【後編】ボルゲーゼ美術館(Borghese Gallery and Museum):ルネサンス・バロック期芸術の傑作がここに、ローマの完全予約制美術館
【前編】に続き、後編でもボルゲーゼ美術館の作品を紹介していく。
1. フェイムの間(Fame Room;Room 13)
この部屋の装飾は、1790年にフェリーチェ・ジャーニ(Felice Giani;1758-1823)によって行われた。
アンティークで洗練された装飾は、古代ローマの邸宅やポンペイの壁画をモチーフにしているとこのこと。
中にはこんなに面白い絵も壁に描かれている。
またこの部屋には15世紀末から16世紀初頭までのフィレンツェやボローニャの絵画が設置されている。
天井画の中央に描かれたフェイムの寓話。
全体的にピンクがかったこれらの壁画は、可愛らしい印象を受ける。
また天井がの端には、円形に縁取られた風景画も描かれており、これはどこだろうと想像するのもまた楽しい。
2. バッコスの信女の間 (Room of The Bacchae;Room 12)
こちらの部屋には、15世紀後半から16世紀前半までのロンバルディアとヴェネトの絵画と、16世紀前半の北欧の絵画が展示されている。
特にレオナルド・ダ・ヴィンチの代表作『レダ』のコピーに注目である。
(copy after, Leonardo Da Vici, Leda, 1500-1525, tempera on panel, 155×86cm)
コピーとはいえ、草花や動物など細やかに描きこまれている。
またおそらく少年時代のものと思われる神聖ローマ皇帝カール5世(Karl V., 1500-1558/ ローマ皇帝(在位 1519-1556)の肖像画も。
(manner of Bernart Van Orley, Portrait of Charles V, about 1515, oil on panel, 42×22cm)
そのほか、写真の右上にもある作品もレオナルド・ダ・ヴィンチのコピーである。
(after Leonardo Da Vinci, Saint John the Baptist, oil on panel, cm 56×39.5cm)
さらにミラノのサン・マウリツィオ教会でお馴染み、ベルナルディーノ・ルイーニのコピーも展示されていた(反射したため正面から綺麗に撮影できなかったが)。
(after Bernardino Luini, Saint Agatha, oil on panel, 60×45cm)
参考:
なんといってもこの部屋の見所は、この天井画かもしれない。
この部屋の名前は、1782年から85年にかけてフェリーチェ・ジャーニ(Felice Giani ;1758-1823)によって製作された天井画『バッコスの信女』に由来している。
踊る3人の女性は、古代ローマのグロテスクを思わせるような花のモチーフで縁取られている。
ローマ神話のワインの神バッコスのもとに集い、踊る女性たち。
いずれも軽やかで生き生きとしており、楽しそうである。
また大理石の暖炉も見事な作りだったため、写真に収めていた。
3. 皇帝の間(Room of the Emperors;Room 4)
この部屋には、17世紀に作られたとされる18のカエサルの胸像が設置されていることから、皇帝の間という名前で呼ばれるようになった。
高い天井に描かれているのは、オイディウスの『変身物語』より「ガラテイアの勝利」の一幕。
1778年から1779年にかけて製作されたとされている。
そしてこの部屋の中央に展示されているのは、ボルゲーゼ美術館の見どころの一つでもあるジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(Gian Lorenzo Bernini;1598-1680)の初期の作品『プロセルピナの略奪』(Rape of Proserpina)。
この躍動的な彫刻は、春の女神プロセルピナが、冥界の王プルートに連れ去られる場面を描いたものである。
豊穣の女神でもある プロセルピナの母は、娘の略奪に気も狂わんばかりになり、全能の神ユピテルを介して、娘の帰還を冥界の王プルートに懇願した。
ところがプロセルピナは、すでに冥界の食べ物である柘榴を口にしていたため、完全には地上には戻れなくなっていた。
そのため、プロセルピナは、一年のうち半分を母親と、もう半分を夫となったプルートと過ごすようにと定められたのであった。
(Bernini Gian Lorenzo(1598-1680), Rape of Proserpina, 1621/1622, Carrara marble, h. 255 cm)
