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『紀元3000年紀のファッションのためのメモ』(MEMOS. A proposito della moda in questo millennio):ミラノの美術館とファッション業界による特別展



0. ファッションと文学の融合

現在、ミラノのポルディ・ペッツォーリ美術館にて、特別展『紀元3000年紀のファッションのためのメモ』MEMOS. On fashion in this millennium/ MEMOS. A proposito della moda in questo millennio)が開催中である。

この特別展は、ミラノのファッションウィークを主催する非営利団体イタリアファッション協会(Camera Nazionale della Moda Italiana;1958年設立)によって、様々な機関の協力を得て企画されたものである。

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現代のファッションを考えるという目的のもと、本展は、文学者・作家のイタロ・カルヴィーノ(Italo Calvino;1923-85)の遺作となったテクスト『文学講義:新たな千年紀のための6つのメモ』(Six Memos for the Next Millennium)をもとに構成されている。

余談だが、筆者はこのnoteを書くにあたり、本展のタイトルをどのように日本語訳するか少し悩んだ。

カルヴィーノは、1985年の時点での"Next Millennium”、つまり紀元3千年紀(2001年から3000年まで、21世紀から30世紀まで)にむけて、元ネタとなったテクストを書いている。

紀元2千年紀が終わりに近づいた1985年において「次の千年紀」というのはとてもかっこいい気がするのであるが、2020年現在、紀元3千年紀は始まったばかりである。

”this millennium”を「この千年紀」や「今の千年紀」として、カルヴィーノの「新たな千年紀」というかっこいい言葉に代わる訳を探してみたのだが、分かりにくくなると思い、素直に「紀元三千年紀」と訳したのであった。

そんなカルヴィーノは、1985年秋にハーバード大学にて、「軽さ、速さ、正確さ、視覚性、多様性、一貫性」というテーマのもとに特別講義を行うつもりで講義ノートを作っていたが、その年の9月に急死した。

彼の妻のエスターによって、彼の死後、出版された講義の草稿が『新たな千年紀のための6つのメモ』なのである。

6つのメモとありながらも、カルヴィーノは、最後の一貫性について書くこと亡くなったため、出版されたものに収録されているのは「軽さ、速さ、正確さ、視覚性、多様性」の5つのテーマである。

こうして世に出たカルヴィーノのテクストは、ファッション界においても根本的な問を投げかけている:

文化産業、コミュニケーションシステム、豊かでハイブリットだが問題をはらむ領域としてファッションを、科学的そして詩的な実践として、また文学的な実践と捉えることは可能なのであろうか?

それゆえに本展では、カルビーノの言葉を使って、何がファッションの中で変わり、変わらないのかを考えるとという興味深い試みに挑戦している。

本展のキュレーションを担当したのは、デザインや産業を専門とするマリア・ルイーザ・フリーザ教授(Maria Luisa Frisa)とジャーナリスト・エディターのステファノ・トンキ(Stefano Tonchi )である。

また本展は、デザインに新たな発見と革新をもたらすという目的のもと、ファッションを語る上で欠かせない選りすぐりの服、雑誌、パンフレットなどなどを集めている。

展示品を提供しているのはジョルジオ・アルマーニ、バレンシアガ、シャネル、ディオール、フェンディ、グッチなどなど、ファッション・ウィークを彩るコレクションブランドばかりである。

各ブランドごとのコレクション・アーカイブは、そのブランドが所有する文化施設などで見ることができるかもしれないが、一つの施設でこれだけ種類豊富なブランドのアーカイブを見ることができるのは稀なことである。

また本展の展示会場として選ばれたのが、ルネサンス期の作品を中心に、充実したコレクションを持つポルディ・ペッツォーリ美術館。

現代のエレガントなコレクションルックが、この美術館の豪華な展示室の中に設置された時、それはまるで元からそこにあったかのように、輝きを増す。

前置きが長くなってしまったが、各展示室と作品をもとに本展を紹介していこう。


1. フレスコの部屋(Fresco Room)

