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ボスキ・ディ・ステファノ財団美術館(Casa Museo Boschi Di Stefano):20世紀の美術を語る邸宅博物館

1. 隠れた名所、とある夫婦が残した邸宅美術館

今回のnoteでは、ミラノのリマ駅(Lima)の近くに位置するボスキ・ディ・ステファノ財団美術館(Casa Museo Boschi di Stefano)について書いていく。

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一見、普通のアパートのように見えるが、ここは、アントニオ・ボスキ(Antonio Boschi;1896-1988)とマリエーダ・ディ・ステファノ(Marieda Di Stefano;1901-1968)夫妻が収集した美術品が展示されている小さな美術館である。

このアパートには、実際に2人が暮らしていた。

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ミラノには、公立の美術館や大きな財団が運営している大掛かりな美術館が数多く存在する。

こちらの邸宅美術館は、一応ミラノ市当局の管轄下にある美術館であるが、このコンパクトな展示空間がまた魅力的なのである。


1-1. 美術館の生みの親、ボスキ・ディ・ステファノ夫妻について

この美術館を語るにあたり、その海の祖となったボスキ・ディ・ステファノ夫妻について説明するとしよう。

夫のアントニオ・ボスキは、1896年にノヴァラで生まれ、第一次世界大戦後、ミラノ工科大学に通うためにミラノに移った。

大学を卒業したアントニオは、ブダペストで数年ほど働いた後、ゴムの生産に従事するためにイタリアに戻った。

因みにこのアントニオは、1926年から65年に定年するまでゴムの会社で働き、会社は彼の功績を称えた。

アントニオは、1950年から59年にかけて生産されたアルファ・ロメオ 1900(Alfa Romeo 1900)にも使用されていた部品の発明で、特許を取るなど優秀な技術者でもあったのである。  

一方、妻のマリエーダ・ディ・ステファノは、1901年にミラノで生まれ、芸術家ルイージ・アミゴーニ(Luigi Amigoni)のもとで彫刻を学んだ。

この二人は、ヴァカンス中にアラーニャ・ヴァルセージア(Val Sesia)で知り合い、共通の趣味である芸術について語らううちに急接近し、1927年に結婚した。

若い夫婦は、花嫁の父フランチェスコ・ディ・ステファノが管理していたアパートに移り住んだ。

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建築家ピエロ・ポルタルッピ(Piero Portaluppi;1888-1967)によって1929年から1931年にかけて作られたこのアパートの一部こそが、現在ボスキ・ディ・ステファノ財団美術館となっているのである。

このアパートの内部には、住むために快適で簡潔という建築家ポルタリッピの好んだ要素が詰め込まれている。

ちょっとしたアシメントリーにモールディング、鉄の素材、ボーウインドー(建物正面の弓形に張り出した飾り窓)などなど。

このような洒落た家に住んでいた夫婦は、様々な美術品を収集しつつ、芸術家やそのパトロンたちとも交流した。

また妻マリエーダは、陶器に対する興味を持ち続け、1962年には自身の集合住宅の地上階に陶芸の学校を開いた。

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(地上階に残されたアトリエ)


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後から配置されたものもあると思うが、何気ない食品の瓶や缶に入った道具たちは何とも言えない味がある。


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このように芸術を深く愛したマリエーダであったが、1968年、夫を残して亡くなってしまった。

彼女の芸術に対する情熱は、夫に受け継がれ、夫婦で集めた美術品の一部は、ミラノ市当局に寄贈されることとなった。



1-2. 個人の邸宅が美術館へ

夫妻がコレクションしてきた20世紀の名画たちは、1974年、ミラノの王宮(Palazzo Realeで開催された特別展にて、初めて一般公開されることとなった。

さらにその10年後の1984年、ミラノ 市立現代美術館(CIMAC/ Civico Museo d’Arte Contemporanea )が誕生し、そのコレクションは、暫定的に王宮の3階に展示されることとなった。

その時、ボスキ・ディ・ステファノの家からもこの新しい美術館に作品が提供されている。

また夫アントニオは、死の前年の1987年、ミラノ市当局へ二度目のコレクションの寄贈を行った。

これは、1組の夫婦が所有していたコレクションが、ミラノ市当局に二度も寄贈されるほど豊かであったことを語るエピソードである。

その後、2003年になって、マリア・テレサ・フィオリオ 氏(Maria Teresa Fiorio)のキュレーションによりボスキ・ディ・ステファノ財団美術館は、満を期して誕生したのであった。

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またボスキ・ディ・ステファノ財団美術館は、ジャーナリストのリリアナ・ボルトロン(Liliana Bortolon )と美術史家のメルセデス・プレチェッルーティ・ガルベリ(1927-2007)によるアーカイブも所蔵している。 

