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【中編】ファッショニング・マスキュリニティーズ(Fashioning Masculinities: The art of Menswear):ロンドン ヴィクトリア&アルバート美術館で開催、「男らしさ」について考える特別展



1. Overdressed: 上流階級のファッションから見る「男らしさ」の変遷

【前編】に引き続き、【中編】ではイギリス・ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(以下、V&Aと略記)で開催中の特別展「ファッショニング・マスキュリニティ」(Fashioning Masculinities: The art of Menswear)より、その第二部にあたる「Overdressed」にクローズアップしたい。

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歴史的に見ると、ヨーロッパの王侯貴族の男性(※注)にとって、華美な服装は権力や富を誇示する手段であり、服装は、性別や階級によって定められるものであった。

貿易が盛んになるにつれて、中国、日本、インドから織物が輸入されたことにより、服飾のバリエーションも豊かになったが、高価で派手な服飾品を身につけることが許されたのは、ごく僅かな層であった。

その後、19世紀から20世紀初頭にかけて、紳士服はよりシンプルになって行ったが、1960年代のカウンターカルチャーの中で華やかな服装が再びもてはやされるようになった。


※注:このnoteの文章は、本展で設置されているパネルを読んだ筆者が書いているものである。パネル上には「 flamboyant dressing has been a way for men in Europe to display power and wealth」(ヨーロッパの男性にとって、華美な服装は権力や富を誇示する手段であり続けてきた)と書かれていたが、服装によって権力と富を誇示できる層はそもそも限定的な上流階級であったのではないか、と思い至り、筆者の判断で「ヨーロッパの王侯貴族の男性」という表記にした。


2. GUCCIとのパートナーシップ

グッチとパートナーシップを結ぶ本展。

家父長制の解体を掲げたグッチのクリエイティブディレクター、アレッサンドロ・ミケーレは、2020年秋冬コレクションに際し、次のような言葉を残している:

「家父長制の社会では、男性のジェンダーアイデンティティは、しばしば酷く有害なステレオタイプによって形成されている。 

支配的、勝者第一、抑圧的な男性像のモデルが、生まれた瞬間から赤ん坊に押し付けられるのである。(中略)

女性らしさへの肯定的な言及は、あらゆる逸脱も許さない男性的なプロトタイプに対する脅威とみなされ、率先して禁止される。(中略)

したがって、家父長的な計画や制服から離れてみることを提案する必要があるのだ。

歴史的に確立されてきた男らしさの概念を解体する、檻を開ける。

今こそ、社会的な拘束や権威主義的な制裁、息が詰まるような固定観念なしに、自由に自己決定する男を祝福するときだ。」


このポリシーに貫かれた作品は、本展の至る所に登場する。

ミケーレは、2015年に初めてグッチのコレクションを発表した時から「男らしさと女らしさの境界線をぼかす出発点」というポリシーを唱えており、他のデザイナーたちも、独自の視点を持ってこのメンズウェアの両義性を探究しているのである。


仕立屋のような職業の者が肖像画として描かれるのが珍しい時代だった16世紀。


この華美な服に身を包む仕立屋の肖像画は、この職人のテーラリングという芸術を讃える者であり、多くのファンを魅了したのであった。

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(Giovanni Battista Moroni, The Tailor, 1565-70, Oil on canvas, The National Gallery, London)

武具一つをとっても、その実用性とお洒落さを両立させようと模索していたルネサンス期。

このイラストの武具に見られる金の線は、衣服に切れ目を入れてその下に着ている衣服の色をあえてちらりと見せるという当時の流行を取り入れた者である。

一見つぎはぎ(金継ぎ?)のように見えるこのスタイルは、戦争から戻り破れた服を着ていた兵士の姿から着想を得たという。

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(Jacob Halder, Armour for William Brooke, 10th Baron Cobham, 1557-87, Pen, ink and watercolour on paper, V&A)


こちらは2020年12月にバレンシアガによって発表された「恐れなど知らない、永遠の若さと勇気の象徴」ジャンヌ・ダルクをモチーフにした写真。

オレルアンの乙女ジャンヌ・ダルクは、神のお告げを受け、鎧をつけて戦いフランス軍の窮地を救ったものの、男性の服装を着たことによって処刑される。

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(Elina Kechicheva, Minttu Vesala for Balenciaga, styled by Tomas Laitinen, published in SSAW Magazine, Issue 19, Afterworld: The Age of Tomorrow Autumn 2021, Photograph, Courtesy Balenciaga and SAW Magazine)