こちらでは、1980年にこのポルディ・ペッツォーリ美術館で開催された特別展『1922-1943年;イタリア・モードの20年』(1922-1943; Vent'anni di moda italiana)の再現模型と資料が展示されている。

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30年前に同じ会場で開催されたファッションについての特別展は、グラツィエッタ・ブッタツィ(Grazietta Butazzi)によってキュレーションされ、ファシズムを経験した1920年代から40年代のイタリアのファッションを振り返るというものであった。

そこでは300点以上の作品が集められ、今でも当時の特別展の中古のカタログは入手可能である。

2020年の本展は、1920-40年代を回顧した1980年代の再現というものから始まることになる。

過去を振り返る過去からのスタートという何とも倒錯的な構成であるが、それだけイタリアのファッションには歴史の厚みがある、いや振り返るべき歴史があると言えるのではないであろうか。



2. 織物の部屋(Textiles Room)

次の織物の部屋では、現在はミラノのパラッツォ・モランド(Palazzo Morando)に所蔵される1980年の特別展の展示品や写真が並ぶ。

衣装たちは全て1920年代から40年代にかけて制作されたものであるが、現在のデザイナーにインスピレーションを与え、また時には引用され続けている。

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(Sartoria Milanese, 1920, Wedding dress. Silk satin, silk gauze, branch of wax orange flowers pinned to one side)

今年は2020年、つまり1920年代にイタリアでファシズムが席巻し始めてから100年が経ってしまったのであるが、その時のスタイルは、今に伝わっている。


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(左からVentura, c. 1934-35, Long dress with cape closed at the neck, Silk cut velvet and gilt lamellar metal/ Lina Rossi, c. 1925-27, Overcoat. Knitted black wool, decoration with black silk ribbons at the neck, sides and cuffs / Domenico Caraceni, 1939, Uniform of an ambassador of the Kingdom of Italy. Woolen cloth and embroidered profiling in gold thread, cord and spangles/  Sartoria Milanese, c. 1940-45, Daytime dress, Silk taffeta printed with white stamps on a dark blue ground, decorative patterns in tulle/ Sartoria Torinese, c. 1940-45, Thees-pieces evening dress. Grosgrain of artificial silk, tulle with horsehair flounce;all at Comune di Milano, Palazzo Morando Costume Moda Immagine)


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ここで一つの問題が浮かぶであろう。

インスピレーションとは何か、引用とは何か。

ここからはここ1-2年の筆者の個人的な疑問なのだが、デザイナーやメゾンは、どのような意図をもって過去のスタイルを「引用」しているのであろうか。

引用元は、15世紀のルネサンス期であることもあれば、18世紀のマリーアントワネットであることもある。

なぜ過去は引用され続けるのかについては、歴史を専攻する身として、ミラノ滞在中に個人的に考えてみたいのである。





3. 武器庫(Armoury)

甲冑が並ぶ武器庫に佇むシャネルのツイード。

何ともインパクトのあるこのツイードは、2019年2月に急逝したカール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld;1933-2019)がデザインしたもの。

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(Chanel, Pre-fall 2010, creative director Karl Lagerfeld, Suit consisting of jacket and skirt. Wool, sequins and metal chains; Cecilia Matteucci Lavarini collection)

かっちりしたウールの素材で作られたツイードは、永遠の定番として輝いている。

その素材も最初からこのセットアップになることが最初から決まっていたかのように、一部の違いもなくそこに存在している。

それはカルヴィーノが文学講義の中で取り上げた一つのテーマ「正確さ」(exactitude)を体現しているかのようでもある。



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(Balenciaga, F/W 2017-18; creative director Demna Gvasalia. Men's suit comprising shirt, trousers and overcoat, with large padded and printed scarf. Wool, cotton, jacquard silk and polyester, Archives Balenciaga Paris)

バレンシアガのメンズスーツは、仕事、政治、スポーツなど様々な分野で現代を生きる男性の制服あるいは甲冑のようである。


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(Moncler Genius, F/W 2018-19, Braided sweatshirt jacket, T-shit, panel skirt. Padded technical fabric and cotton.)



