見出し画像

ヴァチカン美術館(Musei Vaticani) vol. 1:歴代教皇ゆかりの美術品を所有する巨大美術館の歴史

今回のnoteでは、歴代教皇の収集・所有品を展示する巨大な施設・ヴァチカン美術館(Musei Vaticani)を紹介する。

ヴァチカン市国に位置するこの美術館には、ミケランジェロが製作したシスティーナ礼拝堂の壁画や、ラファエロが製作した装飾もコースの中に含まれている。

美術館を歩いていると、見どころに次ぐ見どころ、そのうちスタンダール症候群に陥り、目眩を起こしてしまうのではないかと思うくらい、素晴らしい美術品に溢れているのである。

撮影した写真も膨大な枚数となってしまったため、今回のnoteでその歴史や最初の方の展示室を紹介後、数回にわたって、ヴァチカン美術館の美術品や展示室について書いていきたいと思っている。

画像1

ヴァチカン美術館の所蔵品の説明に入る前に、まずその歴史の説明から始めよう。



1. ヴァチカン美術館の歴史

1-1. 15世紀の教皇たち

ヴァチカン美術館は、歴代教皇たちが集めた美術品を所蔵する大小様々な美術館、絵画館、図書館、礼拝堂、そして教皇の居室の集合体である。

中でも教皇ニコラウス5世(Nicholaus V;1397-1455/ 在位 1447-55)の礼拝堂の歴史は古く、フラ・アンジェリコ(Fra Angelico)が礼拝堂内のフラスコ画を手がけた。

15世紀末ボルジア家出身の教皇アレクサンデル6世(Alessandro VI;1431-1503/ 在位 1492-1503)は、自身の居室の装飾をピントゥリッキオ(Pinturicchio)に命じ、1494年に完成した。

ボルジアの間

以降、ボルジアの間と呼ばれるこの部屋には、ボルジア家の人物が描かれるほか、1970年代より現代アートの特別展の展示室としても使われてきた。

ボルジアの間2



1-2. 16世紀の教皇たち

教皇アレクサンデル6世の治世に勃発したイタリア戦争(1494-1559)に加え、教皇領内でも争いが続いていたものの、デッラ・ローヴェレ家出身の教皇ユリウス2世(Julius II; 在位 1503-1513)とメディチ家出身の教皇レオ10世(Leo X; 在位1513-1521)の時代の教皇庁は未だに大きな権力を握っていた。

特に古代ローマの歴史を伝えるコレクションは、これらの教皇の時代に拡充された者であった。

1506年、ユリウス2世は、これらの古代のコレクションを展示するためにオクタゴナル・コート(Octagonal Court)を作った他、1508年にはミケランジェロ(Michelangelo Buonarotti)にシスティーナ礼拝堂の壁画などの製作を命じた。

またユリウス2世は、ラファエロの間の装飾にも携わっている。

その前の教皇の部屋を使いたがらなかったユリウス2世は、ラファエロ・サンツィオ(Raffaello Sanzio)に新たに部屋の装飾を命じた。

この偉大なプロジェクトは、次の教皇レオ10世の時代にも受け継がれることとなり、またこの教皇は、ラファエロに対して新たにキアロスクリの部屋(Room of the Chiaroscuri)の製作を命じた。

ヴァチカン1


ラファエロの間には、セニャトゥーラの部屋(Room of Segnatura; 1508-1511)、ヘリオドルスの部屋(Room of Heliodorus;1511-1514)、ボルゴの火災の部屋(Room of the Fire in the Borgo;1514-1517)、コンスタンティヌスの部屋(Room of Constantine;1517-1524)が含まれている。

ラファエロは1514年に急逝したため、その弟子たちによってこれらの部屋のフレスコ画は完成させられた。



1-3. 16世紀末から17世紀前半の教皇たち

対宗教改革を推進した教皇グレゴリウス13世(Gregorius XIII;在位1572-1585)は、数学者イグナツィオ・ダンティ(Ignazio Danti)に40枚もの巨大地図で壁を装飾するというプロジェクトを命じた。

こうして地図のギャラリー(La Galleria delle Carte Geografiche)は1581年に完成し、美術館を代表する見所の一つとなっている。

地図のギャラリーは、ウルバヌス8世(Urbanus VIII;在位1623-1644)の時代に修復されたほか、この教皇は、1631年に私的な礼拝堂としてウルバヌス8世の礼拝堂を作らせた。



