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イタリアの三太郎?イタリアの大手携帯電話会社のCMから見るイタリアの歴史

0. イタリアの三太郎がつなぐイタリアの歴史

2015年の放送開始以来、すっかりお茶の間の定番となった日本の大手携帯電話会社auによる三太郎のCM。


松田翔太さん演じる桃太郎と、桐谷健太さんが演じる浦島太郎と、濱田岳さんが演じる金太郎が、面白おかしく携帯電話やプランの宣伝をするというシリーズ物のCMは、15秒間の中でクスッと笑わせてくれる要素が満載である。

菜々緒さんや有村架純さん、菅田将暉さんなど、旬の俳優さんがぴったりな役柄で、ストーリーを盛り上げてくれるのも魅力的である。

実は、イタリアの大手携帯電話会社ティム(TIM)は、2011年春より、「ティムによるイタリアの歴史」(La storia d'Italia secondo TIM)というユニークなTVCMシリーズを製作していた。

主にネーリ・マルコーネ(Neri Marcorè)、マルコ・マルツォッカ(Marco Marzocca)、 ビアンカ・バルティ( Bianca Balti)という三人の役者さんたちが、イタリアの歴史という大きなテーマに沿って、時代を変え、役柄を変え、コミカルに携帯電話のプロモーションを行う姿を見て、筆者は「イタリアの三太郎」という感想を抱いた。

現在このシリーズは終了しているものの、中にはイタリアの歴史を背景知識として理解していないと、クスッと笑えないような洗練されているものもある。

これらのCMは、ティムの公式Youtubeで見ることができるため、その動画を引用しつつ、シリーズの魅力について書いていきたい。


1. カエサル(紀元前1世紀)

フィレンツェで活躍した14世紀の年代記作者ジョヴァンニ・ヴィッラーニ(Giovanni  Villani; ?-1348)が、当時のフィレンツェを「ローマの娘」と認識していたように、イタリア半島の諸都市のルーツといえば、古代ローマを思い浮かべる人が多い。

古代ローマの英雄の中でも、ガイウス・ユリウス・カエサル(Gaius Iulius Caesar;BC100-BC44)は、有名な男の一人としてあげられるだろう。

カエサル編では、カエサルクレオパトラ(Cleopatra;BC 69-BC30)、マルクス・アントニウス(Marcus Antonius;BC83-BC30)が主要人物として登場する。


(ヒエログリフ読めないよ)

(※以下()内は筆者がCMを見て勝手に付けたタイトル)

このように恋人のクレオパトラとチャットをしているカエサルであるが、クレオパトラが送ってくる古代エジプトの文字ヒエログリフが読めないのである。


(史上最強GKカエサル)

こちらはイタリアのサッカーリーグ・セリエAとのコラボ作品。

カエサルを前に、絶対に決められないゴールの様子が描かれる。


なお『テルマエ・ロマエ』を観た・読んだことがある方は御存知だろうが、この時代ではラテン語が使われていた。

そのため、CMの中ではカエサル(Caesar)は、現代のイタリア語の読みで「チェーザレ」(Cesare)と呼ばれていることに注目である。

他にもカエサル編は、沢山の作品があるが、まだまだ紹介したい動画がたくさんあるためサクサクと進んで行くことにしよう。


2. マルコ・ポーロ(13世紀)

次は1000年以上時代が進んでマルコ・ポーロの時代である。

マルコ・ポーロ(Marco Polo;1254-1324)は、1270年代から90年代にかけて、中央アジア方面を航海したヴェネツィア共和国の商人であり、その経験をもとに彼が語ったとされる『東方見聞録』(Il Milione)が有名である。

この頃のイタリア半島では、書く都市国家が繁栄を極めており、その商業技術も極めて高度に発展していた。

商人たちは、読み・書き・算数を学んでいたために、この時代の他の地域に比べると、イタリア半島は識字率が高かった。

その上、マルコ・ポーロのように長距離の航海を行うものもいたために、特にヴェネツィアのような海の街は、様々な地域・民族の文化の交差点となっていた。

TIMのマルコ・ポーロシリーズでは、マルコ・ポーロと二人の従者をもとにストーリーが展開される。


(まずはタブレットを見よう)

マルコ・ポーロのような長旅を行うものは、まずタブレットを使おうという話。



(映えのためなら何でもやる)

TIMならば1000通までSMSを無料で送ることができる。

写真撮影に必要な人たちも直ちに集めることができるよという話。



(サフランと火薬、間違えたみたい...)