アレッサンドロ・デ・メディチ(Alessandro de' Medici;1510-1537)、通称イル・モーロ(il Moro)は、メディチ家出身の教皇クレメンス7世と黒人の女性あるいは農民の女性との間に生まれた庶子である。

不遇な生まれのアレッサンドロであったが、その装いは、豪奢で洗練された者であったことが伝えられている。

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(After Girolamo Macchietti, Alessandro de' Medici, About 1590-1610, Oil on canvas, Gallerie degli Uffizi, Florence)


こちらは王侯貴族が自身の技量と勇気を披露する場でもあった馬上槍試合の際に着用された胸当てである。

この胸当てはまず身体を守るという実用性と、その華やかさを相手に印象付けるというデザイン性を兼ねたものであった。

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(Breastplate, About 1565, France Steel, with etched and gilt decoration (restored) Bequeathed by D. M. Currie, V&A)



3. Frippery and Folly

ヨーロッパの宮廷では、その衣服の機能や着心地よりも見栄えが重視されることがあった。

特にイタリアやフランドルで作られたレースも、ジュエリーに負けず劣らず高価な者であり、おしゃれな男性は、レースの襟やカフスを身につけた。

18世紀後半になると男性はレースを身につけなくなったが、レースは、女性の小物として長く愛用された。


リボンで留めた軍服に、レースの襟とカフスを身につけた若い兵士。

実はこの兵士は、イングランド王チャールズ2世の愛妾フランセス・スチュアート(Frances Teresa Stewart;リッチモンド及びレノックス公妃; 1648-1702)である。

類まれな美しさを持っていたというフランシス・スチュアートは、凛々しい男装によって王の愛情を拒んでいるようでもある。

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(Jacob Huysmans, Frances Stewart later Duchess of Richmond, About 1664, Oil on canvas, Lent by Her Majesty The Queen)


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16世紀から17世紀にかけてヨーロッパの宮廷では、黒は威厳を表す色として権力者は好んで黒の服を着用した。

この真っ黒な服と対照的に、真っ白なつけ襟が流行した。

真っ白で清潔な下着を着用できること自体、裕福な人に限られたことであり、彼らは清潔と高貴の象徴として、この白と黒のコントラストを自らのファッションに取り入れていた。

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(North Italian painter, Young Man in a White Ruff, About 1580-1600, Oil on canvas, Bequeathed by Constantine Alexander lonides, V&A)


写真中央の彫刻はベルニーニによるもの。

ベルニーニは、大理石に複雑な彫刻を施すことでレースの襟元を再現するとともに、流れるような曲線と質感のまるで本物の布の衣服を着たかのような彫刻を作り上げた。

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( 写真中央の彫刻 Gian Lorenzo Bernini, Thomas Baker, About 1638, Marble, V&A)



「黒は、どの他の色よりも衣服を魅力的に見せるものである」、このようにバルダッサーレ・カスティリオーネは著書『宮廷人』(1528年)の中で述べている。

ブルゴーニュやスペインの宮廷で始まった黒の流行は、16世紀、ヨーロッパの宮廷に広がっていった。

このダブレットは、この流行の漆黒を生み出すために鉄化合物が使われたが、それは生地を弱くするものであるために、16-17世紀当時のダブレットで現存しているものは大変貴重である。

このダブレットには銀の飾りがつけられており、黄色の鮮やかな裏地と見事なコントラストを生み出している。

さらに繊細なニードル・レースの襟がこのダブレットと合わせられていたことから、この衣服の持ち主は、大変裕福で洒落者であったと考えられる。

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( Doublet, About 1630-35, Italy and UK, Silk taffeta, silver, V&A/ Collar, About 1630, UK, Needle lace, V&A)


18世紀初頭は髭を綺麗に剃ることが流行っていた。

この銀製の旅行用身だしなみセットには、鏡、櫛、ハサミ、剃刀、研ぎ器が入っている。


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(Shaving set, 1700-30, Netherlands, Silver, tortoiseshell, wood, steel, glass, honestone, semi-precious stone Bequeathed by George Salting, V&A)