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(Boboutic, F/W 2018-19, Ziggy Stardust, suit Cotton, viscose and paper yarn)

モンクレールのダウンやスカートと、ボブティックのジャンプスーツは、伝統的な型なのであるが、実験的な素材を使うことで今日のファッションを表現していると言える。


4. アンティークな階段(Antique Staircase)

前述の通り、1980年、このポルディ・ペッツォーリ美術館では、特別展『1922-1943年;イタリア・モードの20年』(1922-1943; Vent'anni di moda italiana)が開催された。

40年前、この階段には、衣装を着た4体のマネキンが展示された。

ちょうど写真が見切れてしまっているが、今回の展示でもその時のパネルが置かれ、1980年と2020年を見比べることができる仕掛けとなっている。


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写真のパネルが写っていないまま話を進めるのも変なのだが、写真というものは、時代のファッションを写す一つの有効なツールとして昨日してきた。

デザインされ縫われた衣服、身に付けられた衣服、写真に撮られた衣服、そして描写された衣服。

これら4つのレベルを持ってファッションを解釈するところに、カルヴィーノがメモの中で提示した「多様性」(multiplicity)と共通点を見出すことができるのである。

言い換えるならば、ファッションとは、ただ服を着るだけの行為ではない、その服を着て、誰かに見られ、写真に撮られて、世界に伝えられるまでの一連の流れもその領域に含み、多面的な解釈の余地を持つものである。

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(階段の登り口にある小さな池で泳ぐ金魚たち)




5. ロンバルディアの部屋(Lombard Rooms)

この部屋に展示されるのは、アンティークの陶器からインスピレーションを得たというロエベのポンチョ。

ポンチョに施された細やかな模様は、新しい技術によって可能になったとのことである。

ここに、我々は創造性と機械技術の発展の成果を見ることができるのではないであろうか。

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(Loewe, Capsule Collection, 2018: creative director Jonathan Anderson. Men's suit consisting of al long knitted woolen poncho with embroideries with patterns from tiles, embroidered hat, knitted rug and gloves)




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このあるイメージを現実の形にしようとする上での探究は、インスピレーションを活発化させ、革新をもたらすものである。

カルヴィーノは、6つのメモの中で「視覚性」(visiblity)について語っているが、それは「見るもの」だけではなく「イメージするもの」も想定している。

つまり、今は形をなしておらず頭の中でのイメージでしかなくても、確かな技術と努力によって、それは形はなす、目に見えるものとしてこの世に現れてくるのである。


6. 外国人画家の部屋(Foreigners Room)

ロンバルディアの部屋から出てしっくいの部屋に行く途中で通過するこの部屋。

確かこの部屋には、本展の展示物はなかったと記憶しているが(写真に納めていないため不確か)、クラナッハの作品が展示されており、印象的であった。

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ルネサンス期ドイツを代表する画家クラナッハのマリアとキリストであるが、純粋なマリアのはずなのにどこか妖艶で怪しい雰囲気をたたえているのである。


7. しっくいの部屋(Stucco Room)

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こちらのしっくいの部屋には、本展のロゴともいうべき、マークが写された透明の板が展示されている。

2つの紋章が並んでいるが、一つは、会場となっているポルディ・ペッツォーリ美術館の紋章、そしてもう一つは、イタロ・カルヴィーノが愛用した紋章とのことである。

後者には、”Festina  Lente”(ゆっくり急げ)という文字が書かれているが、これは「良い結果にたどり着くためには着実にゆっくり行くほうがいい」というラテン語の格言である。

