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つるかめ助産院と私の出産

「つるかめ助産院」を読んで、何十年も前の自分のお産のことを思い出しました。

私は4度、出産しているのですが、すべて自宅出産でした。それでこの本の中で表現される、お産というものが 日常の中にするっと入り込んでいる風景が とても懐かしく思い出されたのです。

私の友人は陣痛の合間あいまに大好きな餃子を作っていたと言います。私の場合は翌日のパンを、陣痛の波にあわせてこねていました。本の中では、子供たちがお母さんのお産を見守るシーンが出てきます。


「ナナコさん、赤ちゃんの頭、出てるよ」
先生はナナコさんの指先を股のほうへと導き、赤ちゃんの旋毛の辺りを触らせた。
母親であるナナコさんは叫んでいるし、先生も大声でナナコさんを励ましているのに、当の赤ちゃんはとても落ち着いていて、悟りの境地に達したお釈迦様のような表情を浮かべている。心静かに、自分の誕生の瞬間を待っているようだった。

この箇所は、私の大好きな場面のひとつです。私は友人の自宅出産のお手伝いも何度かしてきたのですが、その時に見た光景をまさしくこの文章は表しています。目を閉じたまま赤ちゃんは、それはそれは静かに誕生するのです。悟りの境地に達したお釈迦様だなんて、ぴったりの表現だと嬉しくなりました。


私の最初の妊娠は、カリフォルニアに来て間もなくしてからでした。はじめは、ただ単に病院へ払う費用がなかったのです。すると、当時、出会った人たちが自宅出産で子供を産んでいて、話を聞くうちに興味を持つようになり、助産婦さんを紹介してもらいました。その時の体験が忘れられず、二人目も迷わず家で出産したのです。

けれど、3人目のときのお産は日本だったので、双方の両親がとても心配して 病院で産むことを強く勧められました。


それで私は地元のタウン誌に「産むことと、今時の産婦人科情報」という企画を持ち込んで、地元中の産婦人科を取材することにしました。これまで2度、自宅出産をしてきた私が果たして「病院」で産むことができるのだろうか、個人的にそれが知りたかったのです。

「つるかめ助産院」では、出産中の女性を「獣」に例えていますが、まさに自宅や助産院では、自由に野生を出せる場所であると思ったのです。

例えば猫が一番日当たりのいい、気持ちのいい場所を見つけるように、陣痛が始まると家の中を自由にはいずって、しっくりくる場所を見つけ、痛みを逃してくれるポーズを探します。山で暮らしていたときのお産は、陣痛が来た時に、私は外にいました。やってくるハリケーンのようなエネルギーをどこに流せばいいのかわからなくて、そばにあった丸太を半分まで持ち上げて夫にびっくりされたことがあります。

そんなお産を2度も経験しているので、病院の分娩室の中の小さな分娩台を見たときには、当然たじろぎました。

タウン誌の企画では、産婦人科だけでなく、数少ない助産院も取材したので、最終的にはそこで出会った助産婦さんに家に来てもらって産むことにしました。

こんな出産歴をもつ私ですが、まわりには普通に病院で産む人、家族の同意が得られなくて病院で産む人、家で産もうとしていたのに、赤ちゃんやお母さんの状態で、それが出来ない人、最終的に病院に搬送される人もいます。

つるかめ助産院の主人公、マリリンは様々なお産を見聞きして、こんなふうに思うに至ります。

けれど、妊娠や出産には予期せぬ事態が発生する。私だって、島の診療所に運ばれてそこで出産するかもしれないし、もっと大変な事態になればヘリで本州の病院に緊急搬送されるかもわからない。そなったらそうなったと時で、それが私と赤ちゃんにとってのベストのお産ということだ。先生が以前、みんなでカマイの団子鍋を食べたときに言っていたように、出産に良いも悪いもない。無事に生まれてきてくれたらそれでいいのだし、帝王切開になって生まれてくるのなら、それはその子の運命だったのだと思う。

私の友人で、自然分娩にこだわり、食事も殆どをオーガニックにして、生活のリズムにも気を付けて お産に向けて準備していた人がいました。けれど、最終的にはヘリコプターで病院に運ばれて、そして無事に子供を産んだのです。

「あんなに一生懸命オーガニックにこだわっていたのに、最後の最後でいっぱい色んな注射を打って、あっという間にケミカルだらけになっちゃったのよ!」と笑って彼女の武勇伝を聞かせてくれました。そのときの赤ちゃんは、もう小学校4年生。健康優良児です。

本当に出産に良いも悪いもないのです。

どんなお産にせよ、本当に大切なのは、つるかめ先生がマリリンに言った言葉、

よく、女性は出産をすることで人生をゼロに戻してリセットできるとかって言われるけど、そうじゃないの。出産に至るまでの過程で、少しずつ少しずつ無駄なものに気づいたりしながら、リセットされていくの。産むことが大事なんじゃなくて、産むまでのプロセスが重要なのよ。

産むまでのプロセスでは、自分の体の声を聞いたり、様々な感情の開放を経験しながら、

自分と向き合い、パートナーと向き合い、本当の自分を見つけていく大きなチャンスでもあるのだと思います。

だから、お産で女性は強くなる、というのはこういうことなのかもしれません。

とにかく、お母さんが空っぽにならないと、赤ちゃんは生まれてこれないの。だから、心に溜まっていること、全部全部吐き出しちゃいなさい。

つるかめ先生の叡智の言葉が、あの頃の、子供を身ごもるという神秘、自分の体という野生の発見を思い出させてくれました。





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