写真右端に展示されるのは、1660年代から1680年代にかけて流行した重厚ヴェネツィアンレース(point de Venise)を模して彫られた有名な木製クラヴァット(ネックバンドのこと)である。

彫刻家グリンリング・ギボンズ (Grinling Gibbons)の作品であるこちらの左には、実物のレースのクラヴァットが展示されている。

一方で写真左のダブレットは、ジグザグの襟と袖を配置することで一見すると切り裂かれたような立体的な仕上がりとなっている。

また当時、レースで縁取られたハンカチやリボンで飾られた手袋は、宮廷に暮らす男女の必需品であった。

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(左上から右下へ Doublet, 1630-40, England, Silk, linen, pasteboard, V&A/ Glove, 1660-80 UK, Suede, silver thread, silk, Acquired with the assistance of the National Heritage Memorial Fund, The Art Fund and contributors to the Margaret Laton Fund V&A/  James Markwick and possibly William Finch Watch with case, About 1700, London, Silver, tortoiseshell, V&A/  Handkerchief, 1600-30 Linen, silk, metal bobbin lace, England, V&A/ Grinling Gibbons, Carving, About 1690, London, Limewood with raised and openwork carving, Given by The Hon. Mrs Walter Levy V&A/  Lace cravat, 1670-80, Venice, Italy, Linen needle lace, (gros point de Venise), Purchased with Art Fund support V&A)


ここで20世紀以降のメンズファッションに影響を与えた近世のメンズファッションを二つご紹介。


一つ目は、16世紀のヨーロッパで流行した短いケープ。

ここで描かれているアレッサンドロ・ファルネーゼは、羽のついた帽子、金属糸の刺繍が施されたケープ、剣の柄を握る皮手袋を身につけている。

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(Sofonisba Anguissola, Prince Alessandro Farnese, About 1560, Oil on canvas, On loan from the National, Gallery of Ireland, Dublin, Purchased, 1864)



そしてもう一つは、ジェームズ1世の宮廷音楽家・詩人であった第三代ノース卿ダドリーの衣装。

婦人服に劣らないほど華やかでボリュームがあった17世紀初頭の男性服、彼が履いているロゼット装飾が施されたヒールの靴は当時の流行の最先端であった。

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(British painter, Dudley, 3rd Baron North, About 1615, Oil on canvas, Given by Sidney F. Sabin, V&A)


ドルチェ&ガッバーナ(下の写真右)は16世紀のケープに、ジャンニ・ヴェルサーチ(写真左)はダドリーのボリュームのあるダブレッドに着想を得て、これらの男性服を現代に蘇らせた。

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( 右 Dolce & Gabbana, Cape, Autumn/Winter 2012, Italy, Wool/ 左 Gianni Versace, Coat, Autumn/Winter 1992, Italy, Leather, Gianni Versace, Historical Archive)


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ショッキングピンクの裏地が付いた花柄のスーツとケープは、ウィメンズウェアのデザイナーのランディ・ラームが、18世紀のヨーロッパの男性服に着想を得て発表したものである。

『キンキーブーツ』( Kinky Boots )や『ポーズ』(Pose)で有名な俳優・活動家であるビリー・ポーター(Billy Porter;1969-)は、2019年のゴールデングローブ賞でこのアンサンブルを着て話題を呼んだ。

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(Randi Rahm, Suit and cloak worn by Billy Porter, styled by Sam Ratelle, 2018, New York, Wool, silk, synthetic, glass, metal, sequins, Randi Rahm)

参考:「Billy Porter's Golden Globes Look Just Changed My Life」『Harpers Bazaar』(2019年1月7日付記事)


この衣装の他にも、ビリー・ポーターが身につける衣装は話題となっているが、彼は、レッドカーペットという舞台で自分自身を「歩く政治的芸術品」(a walking piece of political art)としてアピールしているのである。

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4. Think Pink

なんとなく青は男の子の色、ピンクは女の子の色という考えが私たちの生活には身についているかもしれないが、実はピンクが女性らしさを連想させるようになったのは、20世紀前半になってからである。

