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連載小説「憂鬱」-18 専業主婦である母を受け入れられなかった?

吉永美里は、生まれつきの優等生だった。小学校から中学校まで、成績は常にトップクラス。高校に進学してからもその勢いは止まらず、さらには生徒会長まで務めることになった。彼女の将来は輝かしいものに違いないと、誰もが思っていた。

美里の学校生活は、誰もが羨むものであった。彼女はクラスの中心的存在で、教師たちからも信頼されるリーダーだった。友達も多く、その笑顔はみんなを元気にさせた。彼女の勉強の成績は言うまでもなく、運動神経も抜群で、部活動でも活躍していた。

生徒会長としての役割は、彼女にとって挑戦であり、やりがいのあるものだった。毎日のように会議やイベントの準備で忙しかったが、それでも勉強をおろそかにすることはなかった。

「美里ちゃん、今日の会議の資料、もう一度確認してもらえる?」生徒会副会長の田中は、彼女に尋ねた。

「もちろん、すぐに確認するわ。ありがとう、田中さん。」美里はにっこりと笑って答えた。

生徒会のメンバーたちは、美里のリーダーシップに感謝していた。彼女の指導のもと、学校のイベントは常に成功し、生徒たちの士気も高まっていた。

しかし、家に帰ると美里の表情は一変する。母親との関係がうまくいっていないからだ。美里の母親、恵子は専業主婦であり、家事に専念することを選んだ女性だった。美里は幼い頃から母親の姿を見て育ち、その生活に対して反発心を抱いていた。

「おかえり、美里。今日は学校で何があったの?」恵子が微笑みかけるが、美里は冷たく答えた。

「別に、普通の日だったわ。」美里は靴を脱ぎながら言い、リビングに入った。

恵子は、家族のために一生懸命尽くしているが、それが美里には理解されていないと感じていた。美里は、専業主婦という役割が女性の可能性を閉ざすものだと考えていたのだ。

「どうしてあなたは、もっと自分の人生を生きようとしないの?家のことばかりして、自分の夢はないの?」美里はある日、母親に問い詰めた。

「美里、私はこの家族が大切なの。あなたたちのためにできることをするのが、私の幸せなのよ。」恵子は優しく答えたが、美里にはそれが納得できなかった。

美里は、母親の生き方に反発しつつも、自分の将来について考え始めていた。彼女はいつか大きな企業を立ち上げ、自分の力で成功をつかみたいと思っていた。そのために、今は全力で勉強し、リーダーシップを磨くことに集中していた。

しかし、母親との関係がうまくいかないことで、美里の心には常に葛藤があった。家族のために尽くす母親の姿勢を理解しようとする一方で、自分の夢を追い求める気持ちが強く、二つの思いがぶつかり合っていた。

ある日、美里は生徒会の会議で新しいプロジェクトを提案した。それは、地域の子供たちと交流するイベントを開催するというものだった。彼女の提案は、生徒たちから大きな支持を得て、すぐに実行に移されることになった。

「美里、素晴らしいアイデアだね。このイベントで、もっと多くの人たちと繋がることができるよ。」田中は感激して言った。

「ありがとう。でも、これはみんなの協力があってこそのプロジェクトだから、一緒に頑張りましょう。」美里はチーム全員に感謝の意を示し、皆で力を合わせてイベントの準備に取り組んだ。

イベントは、公園に花を植えるというプロジェクトだった。市の公園課に依頼して、市民が植えてもよい場所を特定してもらったり、植えて良い花を選んだりという準備も美里たちのチームが整えた。

イベントは大成功で、地域の子供たちと家族や生徒たちとの交流が行われた。

そんな中、美里は小さな子を育てながら働いてる母たちの姿をみて少しだけ疑問に思った。働いているとはいえ、ほとんどが派遣社員であり、給料もそこそこなのだと母親同士が会話しているのを耳にしたからだった。

働いているわりに着ている服は粗末だった。擦れきっている靴下をはいてスニーカーならまだしも、靴下の上に下品な柄のついたサンダルをはいてる母親もいた。

幼い子を育ててると自分に構う時間がないのだろう、化粧はソコソコ、ほぼスッピンで髪は白髪がちらほら目立っていても、染めている金銭的、時間的、余裕どちらもなさそうだった。

その上、子供たちの行動に注意をむける余裕がないのだろう、子供同士で遊んでいるのをよいことに放置したまま、母親同士はひさびさのママ友会話に花を咲かせていた。花壇のすみで、時折タバコを吸っている母親もいた。

父親の参加も数名あったが、ほとんどがゴルフに行っているとか、休日出勤なのだとこぼしていた。

美里は自分が、どれほどステレオタイプの家庭でぬくぬくと育ってきたのかを思い知ったのだった。

母は、酒タバコなどはもちろんやらないし、いつもきれいにメイクしていて、指先は透明に近いピンク色のネイルだった。ピンクのフリフリのエプロンをつけていて、ファッションは年齢にそぐわぬカワイイ系だったが、それなりに着こなしていた。

ケーキを焼いてくれたり、美里のためにいつもカワイイぬいぐるみを作ってくれたり、ハンカチには美里がお気に入りのアニメのキャラクターの刺繍を施してくれたりした。

美里が声をかければ、キッチンに立っていても、自分が見ているテレビがあっても中断し、必ず美里の声に耳を傾けてくれた。

それは恵子が専業主婦だったから、その余裕があったのだろうか?

