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インプットとアウトプット 2019から2020

皆さん、明けましておめでとうございます。と言っても、もう11日も経ったのだな。

皆さんの年末年始はどのようなものとなりましたか?ぼくの方は、年末から年始にかけて、多くの出会いの集大成に、そしてこれから先の想像を意識するような時間だったように思います。

日本にいて季節の変化はあるけれど、感じ方によっては延々と続く時間を、一つの単位として認め、終わりと始まりとした。思い返せば、30年少しの人生の中でも、多くの「終わりに始まり」があり、その時の堆積というか経験の重なりの上に今立っている。未来という名前の、今より少し先にある時間のことは、よく分からない。だから、明確な「今」を一歩一歩、丁寧に一つ一つ行っていくことしかないんだと、改めて感じた年末年始となりました。

ぼくにとっての2019年は、一言でまとめるなら「整理と、アウトプットの始まり」でした。2018年から通い始めたスリランカで、多くのものを五感で体験し、自分の一部にしてきた。実際に見たもの、口にしたもの、感じたもの、それらが今も自分の感覚として、想い出として、身体にも心にもある。でも、それらを自分だけのものにしている状態。本当はそれを共有したいけど、「まだまだ表に出せるレベルではない」と、変な完璧主義みたいな弱さからインプットをし続けることを選んだ。それでも時間という有限を意識すると、自分の本当の本当は避けては通れない道で、「自ら何かしらを発信したい」と感じるようになっていた。

料理教室や、一回きりのカレーの企画をし、話をすることをアウトプットとして、友人を訪ねる旅を何度も繰り返して各地を巡った。そして今、福岡に行き着き、一つの場を作ろうとしている。2019年はそんな、自分の中の経験を他の人に伝えることで「どのような意味を自分のインプットが持つのか」という、「出口」を「知る」期間であったと思い返します。つまりそれは、自分の中の不安を解消する時間だとも言い換えることができるのだろうと思います。自分の中で意味があると想うことでも、それを「続け続ける」というのは、時に「そんなことをしても意味がない」と心の中の不安がそう呟くのです。それでも、自分の嗅覚を信じたい。その感覚を信頼する要素、がこのアウトプットの中にたくさん詰まっていたような気がしたのも2019年でした。

と、書き始めるとかなり長い文章になるものですね。

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写真:ベジタブルビリヤニ, Colombo, 2019

さて、では2020年は自分自身がどのようにあるのかということですね。

「インプットの先の自分の喜びを知る」というのは、大きな一つの抱負としてあります。喜びが不明瞭であるものを信じきれるほど、ぼくはさすらい人ではない様で、自分の喜びは知っていたい。その上で、予期しない自身が求めているものをちゃんと受け取りたい、というか、受け取ることを躊躇わないようにする。そのために、一つ一つの起こる出来事を、気を緩めず、心を持って収めていく。そして、その状況を作るために、「内面に溜め込まず、表に出すこと」を、言葉を書き綴ること、口に出すことを使って行う。何というか、身体を媒体とした外と内の循環のようなイメージになるかな。

さて、書いてて、これって2020年に限らずでは?とも思ったけど、今、心に強くあるのが、このような意識なので、これはこれで良いとしよう。

ということで、今後のnoteに書く内容についても、ある程度宣言してしまったほうが、自分自身も取り組み易いので少しだけ触れようと思う。

ぼくの肩書は料理家、食の記録作家だ。こういった肩書だからではなく、スリランカの食の記録、つまりはレシピ、歴史的背景、思想、時にはその皿にまつわる個人的なストーリーを書いていこうと思う。たまりにたまった事実や情報を、まとめたいという欲求を満たしていこう。

では、2020年"Ignition!!" 

ロケットの「点火!」「発射!」みたいな意。

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写真:シェフのお茶目にマトンビリヤニ, Colombo, 2019

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