それまでは何世紀にもわたって、ヨーロッパでも、特に南アジアや南米から輸入された高価な染料を手に入れることができた人々は、サーモンからマゼンタまで、富と権力の象徴としてピンク色の服を楽しんでいた。


今日のデザイナーたちは、20世紀のジェンダーの規範を相対化し、過去のファッションの華やかさと自由さに着想を得つつ、ピンクに挑んでいるのである。

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パステルピンクは、見る者の気持ちを晴れやかにするとてもパワーのある色味である。

ミラノと上海に拠点を置くブランドPRONOUNCE(プロナウンス)のマオカラースーツ(右)は、その甘いピンク色によって、このスーツの持つ政治的・歴史的な意味合いを変えようとしている。

またトム・ブラウンの作品(中央)は、アメリカのアイビーリーグのスポーツウェアの伝統に基づくものである。

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(左から右へ:Harris Reed, Ensemble, 2017, London, Polyester, Given by the designer, V&A/ Thom Browne, Ensemble, Spring/Summer 2020, Cotton, leather (shoes), Courtesy of Thom Browne/Yushan Li and Jun Zhou for PRONOUNCE, Suit and hat, 2018, Shanghai, China and Mongolia, Merino wool, cotton, regenerated cellulose fibre, plastic, stainless-steel, Given by PRONOUNCE (Yushan Li and Jun Zhou), V&A)

参考:「プーマ×プロナウンス第2弾、テクニカル素材のジャケット&メタリックシルバーのスニーカーなど」『Fashion Press』(2022年1月17日付記事)


メタリックピンクが印象的なハリス・リードのスーツは、1970年代のグラムロックにオマージュを捧げたものであり、パフスリーブと首元のレースがポイントである。

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この衣装を作ったハリス・リードは、2020年にセントラル・セント・マーチンズを卒業したばかりのイギリス系アメリカ人デザイナーである。

「ジェンダーフルイド」(Gender fluid)を提唱しているハリス・リードの作品は、フリルやボウカラー、レースを使った華やかなもの。

ミュージシャンのハリー・スタイルズが彼女の衣装を纏ってアメリカ版『Vogue』に登場した時には大きな反響を呼んだ。

またハリス・リードは、グッチのクリエイティブ・ディレクター、アレッサンドロ・ミケーレのミューズでもあり、グッチのコレクションや広告にも参加している。

年代も性別も違うが、共に表現者であるリードとミケーレは、過去と対話し、ファッションにおける性差を問い直しているのである。

参考:

「Harris Reed Is Harry Styles’s Secret Fashion Weapon—And They Can Be Yours Too」『Vogue』(2020年11月13日)

「贅沢すぎる!アダム・ランバートの生歌でハリス・リードがショーを開催」『FRONTROW』(2022年9月22日付記事)



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(左端 Coat, waistcoat and breeches 1760-70 UK and France, Silk, V&A: T.114 to B-1953/ 左から2番目Coat and waistcoat, 1770-80, UK, Wool, metal, The Mark Wallis, Collection/ Snuffbox, About 1750, France, Mother of pearl, gold, George Mitchell Bequest, V&A)



18世紀のヨーロッパの男性は、ラズベリー色やピンク色、赤などの鮮やかなスーツに、輝くボタンやメタリックなアクセサリーを合わせて身につけていた。

また当時スナッフ(粉末の嗅ぎタバコ)を吸うことが富裕層の間で流行しており、細やかな装飾が施されたスナッフボックスを持つことがお洒落の一環であった。

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さらにインド産の鮮やかなラズベリー色やピンクのシルクで作られたローブは、宮廷で流行していた。

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( Angarkha and paijama, Angarkha (Robe), About 1867, Sindh, Pakistan, Silk and silver-gilt-wrapped thread V&A/ Paijama (Leg garment), About 1855, Sindh, Pakistan, Silk and gold-wrapped thread, V&A)


ロンドンのブランド「ウェールズ ボナー」(WALES BONNER)を手掛ける若きデザイナー、グレース・ウェールズ・ボナー(Grace Wales Bonner)は、柔らかなピンクのモヘアを使うことで、スーツの幾何学的な形状を和らげた。

