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No.20 覗いた先にいた人

 クアラルンプール中華街の古びたゲストハウス。暗く狭い廊下から、東洋人の女性が窓越しに私の部屋を覗いていた。彼女の視線は、私の頭から足までをなぞる様に一瞥して通り過ぎていった。「日本人だろうか・・」​​
 ゆかが帰国してから、2人で過ごした静かな宿から、心の隙間を埋めるようにチャイナタウンの喧騒へと身を投じた。
 商店が軒を連ねる1階を抜け、ビルとビルに挟まれた隙間の階段を上がる。そこには時代を感じさせるレセプションがあった。いつものように部屋を見せてもらい、自慢の屋上テラスに案内される。周辺の街並みを一望でき、下界の喧騒が遠く感じられ、気持ちがよかった。
 ゆかがいなくなってから、私の心に空白ができ、ふわふわと漂い、次の目的地を考えることもできずにいた。
 腹を満たすために、ごちゃごちゃした中華街の夕暮れを歩く。幻想的なコーランの歌が遠くから聞こえてくる中、「骨肉茶」と書かれた小さな食堂に足を運ぶ。店頭で、グツグツしている大きな鍋を指差し注文した。ガタつくテーブルに、運ばれてきたどんぶりにはスペアリブと大根がたっぷりスープに浮かんでいた。同じく白米もどんぶりに盛られている。私は、ビールを片手にスペアリブにかぶりついたのだった。

 宿に帰り、夜風の吹く屋上テラスでビールを飲みながら、ゆかとの思い出に浸っていた。すると先ほどの女性が友達を連れてやってきた。色褪せた紺のTシャツの肩袖を捲り上げた彼女は、さっきとは違い、私に一瞥をくれただけで気にも留めずに、ツレの女性と話し込んでいる。。彼女たちは日本人で、マレーシアの暑さやこの国の男性が彼女を見る時の視線に不満を漏らしていた。
 私は、「こんばんは」と声をかけた。すると、
「日本人ですか?」
と尋ねられる。日焼けした私は、日本人には見えないのか、笑って頷いた。
 彼女たちは、あずきと美香。大学の友達で卒業旅行中だった。あずきは短気で直情的のようで、先ほどの文句もほとんど彼女からの発言だった。そして、美香はそれを見て楽しんでいる。
「あずき、さっき俺の部屋をジロジロ見てたやろう。」
私は言ってやった。彼女は口を尖らせ、
「だって、黒いから日本人だと思わなかったんだもん。」
決して美人ではないが、愛嬌のある笑顔で答えた。2人ともノリも良く屈託がなかったので、話しやすかった。
その様子を見ていたのだろう1人の男性が、
「日本の方ですか?ご一緒させてもらっていいですか?」
と歩み寄ってきた。彼は、タカシと名乗り、名古屋出身で25歳。イタリアンのコックだった。
 私たちは、すぐに打ち解けクアラルンプールの夜空の下、新たな友情を育んでいった。


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