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「地球図 太宰治」【6/2執筆】

↑青空文庫なので0円で読めます、オススメ


「シロオテ」が「シドッチ」を指すということは、物語を読み進める途中で気付いた。

また、日本史の知識から、新井白石とシドッチの物語だと考え、これはどうやら実話を元にした創作小説なのではないかと勘付いたのである。

特に3回に渡る新井白石とシロオテの会見は、読み応えがある。

「新井白石は、シロオテとの会見を心待ちにしていた。白石は言葉について心配をした。」という描写があるように、言葉の壁を感じながらもシロオテとの会見を楽しみにしている白石の存在が浮き彫りになっている。とても印象的である。


残念なのは、結末部分である。

新井白石が将軍に言上した3つの策「第一にかれを本国へ返さるる事は上策也(此事難きに似て易き歟)、第二にかれを囚となしてたすけ置るる事は中策也(此事易きに似て尤難し)、第三にかれを誅せらるる事は下策也(此事易くして易かるべし)」のうち、中策を選択した将軍の決断も虚しく、下策同様の最期を迎えてしまうからだ。

シロオテの人生は、あまりにも報われないではないか。3年間の日本語学習も十分な成果が得られず、布教活動もうまくいかず、「間もなく牢死」では、いたたまれない。

私が彼の名前を知っているということは、彼が日本に少なからず影響を残した人物であることには違いないが、それは死後のことであって、生前の彼の人生は満足いくものであったとは到底いえないだろう。


山内祥史 「「地球図」論(続)」(『太宰治研究2』、和泉書院 平成八年一月)にある、「シロオテのような人物を「牢死」させる「策を採つた」、将軍や白石に対する批判の言葉といえよう。」には、強く同意できる。

物語の結末部分では、「将軍は中策を採って、シロオテをそののち永く切支丹屋敷の獄舎につないで置いた。」や、シロオテは「たいへんいじめられ」、「折檻されながらも」、「日夜、長助はるの名を呼び、その信を固くして死ぬるとも志を変えるでない、と大きな声で叫んでいた。」とあり、シロオテが志半ばで惨めに死んでいくさまが端的かつ強烈に描き出されており、これを「将軍や白石に対する批判の言葉」と取らずして、なにと取ろうか。

「それから間もなく牢死した。下策をもちいたもおなじことであった。」と、シロオテを失う結果となる下策を採った将軍や白石の決断をさらに強く批判し、物語を締めている。

本文の根拠と山内氏の先行研究とを照らし合わせてみても、やはりこれは「将軍や白石に対する批判の言葉」と取る他にないだろう。

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