アーティストのシースター・ゲーツ (Theaster Gates)は、「人種、アイデンティティ、セクシュアリティについての会話を考えるために、新しいレンズを与えてくれるもの」として、ウェールズ・ボナーの作品を讃えている。

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(Wales Bonner, Ensemble, Black Symphony Spring/Summer 2015, UK, Wool, V&A)


鮮やかなピンクのジャケットに、フランドル・レース、そして黒のリボンは、この18世紀フランスの役人のの富と権力を示すものである。

このような華美な服装は、フランス革命時に実用的なズボンを身につけたサンキュロット派が批判し、彼らは、男性服の政治的変革を行った。

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(Jean-Baptiste Perronneau, Jacques Cazotte, Probably 1753, Oil on canvas, The National Gallery, London)


赤い毛皮のマントを着たこの肖像画の人物は、英国の地主、政治家、そして植物学者でもあったリチャード・ミレスであり、ローマへの道程を記した地図が手元にある。

18世紀当時、ヨーロッパの裕福な青年たちの間では、古代の遺跡や歴史的建造物を見る旅「グランドツアー」に出かけることが流行していた。

若者たちは帰国の際、現地で購入した古代の胸像や彫像の石膏模型、色鮮やかで華やかな衣服などを持ち帰り、旅の思い出に耽っていた。

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(Pompeo Batoni, Richard Milles, About 1759, Oil on canvas, The National Gallery, London)


こちらはアイルランド国立美術館が所蔵し、本展のためにV&Aに貸し出されているアイルランド貴族チャールズ・クート卿(Sir Charles Coote, 1st Earl of Mountrath; 初代ベロモント伯)の肖像。

派手な羽飾りがついた帽子に真紅のマント(絵画では退色してピンクになっている)をまとったクート卿は、傲慢で女たらしな人物として有名であった。

褒められるところは何もないようなクート卿であったが、そのファッションセンスだけは定評があったようである。

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( Joshua Reynolds, Charles Coote, 1st Earl of Bellamont, in Robes of the Order of the Bath, 1773-74, Oil on canvas, On loan from the National Gallery of Ireland, Dublin, Purchased, 1875)

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1970年代から80年代にかけて、ミュージシャンたちの間で華やかな化粧が流行し、今日では、男性向けの化粧品市場は世界的に拡大していっているのである。

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(Cracked Actor; David Bowie, 1975, Directed by Alan Yentob, BBC/ Drag king Adam Alltells us, why they love performing, 2018, Stylist Magazine/ Create a natural to intense, look with BOY de CHANEL 2020
Photographed by George Harvey, Models: Ruben Boa, Christopher Einla, Huang Shixin, Chanel Makeup, Running time: 3 minutes, This film has no sound)


18世紀のヨーロッパで絶大な人気を誇った中国のデザイン。

イタリアの仕立て屋は、中国の役人が着ていた龍の模様の宮廷衣裳に手を加え、この華麗なローブとそれに合うウエストコートを作り上げた。

ヨーロッパの男性は、家庭や男友達の間で余暇でこのような異国風の服を楽しんだ。

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(Before 1750 (weaving), 1750-60 (sewing) Nanjing, China and Italy Silk, linen, gold, peacock feather, Purchased with support from a generous individual
V&A)


インカ・ショニバレ(Yinka Shonibare)の一連の写真は、ウィリアム・ホガース(William Hogarth; 1697–1764)の絵画『放蕩一代記』(A Rake's Progress;1732-34)と1990年代に撮影されたノスタルジックな時代劇の両方を参照しながら、エリートの男性たちをパロディとして描いたものである。

作中の印象的な赤いコートと派手なクラバットを身にまとったいかにもダンディな男性を演じているのは、なんと黒人男性。

ショニバレは、19世紀当時の社会的地位や人種にまつわる常識に囚われることなくキャスティングを行なったようであり、それは近年のテレビシリーズ『ブリジャートン家』に登場するヘイスティングス公爵(レジ=ジーン・ペイジ;Regé-Jean Page)の姿を予期させるものでもある。

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(Yinka Shonibare CBE, Diary of a Victorian Dandy: 17,00 hours, 1998 (photographed), 2012 (printed) Photograph, ©-type print in fake gilt frame V&A: E.237-2013)



