見出し画像

<<創作大賞 恋愛小説部門>>連載小説「憂鬱」-17 憂鬱はどこまでも追ってくる

夏休みが終わり、玲実が日本に帰国する日が近づいてきた。空港で再び別れを告げる時がやってきた。

「玲実、短い間だったけど、本当に楽しかったよ。また必ず会おうね。」ユリアは玲実を抱きしめながら言った。

「ユリア、私も本当に楽しかった。あなたの夢を応援してるから、頑張ってね。」玲実は涙をこらえながら答えた。

飛行機が離陸し、玲実は窓からニューヨークの風景が小さくなっていくのを見つめていた。彼女の胸には、ユリアとの楽しい思い出がたくさん詰まっていた。

「ユリア、私はあなたを心から愛していた。」玲実は心の中で呟いた。その言葉は風に乗って、ユリアに届くことはなかったが、玲実の心には深く刻まれた。

ユリアは玲実との別れを胸に、ますますダンスに打ち込むことを決意した。ニューヨークでの生活は、オーディションはもちろん、ランチを買うために並ぶデリでさえ、周囲の者たちとの戦いの日々でもある。

サンドイッチのハムサンドのオーダーも少しだけ慣れてきたが、カウンター越しのブラックの女性が早口でオーダーをとる上、後ろにはお腹をすかせてイライラしている客が並んでいる。

本当はトマトを抜いてほしいけど、トマト抜きというオーダーをすることに躊躇してしまい、結局、全部入れてしまうくらいにまだ弱腰なのだ。

それでも、彼女は自分の夢を追い続ける力を玲実からもらっていた。

「玲実、ありがとう。あなたのためにも、私はもっと頑張るよ。」ユリアは心の中でそう誓った。

玲実が日本に帰国してから数カ月が経った。ユリアはニューヨークでの生活に戻り、日々の練習に励んでいた。玲実との楽しい思い出を胸に、彼女は一層頑張ろうと決意していた。

そんなある日、ユリアの携帯が鳴り、玲実の母親から突然の電話が入った。「ユリアちゃん?突然のお電話で驚かせちゃったわね。すみません…」

「えっ?玲実ちゃんのママ。お久しぶりです〜。玲実ちゃんがニューヨークへ来たときにビデオチャットして以来ですね。」

ユリアは明るい声で応答したが、電話越しに沈黙が続いた後、衝撃的な知らせが告げられた。「実は…玲実が交通事故にあって…亡くなったの。」

その言葉はユリアの心を凍りつかせた。「そんな…信じられない…」ユリアは震える声で答えた。

「私たちにとっても急なことだったから、ユリアちゃんに連絡できなかったの。自転車でバレエのレッスンに行ってる最中に、背後からスピードをだしていた車にはねられて。

病院へすぐに運ばれたのだけど、数日で…。本当に、あっという間だった。」電話のむこうで玲実の母がすすり泣く声が聞こえた。

「玲美のママ、知らせてくれて本当にありがとうございます。お悔やみ申しあげます。」そう言ってるうちに、ユリアは声がだせなくなった。電話を切ると、あふれでる涙をぬぐうこともできない状態で、声をあげて泣いた。

1時間近く泣き続けるうちに、疲れて寝てしまった。目が覚めると、自分がどこにいるのかさえ定かじゃないといった状態だった。

玲実の死に打ちのめされたユリアは、ショックと悲しみから2週間ほど部屋に引きこもったのだった。憂鬱な状況はどれだけ頑張っている人の間にも平等にやってくる。

美人で優秀だった学生時代にもユリアはいじめという憂鬱な状況へ陥り、転向して乗り越えたし、玲実の支えで克服できた。

高校時代の憂鬱な状況から逃れることを支えてくれたベストフレンドであり、恋人である玲実を今は失った。そして憂鬱がまたやって来たのだ。憂鬱は、どこにでも誰のもとにも存在し、どこまでも追いかけてくる。

