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【書評】バーナード・リーチ 著『陶工の本』

不完全な技術を肯定すること

評者 | 中尾直暉 (@_nko_nok)

 現代の私たちが食器棚にしまっている器のほとんどは、歪みがない合理的な形をしている。素地の形は正確な左右対称か回転体で、顔料はきれいにプリントされ、均等に塗られた釉薬が表面をコーティングする。このような機械で生産された大量生産品の表現に私たちは慣れ親しんでいるため、形が歪んでいたり、模様がかすれていたり、傷がついているものは不良品として認識してしまう。時に田舎の小さな窯元に足を運んで陶磁器の製作を体験しようとするのは、大量生産品に囲まれた現状に対するささやかな反抗である。

 19世紀イギリスの産業革命以降、大量生産品による市場の支配に反抗して世界各地で美術運動がおこった。イギリスではウィリアム・モリスを中心にアーツアンドクラフツ運動がおこり、それに続いて20世紀前半の日本では柳宗悦を中心に民藝運動がおこった。モリスは計画された華美な装飾を普及していたのに対して、柳宗悦は名もなき職人が無意識に作った日用品の価値を評価し、民藝(民衆の工芸)と名付けた。バーナード・リーチは柳宗悦と共に民藝運動を展開したイギリス人の陶芸家である。日本の窯元で修行したのちに故郷であるイギリスで窯を開いた。彼は東洋と西洋の陶芸技術の統合を実践して多くの弟子を輩出し、世界中の陶工に影響を与えた。1940年に出版した『A Potter's Book』(陶工の本)はリーチの陶工としての哲学や技術、思想を明らかにしたもので、"陶工の聖書"と呼ばれている。

機械生産と手仕事の二項対立を俯瞰する視点

 当著書は陶芸の美学書であり、また技術書でもある。第一章は「一つの水準に向かって」と題し、陶工が目指すべき美と技術の水準は唐・宋の陶工の作品であると説明している。第二章では、日本の樂(らく)、イギリスのスリップウェア、ストーンウェア、磁器という4種類の陶磁器についてそれぞれの歴史や特徴を説明している。第三章から第八章までは、「土」、「陶土の形を作ること」、「装飾」、「顔料と釉薬」、「窯」、「仕事場」というように、陶工の技術が詳細に説明されている。

 リーチは当著書全体において、一つの主張を一貫させている。それは、「各々の技術がもつ長所を正直に活かした美を表現すべきであり、他の技術による表現を真似するべきではない」という主張である。手仕事と機械生産のどちらが優れているかというような安易な二項対立論ではなく、それぞれの技術がもつ可能性を活かした表現を探求することが美につながると主張しているのである。例えば、大量生産される陶磁器は合理的で抽象的で構成的な表現を得意とするが、手仕事で作られた陶磁器はそのような表現を真似るべきではないということである。

轆轤(ろくろ)と身体の呼応

 では、手仕事でつくる陶磁器はどのような表現の可能性を持っているのだろうか。それを考えるうえで最も示唆的なのは、陶工が扱う轆轤と粘土について説明している以下の文章である。

「(轆轤は)人間が発明した道具の中で、最も奇妙で、人間と親しい間柄にあるものの一つである。他の技術のどれにも、轆轤ひきみたいなものはいない。木、金属、繊維、ガラスのどれも、粘土ほど人間の接触に呼応しはしない。」(p135)

ここにある通り、轆轤は陶工が粘土の全体に効率的に触れるための道具である。そして、粘土は陶工の手先の微妙な動きに呼応して形を作る。人間の手の動きという不確定な要素の影響を最大化する道具と材料によって、職人による微妙な造形の差異が生まれ、美しさが宿るのである。このような不確定要素を許容するような技術は、"不完全な技術"と呼べるだろう。唐・宋の陶工は不完全な技術を肯定することで、創造性を発揮したのではないだろうか。

現代における陶芸の技術と表現

 技術の不完全性を肯定し、技術と表現を正直に一致させることを現代の状況で実践したとき、どのような表現が可能だろうか。ここで、昨今の工芸で活用されている3Dプリンターの技術を表現に結びつけている例を挙げる。
 2014に設立されたデザインスタジオ ALTERFACTの「One of a Kind」というプロジェクトでは、3Dデータに意図的にバグを含ませることで、花瓶のふちの形状を乱れさせている。大量生産でありながら、一つ一つ異なる形状を生産することができる。

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参照:https://www.alterfact.net/one-of-a-kind

 また、2008年に設立されたデザインスタジオboldの「POILU」では、3Dプリンタのノズルの動きを緻密に計算して、髪の毛のようにふわふわした側壁を生成している。機械によって制御された正確な形状と、自然物のような有機的な形状が組み合わさっており、見るものに本能的な違和感を感じさせる作品である。

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参照:http://bold-design.fr/lab/poilu/

 以上のような作品以外にも、3Dプリンタを用いた陶磁器は数多く存在する。しかし、3Dプリンタを複雑な形状を効率的に生産するために用いているものや、既存のオブジェクトをスキャンして精巧に再現するために用いているものが多く見受けられた。そのような表現も、3Dプリンタが持つ可能性の一部ではあるが、3Dプリント技術の完全な側面にだけ頼っているため、技術に対して正面から向き合っているとは言えない。一方で、「One of a Kind」や「POILU」のようなプロジェクトは、3Dプリント技術の不完全性に正直に向き合った結果導き出された表現である。

 リーチが陶磁器を通して考えた、不完全な技術との向き合い方は、民藝運動が終わろうとも効力を失わない。唐・宋の陶工に倣い、私たちが扱う技術が持つ不完全性とは何かを考えつづけることで、不完全性のなかに創造性を見出すことができるのではないだろうか。

書誌

著者:地井昭夫
書名:漁師はなぜ、海を向いて住むのか?ー漁村・集住・海廊
出版社:工作舎
出版年月:2012年6月

評者

中尾直暉 (@_nko_nok)
1997年 広島県広島市生まれ
1999年 長崎県佐世保市で育つ
2016年 早稲田大学創造理工学部建築学科 入学
2020年 早稲田大学創造理工学部・研究科 吉村靖孝研究室所属

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