マルコ・ポーロの部下は「サフランと間違って火薬をヨーロッパの顧客に送っちゃったみたい。」と慌てふためく。

 「TIMのプランなら大丈夫だろうから、すぐにヨーロッパに電話をかけろ」というオチである。


このシリーズの注目すべき点は何と言っても、13世紀のモンゴル帝国全盛期をイメージしていると思われるアジアのマーケットの様子ではないであろうか。

CMを撮影する際にも、数多くのアジア人をキャスティングしているようである。

背の低い方の俳優さんの服装や髪型をよく見てみると、西欧の人というより、モンゴル帝国のどこかの族の人という感じである。



3. ダンテ・アリギエーリ(14世紀)

一つ一つ動画を開いて読んでくださっている方は、そろそろ「♪トゥール、トゥール、トゥルル、トールゥ、トールゥ、トールゥルゥ、トルゥルゥルゥルゥルゥルゥ....」というテーマ曲が頭に入ってきた頃ではないのであろうか。

3番目の主人公は、イタリア文学史上の傑作として今も人を惹きつけてやまない『神曲』(La Divina Commedia)の作者ダンテ・アリギエーリ(Dante Alighieri;1265-1321)。

『神曲』の中には、当時政変の影響を受けて祖国のフィレンツェから追放され、放浪していたダンテ自身が主要人物として登場する。

作中のダンテは、人生の道に迷っていたところを、古代の詩人ウェルギリウス(Vergilius;BC70-BC19)の導きによって、地獄、そして煉獄を見て、様々な気づきを得ながら進んでいく。

最後に、若くして亡くなったダンテの想い人ベアトリーチェが、ダンテを天国まで導くというストーリである。

実際に、ベアトリーチェは、ダンテが幼少の頃に出会った女性であるが、実際にダンテと会った回数はわずかである。

そんな恋の思い出を歴史に残る文学作品に昇華させたダンテの筆の力は、ただただ凄まじいとしか言いようがない。

本シリーズのCMに登場するのは、ダンテ、ダンテを導くウェルギリウス、ベトリーチェ、そして地獄の愉快な仲間たちである。



(人生も道半ば)

これはちょうど『神曲:地獄篇』でダンテが森で迷っている様子を再現している。

「我らの人生を半ばまで歩んだ時

(Nel mezzo del cammin di nostra vita)

目がさめると暗い森の中をさまよっている自分に気づいた。

(mi ritrovai per una selva oscura)

まっすぐに続く道はどこにも見えなくなっていた。

(ché la diritta via era smarrita.)」

(訳:ダンテ・アリギエリ、原基晶訳『神曲:地獄篇』講談社学術文庫、2014年、26頁。)

とダンテがつぶやいているのにお気づきであろうか。

原作では暗い森の中をさまよっているはずのダンテであるが、CMの森は明るく、さらに天国にいるベアトリーチェとも簡単に通話できるという、なんともお手軽で幸先の良い旅のように思われる。


(地獄でも見たいサッカー)

こちらはサムスンのタブレットのプロモーション。

TIMのプランならば、地獄の底でも電波が途切れることなくサッカーが観戦できるよという話である。


他のCMを見てみても、『神曲』のあの場面かな?と思わせるような面白いエピソードが盛りだくさんなシリーズである。



4. レオナルド・ダヴィンチ(15世紀後半から16世紀初頭)

4人目の主人公は、ルネサンス期の万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci;1452-1519)。

