見出し画像

浦島語り#02 別離なき浦島伝説の盛衰①


はじめに

6月13日、木曜日。私ごとですが、本日うちの子が2歳になりました。私もまだまだ未熟ながら、親2年生になりました。少しずつ一緒に楽しめる絵本も増えてきたので、これからもいろいろな「ものがたり」に、わが子と一緒に手を伸ばしていけたら、と思っています。

さて、毎週木曜日はエッセイや小説など、自由に更新している私のnoteですが、今週からは数回にわたって、「浦島語り」を綴ってみようと思います。

noteと連動して更新している朗読YouTube、どうしようか悩んでいたのですが、青空文庫に楠山正雄氏の「浦島太郎」が掲載されているではありませんか!もはや説明は不要かもしれませんが、青空文庫とは著作権が消失した作品と、「自由に読んでもらってかまわない」とされた作品を、ウェブ公開している図書館のようなサイトです。青空朗読という派生的な取り組みもあるのですが、なんと、件の「浦島太郎」の音声化はまだの模様……。不肖私が読むしかない!もしかして待っててくれたの⁉と1人で妙な盛り上がりを見せ、いそいそと朗読・録音しました(笑)

短い作品ではあるのですが、noteとの兼ね合いや、本作の章立てを考え、4回に分けて公開します。いずれはフルバージョンもアップできたら、と。その折には入眠用にでもお聞きいただけると嬉しいです。

禁忌の箱を開けた報いは……?

突然ですが、日本昔話の代表選手ともいえる「浦島太郎」、みなさんの知っている結末は、どのようなものだったでしょうか。その年度最初の、「はじめまして授業」のことを「授業開き」と表現することがありますが(業界用語?)私はだいたい、この問いから始めています。40人学級だと、だいたい、「あれ?お隣さんと私で、知っている話が違っているような……?」ということが起きるんですよね。多いのが次の3パターンです。

①玉手箱を開けた主人公が年老いてしまう
②玉手箱を開けた主人公が年老いたのちに息絶える
③玉手箱を開けた主人公が年老いたのちに鶴となる

私が浦島太郎と出会ったのは、手のひらサイズの小さな絵本。その結末は③のパターンでした。わが家には『妖怪伝説辞典』という、各地の伝説がまとめられている漫画中心の辞典があって、そこにも浦島とよく似た話が載っていたのですが、その結末は②。この二つの違いに幼心ながら関心を持っていた私だったのですが、高校に入って友達と話す中で、世に知られている浦島太郎の結末は圧倒的に①が多いのではないかと気づきます。なんでこんなことが起こるんだろう?そう思った私は、文学部を志し、浦島伝承を研究テーマにするに至ったのでした。ちなみに、今回からタイトルにしている「別離なき浦島伝説の盛衰」は、卒業研究のテーマでした。

さて、ひとくちに「昔話」とは言うものの、「むかしむかし」って、どのくらい昔なんでしょう。高校時代、古典で「竹取物語」を学んだ人の中には、「物語の祖(おや)」という言葉に触れた方もいらっしゃるかもしれません。現在の日本昔話「かぐや姫」に連なる「竹取物語」は、平安前期に成立し、『源氏物語』のなかで「物語の祖(おや)」として語られます。大河ドラマ「光る君へ」が好調ですが、あの舞台となった時代にあって、今もなお私たちが昔話として知っている話がすでに語られていたなんて、なんだか不思議で、わくわくもします。

実は、浦島伝承の歴史はさらに古く、現在「浦島太郎」として語られている話の原話とも言える伝説は、上代には芽生えていた模様。現在確認のできる古代の浦島伝説には、『丹後国風土記』に記されていたと考えられる「浦嶋子」(逸文『釈日本紀』)、『万葉集』巻九所収の「詠水江浦嶋一首併短歌」、そして『日本書紀』の雄略紀二十二年七月条があるといわれます。

一三〇〇年くらい前、すでに人は海向こうを眺め、異境を思い描いては、温かく、切なく、恐ろしくもある、そんな不思議な物語を紡いでいたんですよね。

長い歴史の中、この浦島にまつわる伝承は様々に形を変えて語り継がれました。ここで冒頭の話に戻るのですが、浦島の結末ってどうだったのでしょうか?

現在伝わる最もオーソドックスな形として、稲田浩二氏・小沢俊夫氏責任編集『日本昔話通観』第十八巻・島根編より引いた「浦島太郎」(梗概)を紹介します。

浦島太郎という漁師が、子供にいじめられている亀を買い取って助ける。ある日釣りに出かけると、助けた亀が現れてお礼に竜宮へ案内すると言う。浦島太郎を背に乗せ、竜宮におもむく。竜宮で乙姫が礼を述べ、ごちそうになって月日の経つのも忘れて楽しく暮らす。家が恋しくなった浦島太郎は、蓋を取ってはいけないと言われた玉手箱をみやげにもらって帰る。亀の背に乗って浜辺へ帰り着くとむらの様子はすっかり変わっていた。あけるなと言われた玉手箱をあけると、白い煙がたちこめて顔も髪もまっ白な爺になる。