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伝統的な美術館のロゴに、本展の元ネタとなった作家が好んだロゴを組み合わせることで、クラシカルだが斬新な本展のロゴが出来上がっているとのことである。

このパネルは敢えてドアの前に設置されているが、これまでいくつかの部屋を見てきた鑑賞者の前に、第二のドアを置いているとのことである。

これまで見てきたものは序章に過ぎなかったのかと思わせる、面白い仕掛けである。


8. 黄金の部屋(Golden Room, Mannequins)

比較的大きな展示室となっている黄金の部屋には、ディオールとアルマーニの衣装を着たマネキンが設置されている。

この2体のマネキンによって次の2つの概念が比較される形で提示されているという。

一つは、衣服が体のラインを作るという概念(カルヴィーノのメモによれば「正確さ」(ecactitude))。

そしてもう一つは、体のラインによって衣服が形作られるという概念(メモによれば「軽さ」(lightness))。

アルマーニの刺繍ドレスは、シンプルな型でありながらも、それは身体のラインを美しく見せるために計算し尽くされたものである。


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(S/S1994, Long embroidered dress, Linen, silk beaded applications, Armani/Silos)


一方、ディオールのドレスは、古代ギリシアの女性用の衣服であるゆったりとしたペプロスをモチーフにしており、着る人の身体のラインによって初めて立体的な形をなす。

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(Christian Dior, Haute Couture, F/W 2019-20;creative director Maria Grazia Chiuri, Draped dress with braided belt. Silk and black jet beads, Christian Dior Heritage)

またこのドレスの胸元に書かれた”Are clothes modern?"という言葉は、1944年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催されたベルナルド・ルドフスキー(Bernard Rudoofsky)がキュレーションした展覧会のタイトルである。


またこの部屋には、グッチやプラダなどのプレスが公開したパンフレットがショーケースの中で展示されている。

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各デザイナーたちの意図やメッセージを言葉にしたものである。


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(Antique Market, Walter Albini for Paolo Signorini, press release F/W 1970/71, Private collection, Piacenza)


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(The Contemporary is the Untimely, Gucci, press release F/W 2015/16, Courtesy of Gucci Historical Archive)




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(The mask as a cut between visible and invisible, Gucci, press release F/W 2019/20, Courtesy of Gucci Historical Archive)



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(Prada, press release, S/S 1995, F/W 1996, S/S 1998, signed a.p. [Anna Piaggi], Country of Prada Archive)

その中の一つ、1995年のプラダのパンフレットは、青い髪にピエロメイクが特徴的なファッションライター・アンナ・ピアッジ(Anna Piaggi ;1931-2012)が書いたものであり、彼女のサインa.p.の文字が見られる。



9. ヴィスコンティ・ヴェノスタの部屋(Visconti Venosta Room)

この部屋のショーケースに飾られるのは、フェンディのハンドバックである。

これらのフェンディのアイコニックバックたちは、フィレンツェの老舗生地屋フォンダツィオーネ・リジオ(Fondazione Lisio)製の織機で織られたシルクで作られている。

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(Fendi, Baguette: Heavenly Spring S/S 1999; Hell's Winter F/W 1999-2000; Haute Summer S/S 2000; Fall in Fall 2000-01. Haute Summer; raffia silk, snakeskin and silver applications. Fall in Fall; silk, velvet, tejus and golden applications. Heavenly Spring; multi-color silk, snakeskin. Hell's Winter; velvet, silk, snakeskin and silver applications. Fabrics by Fondazione Arte della Seta Lisio.)