さらに美術史家エットーレ・カメサスカ(Ettore Camesasca;1922-95)の7000冊以上の蔵書も予約制で閲覧可能である。画像15

前置きが長くなってしまったが、次の節からは実際にコレクションを見ていくことにしよう。




1-3. ボスキ・ディ・ステファノ財団美術館のコレクション

ボスキ・ディ・ステファノ財団の現在のコレクションは、絵画や彫刻、ベヒシュタインのピアノなどおよそ2000点にものぼる。

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(猫を抱いている2人がボスキ・ディ・ステファノ夫妻)



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邸宅美術館に展示されているのは、その中から選ばれた300点の作品である。


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(立ち入り禁止だが浴室もそのまま残っている)


その残りは、ミラノのドゥオーモ広場にある20世紀美術館(Museo del Novecento)、スフォルツァ城博物館(Musei del Castello Sforzesco)、MUDEC(Museum of Cultures)にも展示されているのである。

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そのコレクションは、20世紀イタリアのアートの軌跡を語るものとなっている。画像29

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(書斎)


代表的な作者は次の通り:画家のウンベルト・ボッチョーニ(Umberto Boccioni;1882-1916)、  ジーノ・セヴェリーニ(Gino Severini;1883-1966) 、カルロ・カッラ(Carlo Carrà;1881-1966)、フェリーチェ・カゾラーティ (Felice Casorati;1883-1963)、ジョルジョ・デ・キリコ(Giorgio de Chirico;1888-1978)、 マッシモ・カンピーリ(Massimo Campigli;1895-1971)、ルーチョ・フォンタナ(Lucio Fontana;1899-1968)、また作家のアルベルト・サヴィニオ (Alberto Savinio;1891-1952)など。

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(昼食の間)



ほぼ間隔がない状態で、所狭しと絵画が壁一面に展示されているが、不思議と圧迫感や乱雑さを感じない。

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それどころか、まるでそこにあることが当然であるかのように、一つ一つの絵は、部屋と調和しているのである。

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それぞれの部屋のドアには、ステンドグラスがはめ込まれており、とても凝っている。

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またそれぞれの部屋についているガラスのシャンデリアは、どれもデザインが違いとても味がある。

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いくつかの例外を除いて、館内の家具は、夫婦が実際に使っていたものである。


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美術品のみならず、「趣味の良い」家具一つ一つを夫婦はどのような集めていったのであろうか。

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そのようなストーリーについ思いを馳せることができるのも、こじんまりした邸宅博物館の魅力である。



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戦後、奇跡的な経済復興を遂げたイタリア。

その頃のミラノでは、芸術活動が盛んとなり、次々と作品が生み出された。

このような時代をリアルタイムで目撃していた夫婦は、今、この瞬間を留めたいという気持ちで、コレクションを増やしていったのだろうかと考えたのであった。

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2. ボスキ・ディ・ステファノ財団美術館にて開催中の特別展

2020年10月現在、ボスキ・ディ・ステファノ財団美術館の敷地内では2つの特別展が開催されていた。

一つ目は、ミラノ生まれの画家セルジョ・ダンジェロ(Sergio Dangelo;1932-)の個展(2020年9月29日から11月15日まで)である。

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会場は、マリエーダの陶芸教室があった一階である。

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この棚の画材は、マリエーダのものであろうか、それともこの特別展のために設置されたものだろうか。

説明書きがなかったので判断できなかったが、道具として使われる食品の容器に惹かれた。

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(Ritmi dell'autostrada, 1961, tecnica meta su tela, 100×100cm)



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そしてもう一つは、"Orietarsi con le stelle"という9人の写真家による写真展(2020年9月18日から10月30日まで)である。

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この9人は、2020年のミラノでの緊急事態の後に、都市における文化活動を再開させたいという思いで集まったとのことであった。

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以上、駆け足になってしまったが、現代アートの名作が目白押しの邸宅美術館を紹介した。

惜しむらくは、一つ一つの作品全てにプレートがついていたわけではなかったので、どれがどの作者のものか全て把握することはできなかったことである。

それについてはせめて代表的なものはきちんと勉強してから、あの膨大なコレクションの中から見つけに行くのが良いのかもしれない。

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先ほども少し書いたが、このコレクション(しかも展示されているのは一部だという)を収集したのは、とある1組の夫婦である。

コレクションよりも、収集家としての夫婦の人生に俄然興味が湧いた展示なのであった。



おまけ:

現在は使用できないように鍵がかかっていたが、中に布張りの椅子が設置されたエレベーターが建物の中にあった。

イタリアの建物では、たまに信じられないくらいガタガタしたエレベーターに出会う時もあるが、きちんと動いているから不思議である。

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ボスキ・ディ・ステファノ財団(Casa Museo Boschi Di Stefano)

住所:Via Giorgio Jan, 15, 20129, Milano, Italy

入場料:無料

開館時間:9:30-17:30(月曜休館)

公式サイト:casamuseoboschidistefano.it


(文責・写真:増永菜生 @nao_masunaga

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