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LIU YE STORYTELLING:ミラノ・プラダ財団美術館にて開催、中国人アーティスト Liu Yeによる特別展

1. 中国人アーティスト リウ・イェ(Liu Ye)とプラダ財団

今回のnoteでは、ミラノのプラダ財団美術館(Fondazione Prada)で開催中の特別展”LIU YE STORYTELLING”をレポートする。

ウド・キッテルマン(Udo Kittelmann;ベルリン国立美術館長)がキュレーションした本展は、中国人アーティストであるリウ・イェ(Liu Ye; 劉野;1964-)が1992年から現在までに制作した作品35点を集めたものである。

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1964年に北京で生まれたリウは、 1986年から89年まで、中央美術学院(中央美术学院/ Central Academy of Fine Arts, CAFA)にて絵を学び、1994年には、ベルリン芸術大学(the Academy of Fine Arts)のマスターコースを修了した。

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中国の文化大革命(1966-69)真っ只中に少年時代を過ごしたリウであるが、その作品は、ヨーロッパと中国の文学、美術史、大衆文化の要素を取り入れた実に自由なものである。

今回ミラノで展示される彼の作品は、2018年に上海のPrada Rong Zhaiで展示されたものである。

ちなみに、Prada Rong Zhaiとは、2017年10月12日、プラダ財団が、文化活動のための多目的スペースとして1918年に造られた歴史ある邸宅を改装したものである。

ミラノのプラダ財団美術館自体は、2015年に建築家レム・コールハースによって、元は蒸留場として使われていた建物をもとに造られたことは有名な話であるように、プラダ財団は、新しいものを造るだけではなく、古き良きものを改修し使用するということにも力を入れているのである。

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今回のミラノの展示では、敷地内の北の画廊(the gallery Nord)が使用されており、こちらも元はというと工業施設であった(写真は画廊の入り口)。


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本展について、キュレーションを担当したウド・キッテルマンは次のようにコメントしている:

「私は、彼の絵を、しばしば「西洋文化 対 アジア文化」という対立構造の中で考えられる世界の間にある、細やかなメッセージとして受け取っている。

(中略)彼の作品は、中国の多種多様な文化的発展とのみ、密接に結びついているだけではなく、ヨーロッパの文化や絵画の歴史についても深い造詣を持った上で生み出されているのである。」


彼は、表現したいイメージを、一つの本のとあるページであるかのように描き、ストーリーを語っている。

そのモチーフとなったものの中には、歴史的な出来事や有名な伝説、有名な女優やミュージシャンのポートレートなどが挙げられる。

さらには、ピート・モンドリアン(Piet Mondrian;1872-1944)やロヒール・ファン・デル・ウェイデン(Rogier van der Weyden;1399/1400-1464)といった有名な芸術家の作品を彼流に模写したものもある。

キュレーターのキッテルマンが主張しているように、私たちは、自分の感情を伝えるものとして絵を描きたいという願望を心の奥で持っている。

リウ・イェの作品は、新しいストーリーの源として、また共有される経験の源として、私たちの目に移るために、彼の作品を見つめるうちに、その願望は強くなってくるのであった。

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2. リウ・イェの作品たち

前置きが長くなったが、リウ・イェの作品を紹介していくとしよう。

画廊には、このように正方形の壁が列に並べられ、その壁に絵がかけられている。

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1ミリの狂いもなく、均等に並べられた壁によって、空間には更なる奥行きが生み出されているように感じる。


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(Romeo, 2002; Acrylic con canvas; Fu Ruide Collection, Amsterdam)

ウィリアム・シェークスピア(William Shakespeare;1564-1616)の代表作の一つである悲劇『ロミオとジュリエット』をモチーフに描かれている絵画。

原作は、ロミオが先に毒を飲み、それを見たジュリエットが短剣で自身を指して幕を閉じる。

バズ・ラーマン監督作、レオナルド・ディカプリオ主演の映画『ロミオ+ジュリエット』(1996)では、クレア・デーンズ演じるジュリエットは、短剣の代わりに銃を使って自害している。