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またこちらの部屋には、黒と白のグッチのドレスが展示されている。

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(右より Cruise 2020;creative director Alessandro Michele, Dress with embroidery, Silk, wire and applications/ Resort Arles 2019; creative director Alessandro Michele, Long dress with embroidery. Velvet, silk and raised applications. Gucci Historical Archive)


グッチのクリエイティブ・ディレクター・アレッサンドロ・ミケーレがデザインしたその衣装には、黒の方には肋骨、白の方には子宮が刺繍されており、とてもユニークである。

それは人間の解剖学的な側面とセクシャルな側面を表現している。

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ファッションは、今や、セクシャルアイデンティティーと人間の体の限界と可能性を表現するツールであるとも言える。

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たまたま撮ったショットであるが、子宮の刺繍の向こうに聖母マリアの絵画写っている。

何となく母性を感じるショットとなった。

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10. 考古学の部屋(Archaeology Room)

こちらの部屋では、ヘアドレスと帽子が展示されている。

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(右からMaria Sole Ferragamo, 2016, Laser-cut accessory. Recycled leather and magnets. Maria Sole Ferragamo, SO-LE Studio/ PRADA, S/S 2005. Headdress with peacock feathers, Prada archive/ Yujie Ding, 2020, "Mochi" hat, Ushanka hat. Fur felt/ Comme des Garçons, S/S 1994, Hat with feathers. Judith Clark Studio)


中にはコム・デ・ギャルソンの帽子もあり「日本ブランドが!」とちょっと感動した。

これらの帽子は、革やフェルト、孔雀などの鳥の羽など様々な素材から作られており、また形も様々なため、デザインの無限の可能性を感じさせられる。

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11. ポートレイト・ギャラリー(Portrait Gallery)

こちらの肖像画が並ぶギャラリーでは、伝統的なスタイルからの脱却を目指し、今まで看過されてきた領域から新たにインスピレーションを得て作られた作品が並ぶ。


まずこのギャラリーの入り口に展示されていたポスター。

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(THAYAHT, L'essayage à Paris(Croydon Bourget), THAYAHT, original pochoir on paper《Gazette du bon Ton》, n.4, 1922, Courtesy of THATAHT &RAM Archive, Florence)



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ショーケースの中に入っているのは、カール・ラガーフェルドがクロエのショーのために描いたデザイン画。

これらのデザイン画からは、彼が自分のアイディアをどのようにして形にしようとしたのか、そのプロセスを見ることができるのではないであろうか。

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(Sketches and collages by Karl Lagerfeld for Chloè, Hongire, Original sketch, 1970)


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(Inauguration, Original sketch, F/W, 1970)


そしてプラダやマルニ、MSGMなどの衣装を着せられて部屋にずらりと並ぶマネキンたち。

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(手前からPrada, F/W 2007-08, Business suit. Wool, mohair, leather, Prada archive/ Marni/ Arthur Arbesser/ Marco de Vincenzo, S/S 2015, Fringed checked top and skirt, Silk/ MSGM, F/W 2018-19, Sweater and skirt with ogival pattern and scarf with logo of the Pravda Vodka Bar in Milan. Wool and acrylic, MSGM archive)

プラダは、型はシンプルであるが、ウールやレザーが素材として使われている。


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こちらのマルニの衣装は、高価な生地と安価な生地が鉄の糸で縫い合わせられている他、美しいビジューが鉄の糸で縫い合わせられているなど遊び心に溢れている。


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この部屋に展示される衣装は、どれも様々な素材を使うことで、クラシカルな型に「多様性」(multiplicity)を与えているのである。


12. 磁器の部屋(Porcelain Room)

こちらの部屋では若くして亡くなったギリシア人デザイナー・ソフィア・ココサラキ(Sophia Kokosalaki;1972-2019)がデザインしたドレスが展示されている。

彼女は、アテネ大学で文学を学んだ後、ロンドンの名門セントラル・セント・マーチンで修士号を獲得した。

2004年、故郷で開催されたアテネオリンピック、彼女が開会式・閉会式のユニフォームを手がけたことで、彼女は、一躍有名になった。

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(Sophia Kokosalaki, S/S 2005, White dress, bias cut and draped. Silk. Peloponnesian Folklore Foundation)

