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【中編】ダル・クオーレ・アル・マーニ(Dal cuore al mani, Dolce&Gabbana):ミラノにて開催、ドルチェ&ガッバーナの精神と手仕事を考察する特別展
前回に引き続き、今回もドルチェ&ガッバーナによるミラノ・レアーレ宮での展示「ダル・クオーレ・アル・マーニ」(Dal cuore al mani, Dolce&Gabbana)を紹介していく。
1. 建築と絵画の融合(Vestire l'Architettura e la Pittura)
イタリアの美術と建築、特にルネサンスやバロックの美術と建築もドルチェ&ガッバーナにとって重要なインスピレーションの源である。
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ボッティチェッリ(Botticelli)、レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)、ラファエロ(Raffaello Santi)、ティツィアーノ(Tizziano)、ピエロ・デラ・フランチェスカ(Piero della Francesca)、ジョルジョーネ、サライ、カラヴァッジョ(Caravaggio)などのイタリア半島にルーツを持つ芸術家たちの傑作が、ドルチェ&ガッバーナ流に解釈され、作品に落とし込まれている。
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イタリアの美術と建築をモチーフとした作品が展示されるこのブースでは、アンニバーレ・カラッチ(Annibale Carracci;1560-1609)のフレスコ画『バッカスとアリアドネの勝利』(1597‐1604)で彩られるローマのパラッツォ・ファルネーゼ(Palazzo Farnese)が再現されているとのこと。
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少し話が脱線するが、ローマのファルネーゼ宮は、現在、在イタリア・フランス大使館として使われており、エディ・スリマンがクリエイティブディレクターを務めるセリーヌのシューティングに使われたこともある。
エディ・スリマンのセリーヌは、いつもショー会場やシューティングにフランスの歴史的建造物を使うことが多いので、このことについても一度掘り下げてみたいと思っている次第である。
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話をドルチェ&ガッバーナに戻すと、服を作ることは、家を建てることに似ているという。
建築家は、ファッションデザイナーと同じように、まずはスケッチから始め、次に平面図と立面図を描く。
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オートクチュールの世界の作品作りは、デザイン画が型紙としておこされる、つまりパターンメイキングから始まる。
デザイナーが描いたデザイン画からその完成形や表現したい形を正確に読み取り、コットン生地でできたマスターパターンに作っていく。
言い換えるならば、平面の紙に描かれたデザイン画から完成形の、つまり立体の洋服を想像する、その完成像を一つ一つのパーツに分解していき、平面の型紙を作るのである。
パタンナーは、平面のものを立体に、逆に立体のものを平面に脳内で変換できる能力がなければできない仕事ということがわかるであろう。
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テーラーは、こうして出来上がったパターンを使って、デザイナーが選んだ素材や色の生地を裁断し、それを組み立てて縫製する。
家が造られる上で内装職人や塗装職人がその装飾を手がけるのと同じように、服も形が出来上がってから、装飾が加えられる。
このブースに展示される服一点一点を見ると、それぞれがイタリアの美術品をモチーフにした装飾が施されていることに気づく。
例えばこちらのマントはボッティチェッリの『受胎告知』(1490年頃)をモチーフにしたものであるが、現物の絵画は、スコットランドのグラスゴーにあるケルビングローブ美術館・博物館が所有しているとのこと。
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一方で、少し見にくいが、こちらのロングコートは、ピエロ・デッラ・フランチェスカの『キリストの洗礼』(1440-1450年頃、ロンドン・ナショナルギャラリー所蔵)をモチーフにしたもの。
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またこちらは若干ディフォルメされ過ぎている感じもするが、現在はウィーンの美術史美術館が所蔵するラファエロの『牧場の聖母』(Madonna del Prato、1506年頃)をモチーフにしたドレスとスーツ。
