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【短編】本のなる木


 ある日の週末。
 わたしは彼に言われるままに車の助手席に座った。

 彼がエンジンを始動させ、車はゆっくりと公道へ出る。
 ここ数か月、彼は何かとわたしを連れて出かけるようになった。近所の海から遠方の温泉街まで。もちろん仕事のある日は無理だし、毎週出かけるわけにもいかない。それでも、二週間に一回は必ずわたしを車に乗せるのだ。


 今まで彼と出かけたことはあまりなかった。彼も忙しいし、わたしもやることがない訳ではないため、遠出するのは年に数回ほどだった。

 それにアパートの同じ部屋で住んでいるのだ。仲を深めるために出かけなくとも、普段の日々が十分その役目を果たしている。彼もわたしと同じ考えなのは知っていた。

 その彼が急に私を連れて出るようになった。
 訝しんで何度も理由を聞いたが、聞く度にはぐらかされてしまう。もしかして......なんとなく、最悪の状況を想像してしまう。好意で誘ってくれているのだろうか。それとも、重大な話をするためのステップアップなのだろうか。だとしたら、わたしにとってはステップダウンだ。

 彼の愛車は海沿いの道を走る。春になり、冬の寒さが過ぎ去った今では、暖かい陽気に辺りながら散歩をする人も増えた。

 勝手に想像をして、勝手に暗くなったわたしは、気を紛らせようと彼に声をかけた。


「ねぇ、今日はどこに行くの?」
 気になってそう聞くと、
「今日はね、木を見に行くんだ」
「木?」

 木、ということは山登りかな。空は快晴で、気温も心地よい。山を登るにはうってつけではあった。
 車はETCを抜け、高速道路に入る。


「山登りでもするの?」
「いや、そんな疲れることはさせられないよ」

 わたしの身体に気を使っているのか、体力を侮っているのか。
 しかし、山登りが目的ではないようだ。
 答えを聞く前に彼が言った。

「『本のなる木』って知ってるかい」
「本のなる木?」

 ニュース番組の観光地紹介で何度か見たことがある。その町の木には珍しいものがなると有名だった。普通、木の枝にあるのは葉か木の実だが、その町の木には『本』がなる。

 様々な装丁をした本が枝にぶら下がっている光景を目にしたときには目を疑った。
 実際にキャスターが木に出来た本を手に取って、開いてカメラに向けていた。各ページにはびっしりと文字が書かれており、確かに本物の書物のようだ。

 高名な生物学者は「樹木が意思を持つようになった」などと様々な理論で説明していた。

「キミも、家で寝ているだけじゃ暇だろう。暇つぶしに何冊かもらって行けばいいさ」
「持って帰れるの?」
「ああ。本を取られた枝には、次の日には違う『本』がなってるんだって」
「へぇ」
「人件費も仲介金も必要ないから、一冊の値段が安いんだ。お金は地域復興に使われてる」

 車は高速道路から降り、二車線の細い道を通る。

 しばらく走ると、目の前に『本のなる木・800m先右折』の看板が出てきた。
 看板に従って進むと、広い駐車場にいっぱいの車が現れた。ニュースで紹介されてから客足が絶えないとは聞いていたが、これほどとは。
 何とか駐車スペースを見つけて車を降りる。

 歩くこと数分、目の前に不思議な光景が広がった。
 多くの観光客が取り囲む木々。ひとの背丈より少し高い木の枝先には、赤・青・緑など、色とりどりの装丁をした本がぶら下がっていた。

 観光客は本をもぎ取り、ぺらぺらと本のページをめくる。本を取ったあとは、根元に置かれた箱にお金を入れていた。
 わたしは彼に手を引かれ、木と木の間を通り抜ける。
 よく見ると木のお腹辺りに看板が掛けられており、『推理小説』、『漫画』などと書いていた。

「木によって本の種類が違うんだ。あそこには『料理』の木、そっちには『図鑑』の木」

 そう言って指差した先には、木の根元には女性が集まっていたり、子どもたちがはしゃいでいたりしていた。

「あなたも何か欲しい本があるの?」

 彼は良く聞いてくれたとばかりに笑顔になり、

「ああ、もうすぐだ」

 そうして着いたのは『絵本』の木だった。
 木の近くにはいくつかベンチが据え付けられており、子連れの親子が腰掛け、子どもに絵本を読み聞かせていた。

 彼はしゃがみこみ、わたしのお腹に手を当てた。

「これから生まれてくるこの子のために、何冊かもらっていこうかなって。この木になってる絵本、結構面白いみたいだよ」

 わたしは納得がいった。
 子どもたちの笑い声に当てられて、変な想像をしていた自分がおかしくなって、わたしは声を上げて笑った。



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見出し画像には『yuki ota 』さんの写真をお借りしました!

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