建築、幾何学、解剖学、物理学、天文学などなど、様々な分野で優れた才能を持っていたレオナルドは、当時の君主に重用されていたものの、彼が画家として残した作品は、とても数が少ない。

それは、作品が完成に至らなかったり、また納期を伸ばしていたりしたためでもあった。

本シリーズでは、レオナルド・ダ・ヴィンチと、弟子のトマッシーノ、そして『モナ・リザ』と『白貂を抱く貴婦人』に扮した女性が登場する。



(マエストロ、それは鏡文字です)

レオナルドは、メディチやラファエロなど、知り合いに電話をかけようとするのだが、おばあさんに間違い電話をしてしまい「またお前かー!!」とおばあさんに怒られる。

それもそのはず、レオナルドは、電話帳に鏡文字で番号を記録していたのであった。




(著作権...)

『モナ・リザ』制作中のレオナルド。

インターネットでこの作品が使われれている商品をたくさん見つけ「ちょっと弁護士にメール送ってくる」と言うレオナルド。


一つ気になったのは...

このCMのようにレオナルドは、屋外で絵を描いていたのだろうか?

戸外制作が盛んになり、風景画が一つのジャンルとして成立するのは、19世紀頃と理解していたが、それは持ち運べる道具や絵の具の発展のおかげでもあった。

レオナルドの作品にも豊かな自然が書き込まれているが、このように大自然の中で描いていたかは定かではない。

他にも本シリーズには、レオナルドの奇想天外な発明など楽しい工房の様子が登場する。



5. コロンブス(16世紀)

5人目の主人公は、レオナルド・ダ・ヴィンチと同時代を生きた冒険家クリストフォロ・コロンブス(Cristoforo Colombo;1451-1506)である。

ジェノヴァ出身とされる商人コロンブスは、若い頃より海で商売を行い、スペイン王室イザベラ1世(Isabel I de Castilla;1451-1504)などの保護を得て、新大陸への航海に挑戦する。

コロンブスの新大陸への旅が始まったのは1492年。

それは、イベリア半島でグラナダが陥落、レコンキスタが完了し、またローマ教皇としてアレクサンデル6世が就任した年でもあった。



(インディオは鏡要らない)

新大陸に到着したコロンブスは、鏡と引き換えにインディオと取引をしようとする。

インディオは鏡は要らない、スマホが欲しいというオチである。



(インディオはタブレットを持っている)

インディオとのボディランゲージのやりとりがコミカルな作品。


(チャオ、イザベッラ)

豪華な衣装に身を包んだ女性こそが、コロンブスのパトロンであるスペイン女王イザベラである。


このシリーズのインディオを見て、なんとなく胸が傷んだというのが正直な感想である。

というのも大航海時代には、多くの船がヨーロッパから新大陸に渡り、トマトやトウモロコシなど様々なものがヨーロッパにもたらされた一方で、新大陸は、ひたすら搾取される植民地に成り下がった。

またこのCMで描かれているインディオも半裸で背が低く、片言のなまったイタリア語を話すというように、いかにも未開の現地人という演出がなされている。

16世紀の大航海時代は、西欧諸国にとっては、国力を充実させるきっかけとなった時代であった一方で、現地の人々にとっては、突然やってきた侵略者に奪われ続けるという受難の時代の始まりであったことは忘れてはならないであろう。



6. カサノヴァ(18世紀)

6人目の主人公は、ヴェネツィア共和国出身の18世紀の作家ジャコモ・カサノヴァ(Giacomo Casanova;1725-1798)。

一応作家と書いたが、投資家、外交官、聖職者などと様々な肩書きを持っていたカサノヴァは、何よりも華麗なる女性遍歴で有名であった。

稀代の色男の代名詞でもあるカサノヴァが生きた18世紀イタリアは、諸外国による影響を受けていた時期でもあった。

イタリア半島のそれぞれの都市の政治的な力はとても弱かった一方で、ヴェネツィア共和国は洗練された文化の発祥地でもあった。

そんなカサノヴァは、フェデリコ・フェリーニによって映画化もなされている。(『カサノバ』(Il Casanova ;1976)