5. Spectrum

それを作るのに並々ならぬ費用と手間がかかる色鮮やかな衣服は、権力者が着るものであった。

このSpectrumの章では、黄色、橙色、緑、青、赤などの鮮やかな色に一つ一つ焦点を当てつつ説明を進める。

1850年代、合成染料によって様々な色彩を生むことができるようになった時には、紳士服は比較的控えめなものになっていた。

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それから時代は下り、1960年代から70年代にかけて、男性服の色彩は復活を遂げた。

さらにゲイ・プライドの象徴としてレインボーフラッグが作られるようになると、そのスペクトルは、解放と可視性、両方の象徴となったのであった。

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中国において鮮やかな黄色は、1630年代以降、清朝の皇帝や皇后、太后にのみ許される色として扱われていた。

18世紀のヨーロッパでは、中国への憧れから、この鮮やかな黄色が流行し、人々は、刺繍やボタンなどの装飾と黄色の組み合わせを楽しんだ。

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(Waistcoat, 1730-40, Gloucestershire, UK, Silk, Gift of the Wyke, Foundation Trust, Fashion Museum, Bath/ Lord John of Carnaby Street 'Nehru' jacket, 1967, London, Synthetic brocade , Given by Peter Davies, V&A)


赤と黄色の染料を混ぜてできたオレンジは、1740年頃からヨーロッパの男性の間で流行した。

それから2世紀後の1960年代、ロンドンのデザイナー、ミスター・フィッシュは、インテリアデザイナーのデヴィッド・ムリナリックのために、このオレンジ色の家具用布をまばゆいばかりに輝く華やかなスーツに変身させた。


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(Half of a coat, 1760-70, France, Watered silk taffeta, silver (buttons) V&A:  / Mr Fish, Suit, About 1968, London, Cotton velvet, silk, metal, Given by David  Mlinaric, V&A)

参考:「The Peculiar ’60s Designer Who Redefined Men’s Fashion」『The New York Times Style Magazine』(2016年2月29日付記事)


植物や自然を連想させる緑であるが、この緑色を生み出す植物の染料は存在しないため、人々は青と黄を混ぜることで緑を生み出していた。


この18世紀の絹フロックコートの縞模様は、青々とした色調を引き立てるとともに、体のラインを美しく見せているのである。

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(Coat, 1785-90, UK, Silk, linen, wood, Given by Mrs N.J. Batten, V&A/ Quizzing glass, 1820-40, Probably England, Silver-gilt, glass, The Mark Wallis Collection/ Stella Jean, Ensemble, 2014, Burkina Faso and Italy, Cotton, Given by the designer, V&A)


歴史的に藍色や紫は高貴な色として扱われてきた。

特にティリアンパープル(貝紫色)は、王者の紫として特権階級の間でもてはやされ、その染料は高額で取引された。

グッチのデザイナー、アレッサンドロ・ミケーレは、1970年代の豪華な色調、質感、カッティングを思い起こさせルような鮮やかな孔雀色のスーツをハリー・スタイルズのために仕立てた。

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(Alessandro Michele for Gucci Tailoring, Ensemble worn by Harry Styles Pre-Fall 2019, Italy, Velvet (suit), cotton (shirt), silk (scarf), leather (boots) Courtesy of Gucci, Historical Archive/ Ozwald Boateng, Ensemble, 1996, UK
Wool and polyester (suit), polyester and cotton (shirt), silk (tie), Given by the designer, V&A)

※参考:「Gucci sceglie ancora Harry Styles per il Men’s Tailoring Pre-Fall 2019」『GQ Italia』(2019年5月22日付記事)


永遠の権力の象徴である赤。

16世紀にコチニールという色素がメキシコからヨーロッパに伝わると、赤は、赤は勇敢さや頑強さというイメージと結び付けられるようになった。

20世紀後半になると、赤は、ルビー色のスーツを作るポール・スミスらによって、男性服に再び取り入れられるようになっていった。


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(Doublet, About 1620, Italy and England, Silk grosgrain, silk, silver thread
V&A/ Sir Paul Smith CBE, Ensemble, Spring/Summer 1998, UK, Velvet (suit),, cotton (shirt), Paul Smith Ltd)



