ピーター・リンドバーグの写真展がミラノのアルマーニ/ シーロスにて開催:Heimat. A Sense of Belonging(ハイマート:「故郷」を胸に抱いて)
1. リンドバーグとアルマーニの絆
1-1. ピーター・リンドバーグのルーツと作品
2019年に惜しまれつつも亡くなった世界的ファッションフォトグラファーのピーター・リンドバーグ( Peter Lindbergh;1944-2019)。
彼が表現する女性らしさや個性は、常に観る者を惹きつけてきた。
今回のnoteでは、ミラノのアルマーニ/ シーロス(Armani/ Silos)開催中のリンドバーグの写真展を紹介する。
もともと2020年2月から数ヶ月間開催予定だった本展は、ロックダウンなどの影響を受けて、その会期は2021年に大きくズレ込むこととなった。
ジョルジオ・アルマーニとピーター・リンドバーグ財団が監修した本展のテーマは、”Heimat. A Sense of Belonging”(ハイマート:「故郷」を胸に抱いて)。
ドイツ語で、単なる家以上の、人が帰属する心のよりどころを意味するHeimat(ハイマート)という単語。
西ドイツで幼少期を過ごしたリンドバーグのハイマートとは、どんなものであったのだろうかと考えさせられるような構成となっている。
ここで簡単にリンドバーグのプロフィールを振り返っておこう。
リンドバーグは、第二次世界大戦中の1944年、ドイツ領レシュノ(現在はポーランドに帰属)に生まれ、幼少期を西ドイツのデュースブルクで過ごした。
ベルリンでファインアートを、クレーフェルトで絵画を学んだ彼は、27歳の時にデュッセルドルフに移動し、写真家として活動するようになった。
1978年にパリに移ると、本格的にファッションフォトグラファーとして活躍するようになり、『ヴォーグ』、『ローリング・ストーンズ』、『ハーパース・バザー』などといった世界の名だたる雑誌にも活動の場を広げていった。
その他、ロンドン、パリ、ニューヨーク、ベルリン、東京などといった世界各地で写真展も開催した。
被写体のパーソナリティーに関心を寄せていたリンドバーグの写真には、無駄なものがなく、無駄な修正や装飾もない。
そのためリンドバーグの写真は、シンプルながらも被写体の生命力や剥き出しの美を捉えており、これまで煌びやかであるべきだとされていたファッション写真の基準を変えていった。
1-2. アルマーニとリンドバーグ
共に飾らない、真実の美しさを追求するジョルジオ・アルマーニとピーター・リンドバーグは、1980年代以降、幾度となくタッグを組んできた。
リンドバーグは、「タイムレスなものの価値」を見事に表現するアーティストであると、アルマーニはインタビューの中で述べている。
ミラノに建つアルマーニ / シーロスの地上階で行われている本展は、3つのセクションに分けて、リンドバーグの代表的な作品を展示する。
一つ目のセクションは、「むき出しの真実」(The Naked Truth)、二つ目は「故郷」(Heimat)、三つ目は「現代のヒロイン」(The Modern Heroine)。
これらの作品には、リンドバーグが、幼少期に過ごした工業都市デュースブルクの影響が見られるという。
説明はこの辺にしておこう。
次からは主に写真をメインに紹介するため、心ゆくまで鑑賞していただきたい。
2. The Naked Truth(むき出しの真実)
数々のポートレイトが並ぶ最初のブース、「むき出しの真実」(The Naked Truth)。
(入り口に入ったところから向こう側のブースを捉えた様子)
被写体のありのままの姿を捉えたシンプルなポートレイトは、リンドバーグの感性をよく物語っている。
リンドバーグによって映し出された被写体たちは、その表情や眼差しから自身の魂を全面に伝えようとしてきているようにも感じる。
こちらを見つめてくる被写体。
作品の前に立つと、そこには、リンドバーグ曰く「モデルとカメラの間にある感情的なスペース」と呼ばれるものが確実にある。
(Eddie Redmayne, Aubervilliers, France, 2011)
(Marie-Sophine Wilson, Tatjana Patitz, Lynne Koester, Le Touquet, France, 1987)
(Linda Evangelista, Bahamas, 1989)
(Antonio Banderas, Los Angeles, 1995)
被写体には完璧な化粧やヘアセットが施されているわけではなく、服にもシワがよっている。
フォトショップなんてもってのほか。
これらの作品は、「美は不完全さに宿る」(beauty nestles in the imperfections)というリンドバーグの信念のもと生み出されているのである。
(Catherine Deneuve, Deouville, France, 1991)
3.「故郷」(Heimat)
リンドバーグの故郷であるデュースブルクは、霧が深く、コンクリートの建物が立ち並ぶ工業都市であった。