(駆け引きはSMSで)

カサノヴァのお目当の女性は、すでに他の若者とSMSで通じていたというオチであるが、豪華な舞踏会の様子や室内装飾、衣装に注目である。



(そんなことより新プラン)

人妻のベットに忍び込んだ後、ちゃっかりプランの宣伝も忘れないカサノヴァである。


他にも18世紀のイタリア、ヴェネツィア共和国の様子が描かれている本シリーズ。

美しいゴンドラにきらびやかなフランス風の衣装などは、見ているだけで胸が踊る。



7. ガリバルディ(19世紀後半)

最後、7番目の主人公は、イタリア建国の父ジュゼッペ・ガリバルディ(Giuseppe Garibaldi;1807-1882)である。

1494年にフランス王シャルル8世が、ナポリの王位継承権を求めて発生したイタリア戦争(1494-1555)以降、イタリア半島の各都市は、それぞれがばらばらに諸外国の支配を受け続けた。

このガリバルディが、1860年代にイタリアを統一するまで、イタリアという国家は、存在していなかったのである。

本シリーズには、ガリバルディと妻のアニータ、そしてガリバルディのマンマが主な登場人物として登場する。


(TIMのプランが最大の武器)

敵軍に対してTIMのプランを訴えかけることで、投降を促すガリバルディ。

ガリバルディが従えている軍は、赤いシャツを着ていることにお気づきであろうか。

彼らは、赤シャツ隊(Camicie rosse)と言って、ガリバルディの部下たち及び私設部隊である。


多くの数の動画を紹介してきたが、これが最後である。

(だからまだイタリアはないんだって!)

ガリバルディのマンマ「イタリア国内なら1週間2ユーロで電話ができる」

ガリバルディ「イタリアはまだないよ

マンマ「早く統一しなさいよ」

ガリバルディ「今それをやってるんだよ」

マンマ「今、ジュゼッペは難しい時代にいるみたい...」

という、今まで散々「イタリアの歴史」(storia d'italia)を語ってきたが、イタリアという国はまだないという壮大なオチである。


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以上、イタリアを語る上で欠かせない7人の人物を元に「イタリアの歴史」を紹介した。

ガリバルディの章で書いた通り、イタリアという国家自体は、19世紀の後半にならないと誕生しない。

輝かしい古代ローマが過ぎ去った後、中世からルネサンス期にかけて(12世紀から15世紀)、イタリアの各都市国家は反映し、その時代の素晴らしい芸術作品は偉大なる遺産として今も残っている。

その一方で、16世紀以降のイタリアは、諸外国による支配を受け続けることになり、この近代国家誕生の遅れという事実は、イタリアにとって大きなコンプレックスとして残ることになった。

第二次世界大戦後、奇跡の復興を遂げたイタリアは、経済的に危ない橋を渡りながらも、それぞれ個性の強い都市を抱えつつなんとかやってきた。

ところが2020年2月下旬以降、イタリアは、未曾有の危機にさらされている。

連日のようにコンテ首相の発表を聞き、イタリア国民はじっと耐え、終息を願っている。

今ほど、イタリアという国のまとまりを実感する時はないのではないだろうか。

今はイタリアという国が、この危機を克服し、次の歴史の1ページに進めるように祈るより他ないのである。



参考:

ヴェネディクト・アンダーソン、白石隆・白石さや訳『想像の共同体:ナショナリズムの起源と流行』書籍工房早山、2007年。

北原敦編『イタリア史 :新版 世界各国史』山川出版社、2008年。

藤内哲也編『はじめて学ぶイタリアの歴史と文化』ミネルヴァ書房、2016年。

ダンテ・アリギエリ、原基晶訳『神曲:地獄篇』講談社学術文庫、2014年。

(文責:増永菜生 @nao_masunaga

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