ココサラキは、古代ギリシアからインスピレーションを受けており、彼女の作るドレスは、優雅なドレープが特徴的である。

マリアーノ・フォルチュニのデルフォスや、もっと遡れば、フランス第一帝政期(1804-15)に流行した新古典主義のドレスにも共通点が見出すことができると思うが、ココラサキのドレスは、のびやかな女性の体を美しく見せるように作られているのである。


13. ダンテの書斎(Dante Study)

ステンドグラスが見事なダンテの書斎には、プラダのスカートが一点展示されている。

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逆光になってしまい見にくいが、このファンシーなスカートを手掛けたのは、台湾のビジュアルアーティストであるジェームズ・ジーン(James Jean)。

彼は、伝統的な女性性の象徴であるスカートに、刺激的な色を使って図柄を描いた。

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(PRADA, S/S 2008, Skirt with "fairy" print by artist James Jean, Silk, Prada archive)




14. 18世紀ヴェネツィアの部屋(Venetian 18th century Room)

かのアナ・ウィンターは「アルマーニの服は妻のために、ヴェルサーチの服は愛人のために」と言ったとか。

黄金の部屋では、アルマーニのドレスを紹介したが、この部屋で展示されるのはヴェルサーチの黄金のドレスである。

こちらのドレスをS/S 2018 で発表したのは、1997年に暗殺されたブランドの創設者ジャンニ・ヴェルサーチの妹ドナテッラ。

兄亡き後、ヴェルサーチを継いだドナテッラは、兄へのオマージュとして、このメタルメッシュのドレスを制作したのであった。

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(Versace, S/S 2018:creative director Donatella Versace, Long dresses. Metal mesh and elastic straps, Versace)

新世紀への恐れを抱きつつも、2つの大戦を経験した後の繁栄を極めていたと思われる(と回顧される)20世紀の最後の10年間、1990年代。

そんな1990年代に活躍した天才ヴェルサーチのドレスは、艶かしくも強くてスパイシーな女性性を体現していると考えられるのではないであろうか。

それから20年近く経った2018年に、天才である兄のドレスを新たに作り、発表したドナテッラ。

それは21世紀を生きる人々に生きる力を呼び起こさせるメッセージとも考えられるであろう。



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(Fausto Puglisi, F/W 2014-15, Suit consisting of shirt and skirt. Silk twill shirt with harlequin pattern, woolen crepe skirt with inlays referencing the Ballets Russes with metallic embroidery and Swarovski crystals. Fausto Puglisi)




15. ペルジーノの部屋(Perugino Room)

こちらの部屋には、1950年に刊行された雑誌がショーケースの中で展示されている。

残念ながらその一つ一つを近くで写真に納めていないのだが、今見ても斬新なデザインのものばかりであった。

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1950年代、イタリアは、第二次世界大戦の敗退後「奇跡の」復興を遂げた。

ファッション業界もその例に漏れず、1950年代、アメリカのハリウッドに新たな顧客を得ることで、その事業を拡大させていった。

明日は今日より良い日になる、そう信じて疑わない人々たちが作った時代なのであった。


16. 14世紀の部屋(14th century Room)

ペルジーノの部屋の奥に位置する14世紀の部屋には、プラダとヴァレンティノの衣装が展示されている。

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ポルディ・ペッツォーリ美術館のコレクションの目玉の一つに、とても古いタペストリーやレースがあることから(写真に納めるのを失念し残念)、こちらの部屋には、レースを使った衣装が展示されているとのことである。

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まず、青色のシャツに黒色のレースが合わせられたプラダの衣装は、とても上品(bon ton)である。

コレクションラインというと、まずそれを着て街中を歩けないような華やか過ぎる・奇抜過ぎる服が多いのだが、プラダのこちらのドレスは、そのまま良いとこにお出かけできそうな服である。


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ヴァレンティノの方は、オートクチュールということもあって、全体的に花柄があしらわれた豪華なグリーンのドレスである。