1-4. 18世紀の教皇たち

18世紀後半より、都市ローマ及びラツィオ地方では発掘作業が進んだ結果、ヴァチカン美術館の古代美術コレクションも拡大していった。

こうして啓蒙主義の影響もあって、クレメンス14世(Clemens XIV;在位1769-1774)とピウス6世(Pius VI;1775-1799)の時代には、古代美術を保全し、学術研究に役立てるという目的でピウス・クレメンス美術館(Piu Clementino Museum)およびオッタゴノの庭(Cortile Ottagono)が作られた。

この庭を取り囲むようにして、動物のホール(Hall of Animals)、ミューズのホール(Hall of the Muses)、彫像のギャラリーと胸像のホール(Gallery of the Statues and the Hall of Busts)などといったピウス・クレメンス美術館の各セクションが建っている。

またピウス6世は1790年におよそ118の絵画をヴァチカン美術館のために獲得したものの、1797年、ナポレオンと条約を結ぶとこれらの貴重なコレクションはフランスに接収されてしまったのであった。



1-5. 19世紀の教皇たち

19世紀に入ると、教皇ピウス7世(Pius VII;在位1800-1823)は古代の美術品コレクションを拡大し、キアラモンティ美術館(Chiaramonti Museum)を創設した。

さらにアントニオ・カノーヴァ(Antonio Canova)の努力によって、ヴァチカンの古代美術のコレクションはこの時期に充実していくこととなる。

またナポレオンが接収した美術品がヴァチカンに返却されたほか、1816年、一般開放に向けて、ヴァチカン美術館の規約が作られた。


教皇グレゴリウス16世(Gregorius XVI;在位 1831-1846)の時代になると、1837年にグレゴリウス・エトルリア美術館(Gregorian Etruscan Museum)を、1839年にはグレゴリウス・エジプト美術館(Gregorian Egyptian Museum)、1844年にはグレゴリウス・プロファーノ美術館(Gregorian Profano Museum)が開かれた。


続くピウス9世(Pius IX;在位 1846-1878)の時代には、ピウス・クリスチャン美術館(Pius-Christian Museum)が作られた。



1-6. 20世紀の教皇たち

20世紀に入るとピウス10世(Pius X;1903-1914)によって、ユダヤのカタコンベから発掘されたものを展示するユダヤのラピダリウム(Jewish Lapidarium)が作られた。

続いてピウス11世(Pius XI;1922-1939)は、1927年におよそ4万点にもわたる世界中から集められた美術品を宣教師・民俗学美術館(Missolonary-Ethnological Museum)を開いた。

さらにこの教皇は、展示スペースの不足などの問題もあったが、1932年にはヴァチカン絵画館(Vatican Pinacoteca)を創設した。

ヴァチカン8

ピウス11世は、美術館や絵画館だけではなく、1923年に所蔵品の修復を行う工房として絵画・木質材料修復工房(Painting and Wood Materials Restoration Laboratory)を作っている。


20世紀後半に入るとパウルス6世(Paul VI;1963-1978)は、グレゴリウス・プロファーノ美術館やピウス・クレメンス美術館などもヴァチカン美術館の一部として一般公開できるように順路を整えた。

またこの教皇は、現代アートを展示するための現代アートコレクション(Collection of Contemporary Art)の展示室を開いた。


1-7. そして21世紀の教皇へ

1978年から2005年まで26年5ヶ月(歴代2位の在位期間)にわたって教皇の座に就いたヨハネ・パウロ2世(Ioannes Paulus II;在位 1978-2005)は、1979年からおよそ30年間にわたってシスティーナ礼拝堂の修復を行なった。

そのほか、1980-81年にはメタル・セラミック修復工房(Metals and Ceramics Restoration Laboratory)を、1984年には石材修復工房(Stone Materials Restoration Laboratory)、2001年には民俗学修復工房(Ethnological Material Restoration Laboratory)を充実させた。

またこの教皇の在位中の1984年にユネスコによってヴァチカン美術館は、世界遺産に登録されることになる。

続くベネディクトゥス16世(Benedict XVI;2005-2013)は、1542年から1550年の間にミケランジェロによって描かれた壁画を含むパオリーナ礼拝堂(Pauline Chapel)の修復を主導した。

またこの教皇は、2012年10月31日、システィーナ礼拝堂の天井画500周年記念の式典も執り行った。

2021年現在、現教皇であるフランシス(Francis;在位 2013-)は、2014年11月にミケランジェロ没後450周年とシスティーナ礼拝堂修復20周年記念式典を行なった。