恐怖に歪むプロセルピナの顔と、しっかりと彼女を掴むプルートの手、ベルニーニは神話の世界を現代に蘇らせた。
4. ヘルマプロディートスの間(Hermaphrodite Room;Room 5)
この部屋の名前の由来となっているギリシア神話に登場するヘルマプロディートス(Hermaphroditus)とは、知恵と旅の神ヘルメスと美の女神アプロディーテーの間に生まれた神である。
美少年ヘルマプロディートスは、水浴びをしている時に、ニンフのサルマキスに襲われ、絡みつく彼女を振り避けようとしたが、その身体は一体化し、両性具有者となった。
もともとボルゲーゼ美術館に紀元前に製作されたヘルマプロディートスの像が設置されていたが、現在その現物はパリのルーヴル美術館に所蔵されている。
このヘルマプロディートスの像は、1609年にサンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会の建設のための発掘調査中に発見され、1620年にジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(Gian Lorenzo Bernini;1598-1680)によって修復されたものであった。
その他、写真には写っていないが、天井画には、ヘルマプロディートスが描かれている。
5. アイネイアースとアンキーセースの間(Aeneas and Anchises Room;Room 6)
この部屋の別名「剣闘士の間」は、紀元前100年頃にエフェソスで製作された彫刻に由来している。
その彫刻は、17世紀初頭にローマで発掘さたが、1808年にナポレオンによってパリに移され、現在はルーヴル美術館に所蔵されている。
そのため、現在はこの部屋の名前の由来となった像は、ボルゲーゼにはないものの、古代の傑作に影響を受けた筋骨隆々とした彫刻がこの部屋を彩っている。
その中でも思わずクスリと笑ってしまったのはこちらの作品。
無名の芸術家による彫刻であるが、まるで白子のような質感の白い大理石の天使が、酩酊したように眠りこけている様は滑稽である。
(Roman sculptor, active in the 16th or 17th centuries, Three sleeping putti, before 1609, statuary marble on an oval of touchstone giallo antico and giallo di Siena marbles, 90×65cm)
6. シーレーノスの間(Silenus Room;Room 8)
この部屋の名前は、天井画にも描かれているギリシア神話に登場するシーレーノスに由来している。
シーレーノスは、ワインの神ディオニソスの従者であり、常に酔っ払ってたとされる。
この部屋の目玉は、カラヴァッジョ(Caravaggio;1571-1610)の作品群であろう。
バッカスに扮したカラヴァッジョの自画像『病めるバッカス』は、次に紹介する『果物籠を持つ少年』とともに、パウルス5世によって1607年にカヴァリエール・ダルピーノ(Cavalier d’Arpino)の工房から獲得されたものである。
この『病めるバッカス』は、馬に蹴られたカラヴァッジョ自身が病院で療養した後に、描かれたとsれている。
そのために彼の顔色は悪いが、彼の様子とは反対に、セイヨウキヅタ(アイビー)の冠と葡萄は艶やかに描かれており、それが不老不死を象徴していると解釈する説もある。
(Caravaggio(1571-1610), Self portrait as Bacchus, Sick Bacchus, 1593-95, oil on canvas, 67×53cm)
そして『病めるバッカス』同時期に製作されたとされる『果物籠を持つ少年』には、ゆったりとしたブラウスを着て、大小様々な大きさの果物を抱えた若者が描かれている。
この絵のテーマとされている「真実」は、現在ミラノのアンブロジアーナ絵画館に展示されている『果物籠』(1599)においても、カラヴァッジョが洞察をさらに深める形で表現されているという。
(Caravaggio(1571-1610), Boy with a Basket of Fruit , 1593-95, oil on canvas, 70×67cm)
カラヴァッジョの円熟に描かれたとされる『ゴリアテの首をもつダヴィデ』は、1610年にボルゲーゼ家のコレクションとなった。