そう考えるとリウの絵に描かれたロミオには、奇妙な点がいくつもある。

まず毒を飲んで死んだはずのロミオが拳銃自殺している点、ロミオがアジアの少年風に描かれている点、そしてジュリエットがいない点。

リウは、ロミオの隣に空間を描いており、そのために、そこにジュリエットがいたかのようなストーリーが想像させられるのである。



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(Miffy Getting Married, 2014;Acrylic on canvas; Private Collection)

日本でもミッフィーちゃんとして親しまれているウサギは、オランダのイラストレーターであるディック・ブルーナ(Dick Bruna;1927-2017)が1955年に生み出したキャラクターである。

子供向けのイラストレーターであった父を持つリウは、このミッフィーをしばしば自身の作品において描いている。

ブルーナが描くミッフィーは、黒い丸の目にバッテンの小さな口を持ち、緑、赤、青、オレンジの基本の色で彩られ、子供には親しみやすいデザインとなっている。

リウが描く花嫁のミッフィーは、全体的にグレーであり、その伴侶を横に従えている。

結婚とは、男と女の愛の到着点であり、人生の最も華やかな1ページの一つを作るものでもある。

その一方で結婚とは、2人に責任を持たせ、その後の2人の人生は、否応なしに絡み合っていくという極めて現実的なものである。

愛らしいけどグレーなリウのミッフィーは、そんな結婚が持つ二面性を描いているようである。


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(Book Painting No.14(Rogier van der Weyden, Waanders Utigevers, 2009), 2016; Acrylic on canvas; Private Collection)

こちらは、ブック・ペインティング(Book Painting)というリウが2013年に始めたシリーズの作品であり、そこには本そのものが額縁の中に描かれている。

ちなみに写真は逆さまに見えるかもしれないが、こちらは、逆さまのまま展示されていた作品である。

この本の表紙となっているのは、初期フランドル派の画家ローヒル・ファン・デル・ウェイデンが描いたマグダラのマリアである。

イエス・キリストの死と復活に立ち会ったマグダラのマリアは、イエスと深い関係にあったとも考えられる説もあるため「罪深い女」とも考えられていた。

その一方で、罪を改めた女とも捉えられる場合もあり、彼女についての解釈は、それぞれの教義によって異なる。

ここで描かれるマリアは、穏やかな表情で本に目を落としている。

元となったファン・デル・ウェイデンの多くは、その作品の多くが宗教画であったこともあり、16世紀の宗教改革やその後の戦争などによって破壊・焼失したものも多いという。

リウのキャンバスに落とし込まれたマリアは、そのような外の騒動とは、まるで無縁かのように、自身の平和な世界に浸っているようにも思われる。



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(Miffy the Artist-after Dick Bruna, 2015;Acrylic on canvas;X Museum, Beijing)

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こちらは、ミッフィーを描いたシリーズの一つであり、絵の中のミッフィーが描いているミッフィーも、同じ構図の絵を描いている。

まるで合わせ鏡のように、延々に続くように思われるこの絵を描くミッフィーであるが、よく見ると、カンバスに大きく描かれたミッフィーとその背景は、グレーとネイビーで全体的に色調が暗い。

その一方で、カンバスの中のミッフィーが描く紙の中のミッフィーは、白く色も鮮やかな原色で彩られている。

そこでは、目をぱっちり開けた黒いミッフィー(現実)と紙の中で目を瞑った白いミッフィー(夢)の対比がはっきりしている。

このような対比は、歴史の大きな波によって、現実と夢の間で葛藤しなければいけないアーティストの姿を映し出しているようにも受け取られる。

1927年生まれのブルーナは第二次世界大戦を、1964年生まれのリウは文化大革命とその後の天安門事件という歴史を生き抜いたアーティストなのであった。





ブック・ペインティングシリーズの作品がいくつか続く。

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(Bauhaus No. 5, 2018;Acrylic on canvas;Friedrich Christian Flick Collection)



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(Book Painting No.22 (Karl Blossfeldt, Wunder in der Natur, H. Schmidt&C. Grunther, Leipzig, 1942, Page, 49), 2019;Acrylic on canvas;Private Collection, Beijing)