以上、500年以上にわたるヴァチカン美術館の歴史を各教皇の業績をもとに駆け足で概観した。

次の章より、一つ一つ展示室を見ていきたい。


補足:チケット売り場

筆者は予めネット上でヴァチカン美術館のチケットを予約し、指定時間に美術館に向かった。

※ヴァチカン美術館の公式予約サイトはこちら→

入り口ではセキュリティーチェックを受ける。

画像2

受付でスマホに保存した予約票を見せ、チケットを受け取る。

画像3

このようにヴァチカン美術館では、美術館の作品をタグ付けしてシェアするようにという表示がある。

海外の美術館には貴重な美術品の写真を撮り、それをネット上に掲載してもよいというところがわりと多いが、それは日本の美術館とかなり異なる点だと思っている。

もちろん撮影禁止、ネット上に掲載するには注意が必要、さらには何らかの金銭が発生する商業目的で使用するのは禁止という美術館・博物館もあるので、ルールはしっかり確認した上で撮影したいところである。

画像4



2. キアラモンティ美術館(Chiaramonti Museum)

美術館の入り口にはこのようにがっつり見学コースショートカットコースが提示されている。


画像23

せっかくならば余すことなく鑑賞したい気もするが、なんせ広大な敷地面積を誇る美術館の集合体であるため、時間のない方はショートカットコースもありであろう。

画像24

いずれにせよ、ラファエロの間やシスティーナ礼拝堂など見所は押さえられるというコース編成になっている。

画像25

まず開放感のあるピーニャの中庭(Cortile della Pigna)を通過しつつ、キアラモンティ美術館(Museo Chiaramonti)へ。

画像26

イタリア語で松ぼっくりを意味するピーニャ(Pigna)の名の通り、写真には写っていないが、ここには松ぼっくり型の像が立っている。

庭

因みにイタリア語でパイナップルはアナナス(ananas)と言い、ピーニャという言葉は付かないので注意である。


庭2

中庭の中央にある球形のブロンズのオブジェは、彫刻家アルナルド・ポモドロ(Arnaldo Pomodoro;1926-)の作品。

1990年に作られたこちらの作品(Sgera con sfera)は、直径4メートルの巨大な彫刻である。



画像27

キアラモンティ美術館は、長い回廊からなり、キアラモンティ家出身の教皇ピウス7世(Pius VII;在位1800-1823)からその名が付けられている。

ヴァチカン

画像28

奇しくもこの教皇の治世において、ナポレオン・ボナパルト率いるフランス軍がイタリア半島に迫っていた。

前教皇ピウス6世とナポレオンとの間に結ばれたトレンティーノ条約(Treaty of Tolentino;1797) をもとに、ピウス7世は、ヴァチカンのコレクションをフランスに渡すことを命じられた。

近世以降、政治的に弱体化していたイタリアの美術品は、フランスを始めとする列強の国々にわたることが多かったが、ヴァチカン美術館も例外ではなかった。

画像29

このような不幸に見舞われたヴァチカン美術館であったが、ナポレオンの覇権時代が終わった1815年のウィーン会議における彫刻家アントニオ・カノーヴァの尽力により、ヴァチカンのコレクションの大半はフランスから取り戻されることになった。

画像30

また教皇領における遺跡の発掘も進んだこともあり、古代美術コレクションが充実することになり、1806年にはこのキアラモンティ美術館が開かれたのであった。

こうしてキアラモンティ美術館には1000以上もの古代の彫刻や胸像などが並んでいる。


画像31




3. ピウス・クレメンス美術館(Pio Clementino Museum)

次のピウス・クレメンス美術館(Pio Clementino Museum)は、元々はユリウス2世(治世 1503-1513)の時代から集められていた古代の彫像コレクションを所蔵する巨大な美術館である。

先にも言及した通り、18世紀後半以降、ローマにて遺跡の発掘作業が進み、また啓蒙主義思想の普及により、古代の遺物の収集および保全を行うための施設が求められるようになっていた。


ピウス・クレメンス美術館は、ガンガネッリ家出身のクレメンス14世(Clement XIV;治世 1769-1774)とブラスキ家出身のピウス6世(Pius VI;1775-1799)の二人の教皇の名前に由来している。

