音楽関連書紹介「もっと知りたい 世紀末ウィーンの美術」(千足伸行著 東京美術)
※OTTAVA の番組の本の紹介コーナーで扱ったものは、ここで再紹介しています。遅くなりましたが、これは9/29放送分。
東京美術で発行されている「もっと知りたい」(ABCアート・ビギナーズ・コレクション)は、初心者の美術好きには最適なシリーズ。これまで私が購入した中では「佐伯祐三」「パウル・クレー」も良かった。
単に調べるだけならネットでじゅうぶんだが、紙に美しく印刷され、見事にレイアウトされた図版を、ゆっくりと広げて読むことで、その世界により深く入っていける。豊かな時間が生まれる。
本書のテーマは「世紀末ウィーン」だが、神聖ローマ帝国およびハプスブルク帝国の歴史にまでさかのぼることによって、その本質はいっそう明らかになる。何となくわかったつもりになっているウィーンの文化について、美術を軸としながら、音楽や文学や建築や哲学など、総合的な視点が盛り込まれており、しかも初心者向けというのがありがたい。
たとえば、近代化されたウィーンを象徴するリングシュトラーセの沿道に立ち並ぶ壮麗な建築のうち、最初に完成したのが宮廷オペラ座(現ウィーン国立歌劇場)であり、その完成は1869年、つまりパリのガルニエ宮(1875年落成)よりも「先輩格」にあたると本書では指摘する。戦災で焼けてしまったその威容を伝える図版も掲載されている。
音楽愛好家の間でよく話題となるウィーン人気質なるものが一体何なのか、その精神構造についても、アメリカの歴史家ウィリアム・ジョンストンの名著「ウィーン精神」を引用した見事な説明が書かれている。
その特徴とは大きく二つあって、ひとつは「陽気に芸術を楽しむこと、あるいは耽美主義」であり、もうひとつは「政治や社会の改革に無関心であること」。
徹底して政治に対して無関心であり続け、小市民的・官能的な喜びだけを求めて人生を楽しんだ結果、ゆっくりと滅亡へと向かっていったのがハプスブルク帝国だとすれば、何やら日本とオーストリアの共通項すら感じられてくる。
シューベルトの時代から現代にいたるまで影響力の大きかったビーダーマイヤー文化を「小市民的ぬるま湯社会が生み出した家庭的芸術」「裏で光るのは秘密警察の目」とタイトルや見出しで説明する編集センスもいい。
本書によれば、19世紀美術の特徴の一つが、「権威ある”体制”からの独立運動の多さ」にあるといい、クリムトらが結成した分離派(ゼツェッション)もその一つとして位置づける。世紀末ウィーンを代表する画家クリムト、シーレ、ココシュカの3人についての記述も、よくまとまっていて読みごたえがある。
ウィーンのカフェ文化の本質とは何か、精神分析のフロイトが性を発見した町としてのウィーン、さらにはアルマ・マーラーの男性遍歴にも1ページを割くなど、ウィーンの文化そのものに関心ある音楽好きにとってはまたとないガイドである。項目ごとの字数も最小限に抑えられているのもいい。
https://www.tokyo-bijutsu.co.jp/np/isbn/9784808708665/