こちらは、植物学者・写真家カール・ブロスフェルト (Karl Blossfeldt;1865-1932)

1928年に刊行されたカール・ブロスフェルトの記念碑的な写真集『Urformen der Kunst(Art Forms in Nature)』は、様々な植物の花弁、茎、蔓などにクローズアップした写真が収録されており、それは自然が生み出した美しさや均整の取れたフォルムを如実に語るものである。

ここでは、建築や絵画など、様々なアーティストの創作活動の源にあるのは、自然美だということを今一度思い起こさせてくれるような1ページが描かれているのである。



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(Book Painting No. 27, Franz Kafka, "Amerika", Kurt Wolff Verlag, Muenchen(1927), 2019)

こちらは、1927年にクルト・ヴォルフ (Kurt Wolff)から出版されたフランツ・カフカ(Franz Kafka;1883–1924)の小説『失踪者』(Amerika)を描いたものである。

先述の通り、リウの父は、子供向けのイラストレーターでありかつグラフィック・デザイナーであったこともあり、リウは、東西の文学に早くから興味を示していた。

カフカの小説は、幼い子供が読むには早過ぎるかもしれない。

ところが、子供の頃に「まだ読むことはできないけど何となく表紙が気になる本」というものが、家にはあったという人もいるのではないだろうか。

筆者の場合、それは、ヨースタイン・ゴルデルの『ソフィーの世界: 哲学者からの不思議な手紙』(須田朗訳・1995)であった。

リウの描くカフカの本は、一応認識はしているけど、自分のものではないことが何となく分かっている、そんな幼い頃に見た本を思い起こさせてくれるようである。



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(Book Painting No. 10, Piet Mondrian Rot Gelb Blau Insel Taschenbuch 1995, 2015)



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(Red warship, 1997;Acrylic and oil canvas;Fu Ruide Collection, The Netherlands)

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(Eileen Chang, 2004; Acrylic and oil on canvas)




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(Who Is Afraid of Madame G, 2019;Acrylic on canvas;Private Collection, Beijing)

こちらはカラーフィールド・ペインティングで有名なアメリカ人アーティスト バーネット・ニューマン(Barnett Newman;1905-1970)の代表作"Who Is Afraid of Red, Yellow and Blue"(1966/70)をモチーフにした絵画である。

バーネット・ニューマンは、まるで作品に包み込まれているような感覚を鑑賞者に与えたいと語ったとのことであるが、リウのマダム Gは、目の前の作品を鑑賞しつつ、それを強く見つめ返すかのように描かれている。

プラダ財団の会場でこの作品を鑑賞する私たちが、次のマダムGになるというように、リウの作品は、どことなく連続性を感じさせるのである。



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(Eleven Cherries, 2007;Acrylic on canvas;Olbricht Collection, Berlin)



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(右 The Goddess, 2018;Acrylic on canvas;Private Collection// 左 Pinocchio, 2011;Acrylic on canvas;Private Collection)


右の紺色の服を着た女性は、1920年の中国映画界で活躍した女優ロアン・リンユィ(阮玲玉;Ruan Lingyu;1910-1935)である。

25歳の若さで自らの命を絶ったこの女優の生涯は、1991年の映画『ロアン・リンユィ/阮玲玉』においても描かれている。

彼女の名声は、1934年の映画『女神』(The Goddness)で不動のものとなるが、私生活をメディアに晒された彼女は、その翌年に睡眠薬を飲んで自殺する。

彼女の葬式は大々的に行われ、その葬送行列は3マイルもの長さとなった上に、行列中に3人の女性が自殺したという。

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細い指にタバコを挟み、煙を燻らせるロアン・リンユイ。

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煙のせいで彼女の顔の一部は見えず、表情が読み取れない。

非業の死を遂げたからこそ、皮肉にも人々の心に強く残ることとなった女優であるが、絵の中のロアンの頬は、桃のように水々しく少女のように若々しいままである。




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(Catherine Deneuve, 2012;Acrylic on canvas;Private Collection, Beijing)