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ここまで紹介してきた服を見て「あれ?モチーフとなったイタリアの絵画、現在はイタリア以外の国が所蔵しているものばかり?」と気づいた人もいるかもしれない。
この辺は筆者の専門になるのだが、15世紀末に勃発したイタリア戦争を機に、イタリア半島はハプスブルク家やフランス王家によって分割支配されることになり、ルネサンス期に制作された美術品はその後の政治的混乱を経てほとんどイタリア国外に持ち出されてしまっている。
近世以降のイタリアの歴史は、政治的・経済的に弱体化し、外国によって支配された負の側面が強調されがちであるが、逆にこれらの外国支配の名残をイタリア各地で探すのは結構面白い。
また話が脱線してしまったが、この右のマントのモチーフとなったのは、カラヴァッジョの『果物かご』であり、この作品はミラノのアンブロジアーナ絵画館所蔵と珍しくまだイタリアに残っている美術品をモチーフにした服となっている。
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カラヴァッジョはミラノにまだ残ってるのだが、この一番左のルックのモチーフになっているジョルジョーネ作の『ユディト』(Giuditta con la testa di Oloferne;1504年頃)は、今はサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館が所蔵している絵画である。
この絵画は1772年にはすでにフランスが所蔵していたものを、ロシアが購入したとのことであるが、18世紀のフランスとロシアの政治的関係もここから辿れそうで面白い。
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そしてこちらは現在はフランスのシャンティイ城に所蔵されるラファエロの『三美神』をモチーフにしたジャケットである。
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シャンティイ城は2023年に筆者自身が訪問し、ラファエロの絵画の方を鑑賞してきたので、対比するために絵画の写真も掲載する。
シャンティイ城自体もフランス革命やその後の政変の影響受けた城であるのだが、この作品のように現在はフランスにあるというイタリアの絵画は本当に多い。
どんどん話が広がってしまって申し訳ないのだが、ルネサンス期の歴史を専攻する筆者にとって、特に興味を持ったドルチェ&ガッバーナのコレクションを二つ紹介したい。
一つ目は、2018年12月にミラノのリッタ宮で開催されたその名もルネサンス・コレクションである。
このコレクションは、2018年11月にドルチェ&ガッバーナが中国に対して侮蔑的な表現を行ったとして、上海で予定されていたショーが急遽キャンセルになった直後に開催されたこともあり、作品自体が話題になることが少なかったショーだと認識している。
このブースにもこのコレクションで発表された服がいくつか展示されていたが、このコレクションは、15世紀にミラノを支配した僭主スフォルツァ家が保護した芸術家たちの作品をテーマにしたものである。
いわば15世紀から16世紀にかけてのルネサンス期ミラノの政治史と美術史を語るコレクションなのである。
参考:「Dolce & Gabbana Presents an Alta Moda Lesson on Italian Art History」『Vogue World』(2018年12月8日付記事)
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もう一つは、先程のカラバッジョのルックもその一つであるが、2019年12月にミラノのアンブロジアーナ絵画館で開催されたアルタサルトリアのショーである。
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このショーはティツィアーノやカラヴァッジョ、そしてこの上の写真のサン・ジョヴァンニ・バッティスタの『洗礼者ヨハネ』の作品など、主にアンブロジアーナ絵画館に所蔵されている絵画をモチーフに構成されていた。
それぞれのルックは絵画館に展示される絵画から抜け出したかのようであり、色合いも全体的に重厚感があり、シックな仕上がりであった。
ドルチェ&ガッバーナの男というと、海と太陽が似合うマッチョな男というイメージが強いが、時折、このように知的で落ち着いた大人の色気が漂う男性像を提示してくれる気がする。
中には派手で奇抜なルックも少しあったが、あくまでもミラノのアンブロジアーナ絵画館にオマージュを捧げるというコンセプトのもとまとめられていたコレクションであったために筆者はとても好きである。
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このブースはまさに過去と現在のイタリアのあり方を体現している、とても奇妙な空間なように感じる。
それは、他の国に奪われて現在はイタリア国外の美術館に所蔵されている、つまり今はすでにイタリアにはないルネサンス期やバロック期の美術品をモチーフにした服が、この部屋に集められているからである。
いうならば、架空の、寄せ集めのイタリア美術のギャラリーである。