稲田浩二氏・小沢俊夫氏責任編集
『日本昔話通観』第十八巻・島根編

冒頭で紹介した浦島の3パターンでいうと、「①玉手箱を開けた主人公が年老いてしまう」の結末ですね。

では、古代の浦島伝承がどうだったのかというと……

詠永江浦嶋子一首并短歌

春の日の 霞める時に 墨吉の 岸に出てゐて 釣船の とをらふ見れば 古の 事そ思ほゆる 水の江の 浦島の子が 堅魚釣り 鯛釣り矜り 七日まで 家にも來ずて 海界を 過ぎて漕ぎ行くに 海若の 神の女に たまさかに い漕ぎ向ひ 相誂ひ こと成りしかば かき結び 常世に至り 海若の 神の宮の 内の重の 妙なる殿に 携はり 二人入り居て 老いもせず 死にもせずして 永き世に ありけるものを 世の間の 愚人の 吾妹子に 告げて語らく 須臾は 家に歸りて 父母に 事も告らひ 明日のごと われは來なむと 言ひければ 妹がいへらく 常世邊に また歸り來て 今のごと 逢はむとならば この篋 開くな勤と そこらくに 堅めし言を 墨吉に 還り來りて 家見れど 家も見かねて 里見れど 里も見かねて 恠しと そこに思はく 家ゆ出でて 三歳の間に 垣も無く 家滅せめやと この箱を 開きて見てば もとの如 家はあらむと 玉篋 少し開くに 白雲の 箱より出でて 常世邊に 棚引きぬれば 立ち走り 叫び袖振り 反側び 足ずりしつつ たちまちに 情消失せぬ 若かりし 膚も皺みぬ 黒かりし 髪も白けぬ ゆなゆなは 氣さへ絶へて 後遂に 命死にける 水江の 浦島の子が  家路見ゆ

反歌常世邊に住むべきものを劔刀己が心から鈍やこの君

『万葉集』「詠水江浦嶋一首併短歌」
(岩波日本古典文学大系『万葉集 二』)

「若かりし 膚も皺みぬ 黒かりし 髪も白けぬ ゆなゆなは 氣さへ絶へて 後遂に 命死にける」……実は、はっきりと息絶えたことが記されているんです。肌が皺み、髪が白けて……とあるので、年老いた末の死「②玉手箱を開けた主人公が年老いたのちに息絶える」ですね。(ただし、『丹後国風土記』「浦嶋子」(岩波日本古典文学大系『風土記』)を引くと、玉手箱を開封したのちの描写は「忽に玉匣を開きければ、即ち瞻ざる間に、芳蘭しき體、風雲に率ひて蒼天に翻飛けりき。」とあるのみ。別の機会に触れようと思うのですが、この解釈は諸説あります。)

別離なき浦島伝説の盛衰

では、「③玉手箱を開けた主人公が年老いたのちに鶴となる」という結末はどこからやってきたのでしょうか。

古代の浦島伝説は、異境訪問譚であり、異類婚譚でもありました。海向こうに行った人間の男と、水底で悠久の時を生きていた異類の女の恋物語。ひとたびは結ばれた二人でしたが、玉手箱(玉匳)の開封が、別離をもたらす……、そういった物語が語られていたのです。

これが「祝言」つまりめでたい話に変わったのが室町時代。浦島伝説は「浦島太郎」として版本の『御伽草子』に収められたのですが、なんとこちらでは浦島太郎、玉手箱を開けたのち年老いて鶴となり、そして助けた亀(竜宮の女房)と夫婦の明神となってしまいます。鶴は千年、亀は万年と言いますが、もしも玉手箱の中に、竜宮城で過ごした間に人間界で流れてしまった時が閉じ込められていたとしても、千年の齢があるならば、数百年であれ、彼らはこれからも添い遂げることができるのです。別離なき浦島伝説という浪漫……。

さて、次に彼らが引き離されるのはいつであったのか。明治期になって新たな浦島伝説が生まれます。それは明治期の国定教科書でした。三浦佑之氏は、『浦島太郎の文学史 恋愛小説の発生』のなかで、現在我々が昔話「浦島太郎」として知っているストーリーは、文字によって固着してしまったものであり、それは国定教科書によるものだとされています。文部省が教科ごとに一種類の教科書を作り、それを全国の小学生たちに使わせる国定教科書制度が出来たのは、明治三十六年のことですが、明治三十七年に第一期の国定教科書が使用されはじめてから、昭和二十四年に検定制度へと教科書制度が変わるまでの四十五年間に、国語教科書は六回編纂されています。明治四十三年に編纂された第二期国定教科書から第六期まで「浦島太郎」は国語教科書の題材として小学二年生に使用され続けました。この「浦島太郎」の結末が、「①玉手箱を開けた主人公が年老いてしまう」パターン。三浦氏は、この国定国語教科書編纂に関与した人物、ひいてはこの新たな浦島伝説を生み出した人物として、巌谷小波の名を挙げています。第二期国語教科書の改定に関わっていたと考えられる巌谷ですが、彼はおそらく数種の書物から、明確な教育的意図をもってこの話を近世に語られていた形から「改変」したようなのです。どのような思いがあったのかというお話は、また別の機会に。

おわりに

ずいぶん長くなってしまいましたが、ざっと浦島伝承の変容をたどってみました。ここまでお付き合いくださった皆様、ありがとうございます。

自己紹介にも書いたのですが、私は「人はどうして物語るのか」に強く惹かれます。なぜその話を語ったのか、なぜその結末が求められたのか。長い歴史の中で、ひとたび結ばれ、そしてまた別離の結末を受けるに至った浦島と竜宮の姫。古代から今に至るまで、人は海を見ながら何を思い、どのような願いを投影して、その恋物語を語ったのでしょうか。次回からは、各時代に語られた浦島の特徴や、そこから感じ取ることのできるものについて、少しご紹介できればと思っています。それでは、また来週お目にかかりましょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?