勝利を収めながらも、どこか憂いを秘めた表情をする若きダヴィデが手にしているのは、死の破片である。
(Caravaggio(1571-1610), David with the head of Goliath, 1609-10, oil on canvas, 125×101cm)
カラヴァッジョは、ダヴィデのモデルになった男性と同じ人物を、こちらの『洗礼者ヨハネ』の作品にも使っているとされるている。
(Caravaggio(1571-1610), Saint John the Baptist, about 1610, oil on canvas, 152×125cm)
もともとヴァチカンの聖アンナ教会に設置するために依頼されたこちらの作品『聖アンナと聖母子』は、依頼元から断られたために、競売にかけられることになった。
それを枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼが破格の価格で競り落としたために、今この美術館に所蔵されているのである。
(Caravaggio(1571-1610), Madonna and Child with Saint Anne, 1605-06, oil on canvas, 292×211cm)
ここに描かれるヒエロニムス(347-420年)は、キリスト教の聖職者・神学者であり、『旧約聖書』をヘブライ語並びにアラム語原典からラテン語(ウルガータ訳)に訳したことで知られている。
(Caravaggio(1571-1610), Saint Jerome, 1605-06, oil on canvas, 116×153cm)
7. マリアーノ・ロッシのホール(Mariano Rossi Hall;Entrance Hall)
今更エントランスホールの紹介とは変な感じかもしれないが、順路に従って歩いていたら、急に天井が高く巨大なホールにたどり着いたわけである。
まるでそれに繋がっているかのような錯覚さえ覚える天井画は、1775年から79年にかけてマリアーノ・ロッシ(Mariano Rossi;1731-1807)によって製作されたものである。
ローマの栄光をテーマにしたこちらの天井画には、全能の神ジュピターによってオリンポスに迎えられるロムルスが描かれている。
またこちらの作品の製作は、【前編】の冒頭の説明にも登場した、後にナポレオン・ボナパルトにそのコレクションの一部を売却することになるカミッロの誕生(1775年8月8日)を 祝福するためでもあった。
天井画を真下から写した様子。
8. パオリーナの間(Paolina Room;Room 1)
この部屋には、この美術館の目玉の一つとも言える、アントニオ・カノーヴァ(Antonio Canova;1757-1822)作の『ウェヌス・ウィクトリクス』(Venus Victrix)が展示されている。
この美の女神ヴィーナスの彫刻のモデルとなったのは、18世紀末のボルゲーゼ家当主当主カミッロ・ボルゲーゼの妻であり、あの有名なナポレオン・ボナパルトの妹ポーリーヌ・ボナパルト(イタリア語読みでパオリーナ; Paolina Borghese;1780-1825)。
ギリシア神話には、「パリスの審判」というエピソードがある。
それは、神々の女王ヘラ、知恵の女神アテナ、愛と美の女神アフロディーテ(ヴィーナス)の三美神のうち、一番美しい女神に金のリンゴを渡すようにと、トロイア王の息子パリスに判断が委ねられるというものである。
この審判にて、最も美しいと認められたヴィーナス。
この彫刻のヴィーナスも、勝利の証の林檎を片手に、しどけない姿で横たわっている。
(Canova Antonio(1757-1822), Paolina Borghese Bonaparte as Venus Victrix, Carrara marble, hight 92cm, plus the bed 160cm)
完成後、この彫刻はポーリーヌの夫であるカミッロ・ボルゲーゼのトリノの別荘に移されたが、1838年にはボルゲーゼ邸に設置されることになった。
1889年になると、この彫刻は、今展示されているRoom 1に移された。
この部屋の天井画には、ドメニコ・デ・アンジェリス(Domenico de Angelis)作のヴィーナスとその息子アイネイアスをモチーフにした一連の絵画(1779)が描かれており、彫刻と合わせて見ると、ストーリー性を感じる造りとなっているのである。
9. ダヴィドの間(David Room;Room 2)