ユリアは、それから数週間、カーテンを開けないまま薄暗い部屋でただ一人、自分の部屋にストックとして置いてあったツナの缶詰や水を飲んで過ごした。

外の世界との繋がりを断ち切り、玲実との思い出に浸る日々が続いた。食事もろくに取らず、練習にも行かないユリアを見て、ルームメイトのアイナは心配していた。

「ユリア、あなたがこんなに苦しんでいるのを見るのは辛いよ。玲実はきっと、あなたが前に進むことを望んでいると思うよ。」アイナは優しく声をかけた。

アイナの言葉に少しずつ心を開き始めたユリアだったが、まだ完全に立ち直ることはできなかった。そんな中、バレエ仲間のエマが訪ねてきた。

「ユリア、皆があなたのことを心配してる。私たち仲間がいるんだから、一人で抱え込まないで。」エマはユリアを抱きしめながら言った。

アイナやエマの励ましに支えられ、ユリアは少しずつ日常生活に戻ることを決意した。彼女は玲実との約束を胸に、再びバレエの練習に励むようになった。

ユリアが練習に戻って数週間後、彼女にとって大きなチャンスが訪れた。ブロードウェイ・ミュージカルのオーディションが開催されるという知らせだった。

「ユリア、このオーディション、絶対に受けるべきだよ。あなたの才能を試す絶好のチャンスだ。」エマが言った。

「うん、ありがとう。このオーディションで成功すれば、私の夢に一歩近づける。」泣いてばかりじゃあ前に進めない。

玲実のことをスキマ時間ができれば考えてしまうのだが、ユリアは玲美のためにもと思い込むよう前向きに決意を固めた。

オーディションの前夜、ユリアは玲実からの最後のメッセージを思い出した。「ユリア、あなたならきっと大丈夫。遠くから応援しているよ。」

その言葉がユリアの心を支え、彼女はオーディションに全力で臨む決意を新たにした。玲実との思い出が、彼女に力を与えた。

オーディション当日、ユリアは緊張と期待を胸に会場に向かった。舞台の上で輝く自分を想像しながら、彼女は一歩ずつ前に進んだ。

「次はユリア・フィッシャーさん、ステージへどうぞ。」審査員の声が響いた。

ユリアは深呼吸をし、ステージに立った。スポットライトが彼女を照らし、その瞬間、彼女の心は玲実との思い出で満たされた。

「私はここで輝くんだ。玲実、見ていて。」ユリアは心の中でそう叫びながら、パフォーマンスを始めた。

彼女の踊りは美しく、力強く、そして何よりも心から楽しんでいた。その姿は審査員を魅了した。

オーディションが終わり、ユリアは結果を待つ時間が永遠に感じられた。しかし、結果発表の瞬間、彼女の名前が呼ばれた。

「ユリア・フィッシャーさん、あなたが主役に選ばれました。」審査員の声が響いた。

ユリアは喜びの涙を流しながら、舞台の中央に立った。彼女の夢が現実となり、その瞬間、玲実との約束が果たされたことを実感した。

ユリアの成功は、彼女にとって新たな挑戦の始まりだった。ニューヨークでセリフのほとんどないダンス・ショーのようなオフ・ブロードウェイではあったが、ブロードウェイ・ミュージカルの舞台で、彼女は新たなステージに立つことになった。

「玲実、ありがとう。あなたのおかげで、私はここまで来られたよ。これからも、あなたの思いを胸に頑張るからね。」ユリアは心の中でそう誓った。

舞台の上で輝くユリアの姿は、彼女の努力と情熱を象徴していた。玲実の思い出が、彼女に力を与え、毎日の練習とパフォーマンスに励む原動力となっていた。

ブロードウェイでの挑戦は厳しく、時には挫折しそうになることもあったが、ユリアは決して諦めなかった。彼女の心には、玲実との約束がいつも輝いていた。

ユリアは舞台での成功を糧に、さらに大きな目標に向かって歩み続けた。彼女の夢は、ブロードウェイのトップスターとなり、世界中の観客を魅了することだった。

「玲実、私たちの夢はまだ終わっていないよ。あなたと一緒に見たドガの踊り子たちのように、私は舞台で輝き続ける。」ユリアは心の中でそう叫びながら、毎日の練習に打ち込んだ。

ユリアの成功は、彼女の周りの人々にも勇気と希望を与えた。アイナーやエマ、そして他の仲間たちも、ユリアの姿に触発されてそれぞれの夢に向かって頑張るようになった。

「ユリア、あなたの努力と情熱は、私たちにも大きな影響を与えているよ。ありがとう。」エマは感謝の気持ちを込めて言った。

「皆が支えてくれたおかげだよ。これからも一緒に頑張ろう。」ユリアは仲間たちに微笑みかけた。

ある日、ユリアは練習の帰りに本屋で一息ついていた。彼女の視線の先に座っていたのは、若い女性で、どこか見覚えのある顔だった。美里のほうから「ハロー」と声をかけてきた。

これがユリアと美里との出会いであった。

ユリアはエンターテイメントとはまったく違うIT業界で働く美里との出会いに、興味を抱いていた。

美里との出会いが、ユリアにとって新たな挑戦の扉を開くことになるとは、この時はまだ知らなかった。しかし、彼女の心には希望と期待が満ち溢れていた。これからどんな未来が待っているのか、ユリアは楽しみにしていた。

そして美里からディナーに誘われたのだった。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?