6. Flower Power

18世紀の男性服に用いられた植物の柄。

実はヨーロッパに自生していた植物が、その柄としてそのまま使われることはほとんどなかった。

洋服の柄に使われたのは、外国から輸入されたテキスタイルに見られる植物柄やモチーフ、そして植民地から持ち帰られた標本であった。

1960年代には、ヒッピースタイルの流行により、アジアや中東に興味を持ったヨーロッパの人々の間で花柄のスタイルが流行したのであった。

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鮮やかな色のペイズリー柄のシャツは、冒険好き、かつ大胆なファッションを志向する男性に好まれた。

写真右は、19世紀末に英国でペイズリーを広めたロンドンの百貨店リバティのシャツであり、ファッションをこよなく愛したロイ・ストロング卿が身につけていたものとのことである。

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(右 Liberty &Co., Shirt, About 1968-73, UK, Cotton, Given by Dr Roy Strong V&A/ Male Mood of London, Trousers, About 1970, UK, Cotton, Given by Sir Roy Strong, Fashion Museum, Bath/ Austin Reed, John Michael, Turnbull & Asser Ties, 1966-70, UK, Silk, Given by Dr Roy Strong, V&A/ Turnbull & Asser, Tie, 1970, UK, Silk, Given by Department of Manuscripts, British Library V&A/ Pierre Cardin, Tie, 1965-79, France, Silk, Given by Mrs Carol B. Ellen, V&A/ 左 Rahemur Rahman with Aranya Crafts Ltd, Ensemble, Collection 3 Children of the Rag Trade, 2022, Bangladesh and London, Denim, V&A)



画家のケヒンデ・ワイリーは、まるでヨーロッパの貴族の肖像画のようにかしこまったスタイルで、カジュアルな普段着やスポーツウェアに身を包んだ黒人を描いた。

その背景の華やかな花柄は、西アフリカの写真館で背景として使われていた柄のテキスタイルを思い起こさせるものである。

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(Kehinde Wiley, Alexander Cassatt, 2017, Oil on wood panel, Private Collection, London)


こちらはいずれもアフリカの花や風景が持つ艶やかな色合いから着想を得て作られた服たち。

シルエットはスポーティーかつシンプルでありながらも、透け感のある素材や明るい色味のせいか、しなやかな印象の男性服である。

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(左 Adebayo Oke-Lawal for Orange Culture, Ensemble, Flower Boy, Autumn/Winter 2020, Lagos, Nigeria, Cotton, V&A/ 右 Ahluwalia Studio, Ensemble, Liberation Spring/Summer 2021, London, Polyester, Given by the designer V&A)



しばしばウィメンズウェアの作り手が参照し、インスピレーションの元としてきたメンズウェア。

華やかな男性服のスタイルは、現代のクリエーターたちによって歴史的に深く掘り下げられ、再発見・再解釈されているのである。

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こちらの細密画に描かれるのは、白い野薔薇に囲まれたエレガントな男性。

アレッサンドロ・ミケーレは、この野薔薇を散りばめたようなスーツをグッチのコレクションとして発表し、「それぞれのスーツは、まるで万華鏡のように詩的なサインを持ち、新たな意味を生み出しているのである」と述べた。

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(Nicholas Hilliard, Young Man among Roses, About 1587, Inscription: Dat poenas, laudata fides (Praised loyalty is punished), Watercolour on vellum, Bequeathed by George Salting V&A)

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(Alessandro Michele for Gucci, Ensemble Spring/Summer 2017, Italy, Silk, Courtesy of Gucci Historical Archive)



また下の写真右のアンサンブルは、キム・ジョーンズのフェンディでのデビューコレクションの際に発表されたもの。

このコレクションは、ヴァージニア・ウルフの小説『オーランドー』と画家・インテリアデザイナーである、ウルフの姉ヴァネッサ・ベルに着想を得て構成され、クチュールに対する革新的なアイデアを提案したのであった。

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 (左 Court suit, 1780-90, UK, Silk, Historic Royal Palaces/ 右 Kim Jones, for Fendi Couture, Ensemble, Spring/Summer 2021, Italy, Silk, Murano glass, Given by the designer, V&A)