美里のリーダーシップで、イベントは成功した。そして、彼女自身も自分の母親との関係に、新たな側面を発見することができたのだった。

これまで冷え切っていた母親との関係を修復しようと試みるのだった。ある夜、美里は母親と話し合うことを決意した。

「ママ、私たち、ちゃんと話し合わなきゃいけないと思うの。私は、ママの生き方を理解しようとしていなかったかもしれない。でも、ママの生き方ってそれはそれでいいって今回のイベントで気付かされたの。

ママはこれまで私にとって良いママで、本当に感謝しているわ。ママが進んできた道とは違うかもしれないけど、私の夢を理解してほしいの。」美里は真剣な表情で母親に言った。

「美里、これまでもあなたの気持ちはわかっていたつもりよ。でも、これからも変わらず、私はこの私の生き方を通すつもりよ。あなたに夢があるのなら、ママはもちろん応援するよ。

ママのように生きなさいなんて言うつもりはないわ。美里の人生は美里のものなのだから。お互いに尊重し合うことが大切だと思うの。」恵子は静かに答えた。

「ママ、ありがとう。ただ一つだけ言わせて。私が夢をかなえるためにこの家を出ていくことになる場合、気になるのはパパとの関係なの。」

専業主婦であるがゆえか、父である智也がどれだけわがままを言っても、恵子は静かに従った。智也は家事を一切やらず、まるで昭和初期にいたちゃぶ台をひっくり返すタイプの主として君臨したのだった。

「専業主婦として私をここまで育ててくれたことには感謝します。だけど、パパがこうなってしまっているのは、ママにも原因があるって思うの。

娘である私のことを面倒を見てきたのは、ほとんどママだけでしょ。パパは仕事が忙しいという理由で、ほとんど子育てを手伝うことがなかったって私は知ってるわ。

もちろんたまに飲み会の後にお土産の焼き鳥とか、ケーキを持って帰ってきたこともあったけど。そんなことで私は誤魔化されない。

これまで家族のことは仕事にかこつけてスルーだったし、ママのことも家政婦くらいにしか扱ってないって思う。パパだってこの家に住んでいるのだから、もっと家事を手伝うべきだわ。

私もできる限りで家事を、これからももっと手伝います。これまでママは一切の家事をとりしきってきたのだから、少しくらい負担を軽減して、自分のやりたい趣味とかをはじめてみてはどう?」

「そうね趣味になるかどうかわからないけど、実は、私、英会話を学びたいの。」
「英会話、いいじゃない。スクールに通ってみるといいかもしれないよね。お友達もできるだろうから。」

美里は少しずつ母親の気持ちを理解し始めた。彼女は母親に対する反発心を抑え、家族としての絆を大切にしようと決意した。

「パパには、もっと家事をやるように美里が話をするわ。ママからだと言いにくいでしょ。」

高校生活も終盤に差し掛かり、美里は次のステップを考え始めた。彼女の目標は、ニューヨークの大学に進学し、経営学を学ぶことだった。そのために、毎日遅くまで勉強に励み、さらなる努力を続けた。

「美里ならきっと大丈夫。自分の夢を追い求めて頑張れよ。」父親の智也とも美里は話し合いの時間をもった。智也にも、美里がニューヨークの大学へ進学したいことを告げた。

娘がいよいよ自立して出ていくとなると、父として寂しく思ったのだろう。これまで仕事ばかりに理由をつけて目を向けなかった家族を少しずつ理解しようとつとめ、これまで疎かにしていた家族との時間を大切にしようとしていた。

智也の励ましの言葉が、美里の心に響いた。

「ありがとう、お父さん。私、絶対に成功してみせるから。」美里は力強く答えた。

そして、高校を卒業する日がやってきた。美里は、優秀な成績で卒業し、多くの仲間たちから祝福を受けた。彼女の未来には、無限の可能性が広がっていた。

「美里、おめでとう。あなたならきっと、どんな困難も乗り越えられるわ。」恵子は涙を浮かべながら娘を抱きしめた。

「ありがとう、ママ。私、今はママのことを誇りに思ってる。」美里は母親に対する感謝の気持ちを胸に抱きながら、未来への一歩を踏み出した。

数ヶ月後、美里はニューヨークへと旅立った。彼女の夢は、大きな都市で自分の力を試し、新しい世界で活躍することだった。空港で見送る家族に向かって、美里は決意の表情を見せた。

「行ってきます。必ず成功してみせるから。」美里は笑顔で手を振り、飛行機に乗り込んだ。

ニューヨークでの生活は、想像以上に厳しいものだった。言葉の壁や文化の違いに戸惑いながらも、美里は毎日一生懸命に勉強に励んだ。彼女の努力は次第に実を結び、インターンシップ先での評価も高まっていった。

「吉永さん、あなたの提案は素晴らしいですね。ぜひこのプロジェクトを進めてください。」上司の言葉に、美里は自信を持って答えた。

「ありがとうございます。全力で取り組みます。」美里の目には、輝きが増していた。

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