この部屋の中央には、1623年から24年にかけてジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(Gian Lorenzo Bernini;1598-1680)によって製作されたダヴィデ像が設置されている。
また写真の後方に見える『ゴリアテの首を持つダヴィデ像』(the David with the Head of Goliath by Battistello Caracciolo;c. 1570-1637)は19世紀になってから設置されたもの。
その他、壁側には2-3世紀頃にまで遡る古代の彫刻が展示されている。
10. アポロンとダフネの間(Apollo and Daphne Room;Room 3)
アントニオ・アスプルッチ(Antonio Asprucci;1723-1808)によって1780年から85年に装飾が施されたこの部屋には、その名前の通り、ベルニーニによるアポロンとダフネの彫刻が展示されている。
写真には収まっておらず残念なのだが、この部屋の中央の天井画には、アポロンとダフネを矢で射るキューピットが描かれている。
Gian Lorenzo Bernini(1598-1680), Apollo and Daphne, 1622/1625, Carrara marble, high 243 cm)
このギリシア神話のエピソードを順を追って整理すると、ある日、アポロンに揶揄されたキューピットは、その仕返しにとアポロンには見た相手に恋に落ちてしまう金の矢を、ニンフのダフネには見た相手を嫌いになる鉛の矢を放った。
芸術と太陽の神であり、その美しい容姿を誇っていたアポロンは、今まで女性に拒絶されたことはない。
ダフネを目にしたアポロンは、彼女に求愛するが、ダフネはアポロンを頑なに拒否し逃げ惑う。
アポロンに捕らえられそうになったダフネは、河の神である父に、自身を月桂樹に変えてもらうように懇願する。
ベルニーニの彫刻は、まさにダフネが月桂樹の木にメタモルフォーゼする瞬間を表現しているものである。
アポロンは慌てて彼女の体を掴もうとするが、もはや彼女の身体は、月桂樹の幹や枝、葉に変わり始めていた。
深く嘆き悲しんだアポロンは、月桂樹の葉をつみ、冠を作りそれを身につけた。
以降、芸術やスポーツの勝者には、この月桂樹の冠が送られるようになった(今でもイタリアの大学の卒業式には、アカデミックガウンではなく、この月桂樹の冠が定番である)。
思い込みの激しい美男アポロンと、恐怖と絶望に歪むニンフ・ダフネ、見ていて悲しくなる対比であるが、月桂樹の幹と葉は、彼女の貞操を守った上に、芸術とスポーツに励むものに愛されるモチーフとなったのであった。
11. エジプトの間(Egyptian Room;Room 7)
最後の章で紹介するのは、建築家アントニオ・アスプルッチ(Antonio Asprucci;1723-1808)が手掛けた、ちょっと変わった趣向のエジプトの間。
また部屋に展示されるのは、エジプトやオリエント、ギリシアの神々の彫刻である。
部屋の中央には、16世紀と19世紀に修復されたイルカに乗るサテュロスの像(1世紀)が設置されている。
ヒエログリフをモチーフにした装飾がなんともユニークであった。
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以上、盛りだくさんの内容でお届けしたボルゲーゼ美術館特集。
帰宅後に撮影した写真を公式ホームページを照らし合わせつつ見ていると、見逃した作品や天井画がまだあることに気付いた。
その全貌を理解するためには、何度も足を運ばねばならない場所だと実感したのであった。
ボルゲーゼ美術館(Borghese Gallery and Museum)
住所: Piazzale Scipione Borghese, 5, 00197 Roma, Italy
開館時間:9:00-19:00(火曜から日曜)、12月25日と1月1日は休館。
公式ホームページ:galleriaborghese.beniculturali.it
入場料:(18歳以下など特定の条件を満たす人は入場料無料、ただし予約料2ユーロは必要)。
※チケットは公式ホームページから購入可能→★
※入場するには、1日のうち9:00-11:00、11:00-13:00、13:00-15:00、15:00-17:00、17:00-19:00の5つの枠から選択し予約する必要あり。
※木曜のみ19:00-21:00の枠あり。
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