お店を再開して思うこと
ソッコー余談ですが、最近娘(2歳10か月)が、私の仕事がクッキーを焼くこと、ということをはっきりと認識し始めました。
保育園の帰りの車で
「かか、きょうクッチー焼いてきたの?」
「そうだよ、かかクッチーたあくさん焼いてきたよ」
もうそういう事かわかるようになったんだ…ジィーん
「ちょうだい」
「…え?」
「クッチーちょうだい」
「クッチーちょうだい」
「ちょうだい」
「ちょうだい」
車中でずーっと恐喝されています。
テヘヘじゃないよ
先週から店頭販売が再開されました!
嬉しい。
店頭販売とネットショップを少ない人数で回すペースを掴むために、お客さまにはご迷惑をおかけしていますが
なんとか流れが見えてきました。
来てくださるみなさんにも、「嬉しい!」と言っていただけて、落ち着かないながらも開けて良かった〜〜〜!と気持ちを味わっています。
お店を維持する、というだけにフォーカスするのであれば、もしかしたらネットショップだけに力を注いでも良いのかも知れません。
これからそんなタイミングはいくらでも予測できます。
でも、なんとなく思ったのは店舗を開けるってすごく贅沢な行為だなあ、と。
お店は仕込みをし、予測のもとに人員を揃え、灯りをつけてその日に来てくださるかわからないお客さまを待つ。
そしてお客様も、そのお店で過ごすために身支度を整え、時間を捻出して、お金を準備して出かけていく。
それはまるで、お互いの人生を切り取り、重ね合わせる行為のような気がして。
冷静に考えると、お互いすごい事してるな、と。笑
「買い物や食事に出かける」って当たり前の行為だったけど、お店としてもお客としても、とてつもないスペシャルで、人生を彩るゆたかな行為そのものなんじゃないか、とこの状況のなかで気づきました。
だからって、そこに「お店はそういう場を作ってあげてる、あげるべきだ」という気持ちをくっつける気にはわたしはならない。それをわたしのお店に求められたら、わたしは逆に苦しくてしょうがない。
でも、この贅沢さ、ゆたかさの場所を提供しているということをもっと意識にのせてできたら、と思う。
日常に潜むゆたかなタイミングを提供している、ということを。
この先お店をどう営業できるのか、という不安はあるけど、どんな状況であれこの気持ちは「店舗」という場所に含ませ続けられたら、と思います。
この問いは、わたしの深いところにある、「実店舗を続ける理由」に近い場所にある気がします。
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