こちらは、フランス映画界の往年のスターであるカトリーヌ・ドヌーヴ(Catherine Deneuve;1943-)を描いたもの。

カトリーヌ・ドヌーヴというと、ミュージカル映画『シェルブールの雨傘』(1963)の愛らしい姿を思い浮かべる人もいるのではないであろうか。

この伝説の女優は、1960年代から現代に至るまで、女優としての活動を止めることなく、数々の映画作品に出演し続けている。

細くスッとした鼻筋に、美しいガラス細工のような目。

柔らかそうなブロンドに小ぶりで上品な唇と、誰もが欲しがるようなものを全て持って生まれた女優は、リウの絵の中でも凛とした佇まいで描かれている。




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以上、本店で展示されていた作品の一部を一挙紹介した。

リウ・イェの作品は、物事に対するシビアな考察、自由な想像、そして懐かしい記憶など、様々な要素からできており、現実と創作の二つの世界を彷徨っているようでもある。

また「全ての作品は、私の自画像である」ともリウが述べているとおり、その作品に、彼自身の要素が見えるようになってきたのは、1990年代末、彼が留学先のヨーロッパを離れ、祖国に帰ってからだという。

リウの作品は、アーティスト自身を語るものであり、アーティストとしての創作活動ごく普通の人間としての日常生活を行きつ戻りつしながら生まれたものである。

鑑賞者である私たちは、リウの作品の中に自分たちの考えや記憶を発見し、少し嬉しくなったり、悲しくなったりするのである。



3. 観賞後は是非、美術館併設カフェ バール・ルーチェへ

プラダ財団美術館についての記事を書くときには、必ずと言っていいほど、この併設カフェ バール・ルーチェ(Bar Luce)の話をしているかもしれない。

それくらい筆者にとっては、ミラノの中でも1番と言っていいほど、大好きなカフェなのである。

ウェス・アンダーソンがデザインしたこのカフェは、1950年代のイタリアの映画文化とミラノのガレリアをモチーフに作られている。

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訪れるたびに、その前に気付かなかった仕掛けに気付き、しばし感動するのである。

ミラノのガレリアのアーチを再現しているということで、天井に波が打っているのにお気づきであろうか?


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ちょうど晴れた夏の昼間にカウンターの窓にカメラを向けたら、ボトルたちが色とりどりの顔を見せてくれた。

(在外邦人あるあるだと思うのだが、海外のバーカウンターで余市や山崎を見つけると嬉しくなる)


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わざとらしいけど、こんな可愛らしいソファー席が運良く取れた日は、上から写真を撮らざるを得ない。

パニーニもケーキも美味しいバール・ルーチェは、自信を持ってお勧めしたいのである。




LIU YE STORYTELLING

会期:2020年1月30日から2021年1月10日まで

(※2020年9月28日までだったところ会期延長)

場所:プラダ財団美術館内 北の画廊(the gallery Nord)


プラダ財団美術館(Fondazione Prada)

住所:Largo Isarco 2, 20139, Milano, Italy

公式ホームページ:fondazioneprada.org

公式インスタグラム:@fondazioneprada

開館時間: 10:00-19:00(月水木)、10:00-21:00(金土日)、火曜閉館

※ チケット売り場は閉館1時間前まで営業/ 館内フリーWi-Fiあり


入場料金

常設展+特別展(大人15ユーロ/ 割引料金12ユーロ)

常設展あるいは特別展いずれか一方のみ(大人10ユーロ/ 割引料金8ユーロ)

※ 割引料金対象者:26歳以下の学生、15人から25人までの団体など

※18歳以下65歳以上の方、お身体が不自由な方、許可を得たジャーナリストは入場無料。


アクセス方法:

・地下鉄M3(黄色線)ローディ(Lodi T. I. B. B.)駅より徒歩8分

・ドゥオーモ裏側ピアッツァ・フォンターナ(Piazza Fontana)発着トラム24番の10駅目ヴィア・ロレンツィーニ(Via Lorenzini)停留所より徒歩5分


参考:

"LIU YE. STORYTELLING", in: ARTE.it. 

”LIU YE STORYTELLING"(Fondazione Prada公式HP説明文)

(文責・写真:増永菜生 @nao_masunaga


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