ドルガバのアルタモーダの顧客の国別の構成を見ないと分からないが、もしこのイタリア美術をモチーフにした作品を、イタリア美術を奪っていったフランスやイギリス、ロシアの顧客が購入したのならば… それはそれで面白い話かもしれない(もっとも、こんな派手な洋服を購入するのはアメリカか中東の顧客かもしれないとも想像する)。
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筆者の専門のルネサンス期を扱ったブースのせいか、ついつい説明が長くなってしまったが、サクサクと次のブースを説明していくとしよう。
2. シチリアの伝統(La Tradizioni Siciliane)
ドメニコ・ドルチェとステファノ・ガッバーナは、伝統が現代に至るまで受け継がれている土地であるシチリア島を大切にしている。
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特に、2017年にパレルモで発表されたアルタ・モーダは、シチリアの陶器や荷車をモチーフにしており、そのモチーフがドレスや装飾品の至る所に取り入れられた。
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シチリアの伝統荷車ことカレットの歴史はとても古く、古代にまでさかのぼるが、現在の形に発展したのは19世紀のことである。
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もともとは日常のさまざまな荷物の運搬に使われていた荷車。
徐々に荷物の運搬の機能は自動車や鉄道が担うようになっていき、荷車は、もっぱら儀礼や結婚式で使われるようになっていった。
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馬具や車輪など荷車のパーツは、熟練した木彫り職人、彫刻家、画家、鍛冶職人によって作られ、シチリアの様々な地域の図像をもとにして色鮮やかな装飾が施される。
カレットの装飾の題材としてしばしば使われるのは、フランク国王兼神聖ローマ皇帝のシャルルマーニュ(Charlemagne、あるいはカール大帝、742?-814)や、ドラゴン退治の伝説で有名な、古代ローマ末期の殉教者・聖ゲオルギオスである。
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床も壁も、そして展示品も全てシチリアモチーフ一色、まるでシチリアのお祭りを体現したかのようなのこのブース。
これらのドレスは、室内よりも、やはり南イタリアの太陽のもとで使われることで一層その輝きを増しそうだと思ったのであった。
3. 白いバロック(Il Barocco Bianco)
17世紀から18世紀にかけてシチリアで活躍した彫刻家ジャコモ・セルポッタ(Giacomo Serpotta;1656-1732)の作品に魅了されたデザイナーたちは、当時シチリアで流行した室内装飾の漆喰細工を上質なテキスタイルで表現した。
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17世紀から18世紀にかけてシチリアで活躍した彫刻家ジャコモ・セルポッタ(Giacomo Serpotta;1656-1732)の作品に魅了されたデザイナーたちは、当時シチリアで流行した室内装飾の漆喰細工を上質なテキスタイルで表現した。
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複雑かつ豪華な構図の彫刻を、シンプルな白と波打つドレープで巧みに衣服として再現し、室内装飾とファッションの融合したそれらの作品は、まさに白いバロックを賛歌するものである。
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ジャコモ・セルポッタは、大理石などの材料を平滑化し研磨することで光沢ある白を生み出すアッルストラトゥーラ(allustratura)と呼ばれる技法を考案し、パレルモの多くの教会に装飾を施した。
ドメニコ・ドルチェとステファノ・ガッバーナが手がけた衣服では、ボリュームと艶があるテキスタイルによって、セルポッタのスタッコの輝きと光沢を再現されている
写真とキャプションが盛りだくさんとなってしまったので、レポートを分割しているが、次の【後編】が最後の回である。
今しばらくドルチェ&ガッバーナの世界にお付き合いいただきたい。
Dal cuore al mani, Dolce&Gabbana
会場:レアーレ宮(Palazzo Reale)
住所:P.za del Duomo, 12, 20122 Milano, Italy
会期:2024年4月7日から7月31日まで
開館時間:10:00-19:30(木曜のみ22:30まで、月曜休館)
入場料:15ユーロ(一般)、13ユーロ(割引)
公式ホームページ:milano.dolcegabbanaexhibition.it
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