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繊細な刺繍や飾りが施されたコート一式。

これらは電気がまだない時代の蝋燭の光のもとでも艶やかに輝いていたに違いない。

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(Coat, Small sword with 1785-90, hilt-case and scabbard, France, About 1775, Silk velvet, linen, England, Given by Mrs R. M. Woods Steel, T.17-1950, Given by Mrs I.G. Hodgson, V&A)

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こちらはルイヴィトンの2018年春夏ウィメンズコレクションで発表されたアンサンブル。

繊細な刺繍で彩られた18世紀のスーツに着想を得たとされている。

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(Nicholas Ghesquière for Louis Vuitton, Ensemble, Spring/Summer 2018, France, Silk, silver thread, Chosen by Alexander Fury as the Fashion Museum's Dress of the Year 2018 Gift of Louis Vuitton/Dress of the Year Collection, Fashion Museum, Bath)



7. Queer Botany

これまで華やかな植物や自然モチーフのメンズウェアを紹介してきたが、19世紀後半になるとヨーロッパの男性服における花のモチーフは、女々しいものとしてマイナスに捉えられるようになっていった。

さらにスミレはレズビアンを、キンポウゲ、デイジー、パンジーはゲイを連想させるといったように、多くの花が肯定的にも否定的にもクィア・アイデンティティーと結びつけられて考えられるようになった。

その一方で、オスカー・ワイルドは、「不自然な」緑のカーネーションを自分のセクシュアリティを示すために身につけた他、耽美主義を崇拝する者たちは、「美の崇拝」への忠誠を示すために、ヒマワリやユリなど特定の意味を持つ切り花を身につけた。

このように花モチーフに対する特別なイメージが広まる中、高価な服の生地は解体されてまた別の服に利用されることもあった。

下の写真左のローブは、花柄のスカートの生地を再利用して作られた男性服の例である。

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(左からRobe de chambre, 1735-50 (weaving), 1820-40 (sewing), London, Silk, The Earl and Countess of Devon Powderham Collection/ Edward Crutchley, Ensemble, 2021, Italy, Recycled polyester, lurex, cotton, Edward Crutchley Private Collection/ Waistcoat, 1730-35, Lyon, France and UK, Silk, wool, linen, silver-gilt thread, V&A)


また2015年にロンドンでデビューしたデザイナー、エドワード・クラッチリーは、18世紀の植物柄のシルク・デザイナー、アンナ・マリア・ガースウェイト(Anna Maria Garthwaite)からインスピレーションを得て、この花柄のドレスを製作した。

男性の胴体にフィットするように作られたタイトなコルセットとボリュームのあるスカートが織りなすシルエットは見事であり、時代や場所、性別にとらわれないスペクタクルを作り上げた。

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下の写真左のこのユニークなティーポットは、1880年代から90年代にかけてのファッションを風刺したものである。

当時、紅茶を飲んだり磁器を収集したりすることは、女性的な楽しみという考えが強かった。

ところがオスカー・ワイルドのようにこの流行を公に取り入れていた男性もおり、彼らはジェンダー規範を破壊するものとして、ある時には賞賛され、またある時には嘲笑されたりした。


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(James Hadley for Royal Worcester, Porcelain Factory, Teapot, William Duesbury & Co., Candlestick figure of male masquerader, 1884, Worcester, England, Parian Porcelain, Given by Asa and Susan Briggs, V&A)


ファッション写真家セシル・ビートン(1904-1980)は、このバラと卵の殻で飾られたシュールなジャケットを、ガーデンパーティーで着るために制作した。

自分の人生を美のパフォーマンスとして捉えていたビートンは、「真にファッショナブルな者はファッションを超える」という信念のもとこの衣装を身にまとった。

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(Sir Cecil Beaton CBE, Coat and mask, 1937, UK, Corduroy, muslin, woollen yarn, plastic, V&A)


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以上、今回も膨大な写真と文章で展示の内容を紹介した。

次の後編で本展のレポートは完結するので、もうしばらくお付き合いいただきたい。


ファッショニング・マスキュリニティーズ(Fashioning Masculinities: The art of Menswear)

会場:ヴィクトリア&アルバート博物館(Victoria and Albert Museum)

住所:Cromwell Rd, London SW7 2RL, England

会期:2022年3月19日から11月6日まで

チケット料金:20ポンド(一般)

公式ホームページ:vam.ac.uk


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