言う人もういないんだろうなと思いながら、約束していたミッドタウン内のレストランに向かう。

混むからと早めの11時に待ち合わせ、その少し前に着いたらまだフロアが開いておらず、ロープで閉鎖されている所で、徒競走のスタートのように前のめりで待っていた。

相手はClubhouse界隈の姐さんでありバウンサーでありラスボスである。遅れてはまずい。

用意ドンでダッシュ。

よーしと席に着いたら、彼女がすぐ後ろにもう座っていた。え、もしかして瞬間移動とかできます?早くない?

私は長女だし、いとこの間でも一番年上だし、5月生まれだからたいていの同級生より何ヶ月か年上だし、Clubhouseでもあちこちで姉さんとか兄さんとか(!)呼ばれていて、根っからの長子気質なので、なかなか私が「姉さん視」する人が周りにいない。

そんな中、この人はClubhouse界隈の女性でほとんど唯一「パイセン」とか「姐さん」と私が密かに慕う人なのだ。彼女より年上の人もたくさんいるのに、どうしてそう思うのか、会って確かめたかった。

軽井沢が本店だというそのレストランは、信州の美味しいものを提供してくれる。メインの鮭と野菜の包み焼きはもちろんだけど、ふっくらと炊けたご飯と信州味噌のお味噌汁とお漬物だけでもうしみじみ美味しい。これですよ。最後の晩餐はこれにしたい。

食べながら仕事のことやら家庭のことやらあれこれ話をする。その合間に窓の下を通っていく幼稚園児たちを見て、かわいいねという彼女の目はとても優しい。ああそうだ、このひとは母親なんだ。ティーンエイジャーのお母さんなんだ。

時々てめえふざけんななどと荒々しい言葉を浴びせたりするし、怒らせたらおっかないんだけど、どこか果てしない包容力があると思っていた。それはもしかしたら母であるというところに根ざしているのかも知れないとぼんやり思った。

仕事で下の人間の教育をどうしたらいいのかを聞いてみた。私は火星人みたいな後輩たちを、どう扱っていいか時々考えあぐねるのだ。彼女ならどうするんだろう。

良いところを見つけて伸ばしてあげるんだよ

な、なんという懐の深さ。良いところを伸ばすには、信頼も忍耐も必要だ。私にできるだろうか。でもそうだよな、私だって諸先輩方にそうやって色々大目に見てもらってきたんだ。

懐の深さと気風の良さ、黙って見守り、最後は自分が責任を取るという気概。そうか、彼女は母性だけでなく父性も持ち合わせているのだ。

息子さんは両親の間を行ったり来たりしているのだろうが、実質彼女が育てているから、もしかしたら父親役もやらなくてはいけない場面があるのかも知れない。わたしの想像に過ぎないのだけど。

彼女はいつだったかClubhouseで、若い頃親御さんに褒められず、むしろひどい言葉をかけられて、自己肯定感がなく育ったと言っていた。だから、そういう人がいたら手を貸したいと。

人は深く傷ついたとき、選択肢が二つある。

ひとつはその傷にずっと触れ続け、癒えるチャンスを与えず、ずっと痛みを抱え苦しむ。あまりに痛みが酷いと、他の誰かにも同じ痛みを与えようとすることもある。

もうひとつは、その痛みを力に変える。そして誰かのためにその力を使う。

彼女は間違いなく後者だ。なんて情が深く強いひとなんだろう。

かっこいい。こんな風にありたい。そう思うから、わたしはきっと彼女を先輩のように慕っているんだろう。


ふと、彼女がオーバーオールのポケットに手を突っ込んでマウスを取り出し、

あ!持ってきちゃった

と笑った。

何それ、そんなとこにマウス入れてるひと初めて見たんですけど!

私も一緒に笑った。こういうとこなんすよ、しびれるの。

会えてよかった。他の話ばかりして、せっかく彼女が教えてくれたモリコーネの映画を観たのに、その話をするのをすっかり忘れたけれど。

それはまたの機会にしましょう。まだまだ話したいし。今度は姐さん、わたしが奢りますね。

続く


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