イタリアの職人の伝統的な技術が、そこには凝縮されている。


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(PRADA, F/W 2008-09, Light  blue shirt, knitted collar and black dress with detachable basque. Cotton, silk and elastane. Archive Prada/  Valentino, Haute Couture S/S 2019; creative director Pierpaolo Piccioli. Long dress with full gathered sleeves. Lace, tulle and silk orgaaaanza. Valentino Archive)





17. アート・コレクターの部屋(Art Collector Room)

いよいよ最後の部屋となった。

こちらの部屋には、イタリアやフランスを代表するメゾンの衣装を着た9体ものマネキンが展示されている。

それぞれの衣装が、自社のブランドの象徴となるモチーフを散りばめたものとなっており、まさに現代のファッションを語る展示である。

また展示されている衣装は、主に2010年代後半のものが多いが、一番古いものはグッチの1970年代のもの、一番新しいものは、2020年1月にフィレンツェで開催されたピッティ・ウオモ 97で展示されたものとなっている。

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(Gabriele Colangelo, F/W 2018-19, Suit comprising turtleneck sweater, jacket and trousers. Gabardine wool, plongé nappa leather, cashmere. Gabriele Colangelo/ Random Identities, F/W 2020-21; Pitti Immagine Uomo 97. Men's suit. Printed cotton, polyester, padded technical fabric. Random identities by Stefano Pilati/ Maison Martin Margiela, S/S 1997, Shaped jacket. Line. Private collection, Venice)

カルヴィーノは『6つのメモ』の中で「速さ」(quickness)について言及したが、現代のファッションは、ますます早く・インスタントなものになっていると言える。

ついこの前に思いついたアイディアは、最新の技術によってすぐに形となる。

それは、メディアを介して瞬く間に世界中に広まる。

また情報技術の発展により、過去のアーカイブを引き出すことも容易になり、それらと、今この時のトレンドや欲求と結び付けて新しいものが生まれる。

様々な技術・生地を使って作られているこの部屋の服を見ていると、まさに時の概念というものを容易に行き来できるような、2020年最新ファッションのスペクタクルといった印象を受ける。



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(上からFendi, F/W 2019-20; creative director Silvia Venturini Fendi. Male fur inlaid with logo. Brown and beige, Fendi/ Gucci, 1970s. Tunic with dolphin pattern, Linen. Gucci Historical Archive)

1970年代のグッチのパターンは、Gのマークを加えたイルカによって作られておりとても可愛らしい。



これを見た時、ディオール、バーバリー、フェラガモの三つ巴という言葉がすぐに浮かんだ。

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(Salvatore Ferragamo, Resort 2019; creative director Paul Andrew. Trench coat with the gancini(hook)motif. Silk and cotton. Archive Salvatore Ferragamo/ Christian Dior; creative director Maria Grazia Chiuri. Dress and lingerie. Pleated soleil tulle and elastic straps. Christian Dior Heritage/ Burberry, F/W 2019-20; creative director Riccado Tisci, Trench coat. Cotton and wool gabardine. Burberry)


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またこちらは別の角度から。



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(Giambattista Valli, 2010, Two-piece dress made for the wedding of Charlotte Olympia Dellal, Tulle and silk satin. Charlotte Olympia Dellal)



実はこの部屋には、向かい合うように、先に言及したポルディ・ペッツォーリ美術館のロゴと、イタロ・カルヴィーノが好んだモチーフ「ゆっくり急げ」が壁に貼り付けられている。


こちらはイタロ・カルヴィーノのロゴ。

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そしてこちらのカラフルな方は、ポルディ・ペッツォーリ美術館のロゴ。(写真はグッチの箇所で使ったものと同じ)

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ミラノにはアルマーニ/ シーロス、またパリにはイヴ・サンローラン美術館があり、そこで各メゾンの歴代のアーカイヴを見ることができるが、このように一つの部屋でこんなにも沢山のブランドの衣装を見ることができる機会はなかなかないのではないであろうか。