ここアルマーニ/ シーロスの会場は、もともと無機質な印象を受けるが、その設営がことさらリンドバーグの作品とマッチしているように感じた。
また展示室には、微かな機械音が鳴り響いており、リンドバーグのハイマートであるモノクロの工業都市というものが上手く演出されていた。
かつて「もし違う場所で生まれ育ったならば、自分は全く異なる感性を持っていたかもしれない」とリンドバーグは述べたという。
それほどハイマートとは、リンドバーグにとっては強烈な存在であった。
(Milla Jovovich, Paris, 1998)
(左上・右上・左下Berlin, 1989、右下Atelier Boude, Paris, 1997)
機会と女性、硬いものと柔らかいもの、一見対極にあるように思われるものが写されているが、そこに共通するのは「強さ」である。
(Michaela Bercu, Linda Evangelista, Kirsen Owen, Pont-à-Mousson, France, 1988)
(左 Eiffel Tower, Paris, 1989/ 右 Linda Evangelista, Kirsten Owen, Michaela Bercu, Pont-à-Mousson, France, 1988)
合理精神と近代科学の申し子とも言える金属の機械や建物。
リンドバーグのハイマートであるとはいえ、なぜ彼はこのような無機質なものを撮影したのか、答えに近づきたくて目を凝らす。
精密な設計図のもと生み出された建物や機械は、どことなく冷たい印象を受けるが、美しい人間の体はスッとそこに溶け込んでいる。
そこでは力強い人間の生がよりいっそう輝いているように感じた。
(Mathilde, Eiffel Tower, Paris, 1989)
4. 「現代のヒロイン」(The Modern Heroine)
リンドバーグによれば、ファッション写真は、必ずしもファッションを中心に据えなければいけないというものではなかった。
その代わりに、彼にとってファッション写真とは、そのモデルとなる女性そのものを映し出したものであらねばならなかった。
リンドバーグは、どんな条件にもかかわらず、自身の価値を強め、信じることができるヒロインを常に求めていた。
(Lorraine Bracco, Los Angeles, 1990)
(Uli Stein Meier, Lynne Koester, Cindy Crawford, Linda Evangelista, Paris, 1989)
(Mila Jovovivh, Liu Wen, New York, 2016)
(Kate Moss, Paris, 2014)
昨今、多様性に基づく「女性らしさ」や「美しさ」が認められるようになっているが、リンドバーグが写す被写体は、皆、真っ直ぐな眼差しを持っている。
リンドバーグが写した被写体たちは、野生味に溢れていながらも、どことなく気品も感じる。
自分の足で立つことができる人、自分で自分を表現できる人は、いつだって美しいのである。
(Alexadra Carlsson, Beri Smither, Harue Miyamoto, Beauduc, France, 1993)
(Marie-Sophie Wilson, Deauville, France, 1987)
5. おまけ:アルマーニ/ シーロス併設カフェ
アルマーニ/ シーロスにはカフェが併設しているが、ここはカフェだけの利用はできず、美術館を鑑賞した人しかアクセスできない造りになっているようである。
筆者が訪れた時には、他の鑑賞客はおらず貸切状態であった。
ビスコッティやブリオッシュなどの定番のお菓子が並ぶ。
グイド・ゴビーノのチョコレートがついたエスプレッソは1.5ユーロと相場よりも高めであるが、席料はかからないのでお得な気分である。
砂糖にもアルマーニのAのマークが入っている。
光が降り注ぐ庭を眺めつつ、しばしの間、足を休めたのであった。
アルマーニ/ シーロス(Armani/ Silos)
住所:Via Bergognone, 40, 20144 Milano, Italy
公式ホームページ:armanisilos.com
特別展「Heimat. A Sence of Belonging」の会期:2021年5月5日から2021年9月22日まで
参考:
・「写真界の巨匠ピーター・リンドバーグが残した名作を振り返る」『WWD JAPAN』(2019年9月6日付記事)
・「ジョルジオ・アルマーニが4人の元祖スーパーモデルで表現した普遍的な“美”」『Fashion Headline』(2016年2月9日付記事)
・「PETER LINDBERGH. HEIMAT. A SENSE OF BELONGING」『Arte.it』(2021年8月17日最終アクセス)
(文責・写真:増永菜生 @nao_masunaga)
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