この美術館は既存の部屋を修復することで展示室を新たに生み出した。

18世紀末のナポレオンによる美術品の接収・19世紀初頭のフランスからの美術品の返還を経て、ピウス・クレメンス美術館には膨大な量の古代の美術品が展示されている。

また八角形の庭(Octagonal Court)、新館(New Wing)、ミューズのホール(Hall of the Muses)など展示室の数が多いのもピウス・クレメンス美術館の特徴でもある。

画像37



八角形の庭(Cortile Ottagono)は、元は教皇ユリウス2世(1503-1513)が古代の彫刻コレクションを展示しようとした場でもある。

画像39

18世紀の教皇クレメンス14世とピウス6世は、この庭に展示されていた彫刻を計画中の美術館に移すことに決定した。

画像40

このように彫刻たちは屋外から屋内に移されたわけだが、いくつかの作品は今もこの庭に展示されている。


新館(New Wing)には、ナポレオンに接収された後に返却された美術品が展示されている。

ヴァチカン2

教皇ピウス7世(1800-1823)は、ローマの建築家ラファエル・スターン(Raffaele Stern)に対して、このキアラモンティ美術館の新館の建築を命じた。

画像41

色鮮やかな大理石と全長68メートルのギャラリーが特徴的な新館であるが、残念ながら筆者は床のモザイクなど僅かにしか撮影していなかった。

画像42


1784年に一般公開されたミューズのホール(Sala delle Muse)には、ティボリ近くのカッシウスの邸宅から発掘されたアポロンやアテナといった古代ギリシア神話の神々の彫刻が展示されている。

これらの彫刻はいずれもローマ皇帝ハドリアヌス(Publius Aelius Trajanus Hadrianus; 76-138)の時代まで遡るものである。

画像43

またこれらの彫刻は18世紀に修復が施されている。

画像44

画像45

画像46

画像47

画像48



1779年にミケランジェロ・シモネッティ(Michelangelo Simonetti)によって完成した円形ホール(La Sala Rotonda)の中央には、壁の窪みに彫像が建っているほか、およそ13メートルにも及ぶ巨大な赤い水鉢が設置されている。

画像50

この鉢は、ローマ帝国の時代には公の場にラウンドマークとして設置されていたと推定されている。




ギリシア十字架のホール(Sala a Croce Greca)も、教皇ピウス6世(1775-1799)の治世に建築家ミケランジェロ・シモネッティによって建てられたものである。

画像51



その中心はアテナの胸像のモザイク画で彩られている。

画像52


青やオレンジ、黄色、薄緑の地中海を彷彿させるカラー、万華鏡のように美しいモザイクである。

アテナと共にメドゥーサの首も描かれている。

画像54

画像55

画像56




4. グレゴリウス・エトルリア美術館(Gregorian Etruscan Museum)


画像57


グレゴリウス・エトルリア美術館(Gregorian Etruscan Museum)は、1837年2月2日にグレゴリウス6世によって創設された。画像59

画像60

その名の通り、ブロンズやガラス、象牙、テラコッタなど様々なエトルリア時代の美術品が展示されている。

画像61

このブースは、もとは16世紀に建てられたものであり、グレゴリウス6世の時代である19世紀になって美術館用に改築されている。画像62

画像63

そのため建物には16世紀の建築の名残が見られるのである。



5. カンデラブラのギャラリー(Galleria dei Candelabri)

カンデラブラのギャラリー(Gallery of the Candelabra)は、カラフルな大理石の柱とともに、このギャラリーを六つのセクションに分ける巨大な大燭台(candelabrum)に由来している。

画像64

1785年から88年にかけてピウス6世によって建てられたこのギャラリーは、19世紀末の教皇レオ13世(Leo XIII;1878-1903)に命じられたアンニーバレ・アンジェリーニ(Annibale Angelini)ら当時の芸術家よって改築されている。

画像65

画像66

画像67

隅々まで細やかに細工が施された壮麗な天井画にも注目である。

画像68

画像69

画像70

画像71



以上、ヴァチカン美術館の歴史といくつかの展示室を紹介したがまだまだ序の口。

これから数回に渡ってヴァチカン美術館について書いていくので、乞うご期待!


-----------------------------------------

ヴァチカン美術館(Musei Vaticani)

住所:00120 Città del Vaticano

開館時間:8:30-16:30

入場料:17ユーロ(一般料金)、8ユーロ(割引料金)

公式ホームページ:museivaticani.va


(写真・文責:増永菜生 @nao_masunaga







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?