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以上、膨大な量の写真とキャプションになったが特別展『紀元3000年紀のファッションのためのメモ』(MEMOS. A proposito della moda in questo millennio)を紹介した。

ところが筆者は、最後のキャプションを書いた時に、次のような大きな疑問を抱いた。

17番目の部屋のコンセプトである「速さ」(quickness)とは、今の時代にそぐわないものなのではないであろうか。

当初、本展は、2020年2月21日から5月4日までの開催予定であった。

おそらくレディースのミラノ・ファッションウィークから、サローネ・モービレまで、ミラノで毎年開催される大きなイベントに合わせた会期だったのであろう。

ところが、本展の開始日の2月21日からわずか2-3日後、北イタリアの諸都市を中心に患者数が拡大し、24日以降、美術館や教育機関は閉鎖、街の人々はスーパーに殺到するなど、パニックに陥った。

その後、3月中旬より、イタリア政府が、約二ヶ月に続くことになったロックダウンに踏み切ったことは記憶に新しいであろう。

この最中、ファッション業界を始めとして、様々なイタリアの産業が大打撃を受け、人々は、早く・インスタントな生産・消費のあり方を再考する必要に迫られた。

ジョルジオ・アルマーニは、4月上旬に公開書簡という形で、「誰よりも新しく、斬新に、世界に発信する」というこれまでのファッション業界のスタイルに疑問を投げかけ、人々の実際の生活ベースに見合った服作りを提案した。

また5月下旬には、アメリカファッション協議会(Council of Fashion of Designers of America)と英国ファッション協議会(British Fashion Council)が、共同声明「ファッション業界のリセット(The Fashion Industry’s Reset)」を発表し、ファッションウィークのスケジュール見直しを訴えた。

その声明は、デザイナー、小売店、バイヤー、プレスなどファッション業界に関わる人全てに向けたものであり、その業界のスピードをスローダウンすることで、デザイナーの創造性を高めること、過剰な生産や廃棄予定の在庫を減らすこと、本当に必要なものを消費者に届けることが見込めるとされている。

特に「サステナビリティ」(sustainability)という言葉は、ここ数年よく聞く言葉であるが、それは単に人工毛皮やリサイクル素材を使った衣装を生み出すというだけでは、もはや不十分な段階に来ているのであろう。

その一方で、2020年前半、様々な場で私たちの生活が制限された結果、「経済を回さなければ」という声も多く出た。

「目まぐるしく変わるファッション業界」において、目まぐるしいがゆえに雇用が生まれ、生活できていた人たちもいるであろう。

スローダウンした新しいスケジュールの中で、どのようにして、なるべく多くの人の生活の基盤を整えることができ、かつ本当の意味で、長く続けることができる服作りのスタイルを追求できるのか。

これは2020年を生きる私たちの次の課題である。

本展の企画と開催がもしあと半年先の話であったら...本展の図録やキャプション、構成はまた違ったものになったかもしれないと筆者は思ったのであった。



ポルディ・ペッツォーリ美術館(Museo Poldi Pezzoli)

MEMOS. A proposito della moda in questo millennio

会期:2020年2月21日から2020年9月28日まで

(当初5月4日までだったところを9月28日まで会期を延長中)

公式ホームページ:museopoldipezzoli.it

文責・写真:増永菜生(@nao_masunaga


参考:

・M. G. ムッツァレッリ、伊藤亜紀訳『イタリア・モード小史』知泉書館、2014年。

「ジョルジオ・アルマーニからの公開書簡 「今回の危機は、業界の現状をリセットしてスローダウンする貴重な機会」」(WWD Japan、2020年4月10日付記事)

「米英のファッション協議会が共同声明 サイクルの見直しなどを提言」(WWD Japan、2020年5月22日付記事)












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