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No.15 コカコーラ

 メコン川のほとり、ンゴの家はヤモリの遠慮気味の鳴き声とともに、湿気を帯びた冷たい空気が流れ、朝が始まる。陽が昇るにつれ、南国の太陽は容赦なく照りつけ、高地の強い日差しは肌を刺す。
 私の好きな市場は、ここにもあった。イサーン地方特産の虫にも挑戦した。それは予想外の味わいで、食べ慣れたものではない、文化に触れた瞬間だった。

 ゆかと共に旅することで、ラオスでの孤独な旅よりも、多くの喜びを感じることに気がつく。
 屋台での食事、見知らぬ土地の散策、そしてンゴのおばさんの家での胃が痺れるほどの辛い料理。これらの経験は、私ひとりの記憶だけではなく、ゆかとの旅に鮮やかな色を添え、忘れ難い思い出となるだろう。 

 数日が過ぎ、景色のいいメコン川沿いで昼食をとり、家に戻ると龍太郎の自転車が、そこにあった。そして家の中に入ると、彼は大の字になって眠っている。
 日が傾きはじめ、彼は目を覚ます。私たちの顔を見てにっこり笑う。そして、すぐにビールを買いに行き再会を祝してビールで乾杯した。普段はお酒を控えるゆかも、この時はビールに口をつけながら、龍太郎の道中話しを楽しそうに聞いていた。

 次の日龍太郎が、嬉しそうに、
「いい店を見つけたんだ。」
と私たちを誘ってきた。ゆかは、龍太郎の笑顔で何かを察したのか「男同士の方がいいでしょ」と言い、家にンゴと残った。
 龍太郎は、ここに着くまでにノンカイを探索していたようで、女の子とカラオケのできるスナックを見つけていたのだった。彼はノンカイまでの旅の疲れと無事に到着した安心感で、その夜はかなり酔いしれた。私も、龍太郎との再会に心から喜び大いに飲み明かした。
​​ 深夜、龍太郎と私は楽しい気分で家に戻ると、ゆかは静かに本を読んでいた。
「あれ、起きてたんだ。まだ、シャワーも浴びてないの?」
外着のままの、ゆかに言った。
「そういうものでしょ。」
と彼女は、暗に私を待っていたことを静かに伝えたのだった。

 翌日、3人でレンタルバイクで国立公園へ遊びに行った。ンゴがおつまみにと、ハスの実を袋で渡してくれた。割ってポリポリと食べるというのだ。
 そして、ゆかは免許がないので、私のバイクの後ろに乗った。今まであまり触れ合うことがなかった私たちだが、その距離がぐっと縮まる。ゆかの心境は定かではないが、私の心臓は彼女の近さに高鳴っていた。
 龍太郎は、私の気持ちを知る由もない。ただ、真っ直ぐ前を見て走る。彼のせいで、後ろに長い渋滞が起きていようと。

 国立公園は、壮大な景色が広がっていた。私は、かつて訪れたケニアの大自然を思い出す。

 手付かずの大自然が訪れるものを圧倒し、高い丘の先
には深い崖があり、その向こうには広大な平野が続く。
 昔見た映画の一場面だ。 
 アフリカ原住民が文明の象徴でもあるコカコーラの瓶を、地の果てのその崖へ投げ捨てる。彼らにとって、自然こそ全てだったのだ。
 
私も、その崖を見てみたい。


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