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辛いときこそ自分を観察する習慣が活きる

こんにちは。今日は「観察」と先週の振り返りを。


転んでもただでは起きない

突然ですが、先日風邪を引いて週の後半をまるっと潰してしまいました。

こういう状態になるとメンタルもセットで落ちる、というのが普段の流れですが、今回は少し、いえ結構客観視ができているんじゃないかな、と思っています。

確かに身体は辛いんですが、どちらかというとその辛いときの過ごし方を学んでいる、という感覚の方が強いんですよ。

ここでメンタルまで悲観的とか停止状態になると潰した日が本当に無意味化してしまう危険性がある……といったことを理性で考える前に自分を観察するモードに入れたのは非常に良いことだと思っています。

観察モードの価値

自分を観察するモードに入れた理由として一番大きいのは「自己分析が習慣化していた」ことでしょう。

ここ数ヶ月、日常的に自分の心身の状態・テンション・ついでに手持ちのタスクの処理状況などを細かく記録していたので、こういった不調時にも「分析ネタが増えた(喜)!」と開き直れたのかなと。

自己分析の習慣化はとても大事なスキルだと思っています。大きく言えば、自分にとって不都合なこと「すら」楽しむスキルの一つですからね。

もちろん、本来自分がやりたかった予定は潰してしまったのでそこについては残念ですし、迷惑をかけてしまったので同じことの繰り返しは厳禁。

ただし、発生してしまった不都合やその影響を悔やんでいるばかりでは人生における「面白くない」だけの時間を増やしてしまうことにもなります。

その時間を10%でも20%でも面白くするための行動、と考えると、不調時に観察モードにさっと入れるのはとても価値のあることだと思うわけです。

先週の振り返り

では、その観察モードに入ったことで私がどんな結論にたどり着いたか。

「火曜日あたりから風呂から就寝までの時間を長く取ろうとした結果、湯冷めした」+「そもそもこの週は不調の波が来るタイミングだった」

答えだけ見れば当然の結果というかなんというか……

ですがこの結論に至るためには「火曜日の行動ログ」「毎日の体調ログ」「月ごとの不調タイミングの把握」あたりが揃っている必要があります。

観察モードが日常化せず、これらの情報に一つ・あるいは複数の欠けがあったとしたら、今回の不調を直感的に「偶然」と片付け、遠くない将来に同じことを繰り返してしまうでしょう。

結論、正しいログ取りには強い力があり、それを習慣化した私はそれ以前よりは強くなっているのかな、というところでこの記事は終わります。

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