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あなたの顔が見えたなら(2話)

2-1

「お義母さん! どうしてこんなことを!」

 天井から揺れている義母の吉江に駆け寄ろうとして、雛子はなにかに躓いた。震えている早苗がいた。躓いて初めて早苗の存在に気づいたのだ。

 蹲っている早苗のことも気にはなったが、それよりも吉江を下ろさなくてはいけない。

 そう思って吉江に近づこうとした雛子の身体は、まるで見えない透明の壁にでもぶつかったかのようにビクンと止まり、ぶつかった反動で後退した。

「お義母さん?」

 声が震えているのが自分でも分かった。雛子の目の前でぶら下がっている吉江の異変に、雛子の目が釘付けになっていた。

 吉江の身体の穴という穴から、若干の粘着性を持った赤や黄色の液体が、吉江の身体を伝って足元にある布団にぼたぼたと染みを作っている。

 穴という穴・・・・・・。

 穴? いや、あそこは・・・・・・

 目だ! 

 本来あるはずの吉江の両目が、くり抜かれたかのように真っ暗な空洞になっていた。目は何処にもなく大きく開かれた空洞の闇があるだけだ。

「ひぃっ」

 雛子は、喉の奥の方でひきつったような声を上げながら、力が抜けたようにその場に尻もちをついてしまった。

 こみ上げてくる吐き気を抑え込もうとした雛子だったが、堪えきれず、「うっ」という音と共に吐しゃ物を吐き出していた。

 もう動けなかった。吉江を下ろすことも、救急車を呼ぶこともできない。

 自分の吐しゃ物に、吉江の空洞からこぼれ落ちた赤黒い液体が、布団の上で混ざって広がっていくのを見つめていた。

 そのとき、鼻腔の奥に流れ込んでくる嫌なにおいを感じた。

 自分の吐しゃ物からだろうか?

 いや、それよりももっと離れたところからしていた。どこからにおいがしているのだろうと当たりを見まわしている雛子を、突き刺すような視線がじっと見つめていた。

 視線を感じた雛子が辺りを見回すと、座り込んだまま震える早苗が見えた。早苗は俯いている。

 いや、この痛いような視線の主は早苗であるはずがない。

 いったい誰・・・・・・?

 この部屋の中にいるのは、雛子と早苗と・・・・・・まさか、吉江? 

 こわごわ見上げると、吉江がぶらぶらと揺れていた。吉江の身体は、風も無いのにいつまでも揺れている。

 吉江の頭は、首に締まったロープの部分で二つに分断されているかのようにカクンと折れ曲がり、吉江の下にいる雛子を見下ろしているようだった。

 そんな吉江と、吉江を見上げた雛子は相対する形だ。

 相も変わらず、吉江の両方の目は空洞になっている。空洞の闇からの吉江の殺意にも似た視線。その視線は雛子の目を捉えて離さなかった。

 雛子は瞬きをすることを禁じられたように、目を閉じることも許されないでいた。

 暫く吉江の空洞を見せつけられていたが、急に眼力から解き放たれたように、雛子の身体から力が抜けた。

 放心状態の雛子の鼻腔に嫌なにおいが流れ込んできた。

 においは・・・・・・早苗からしていた。

「早苗、なにそのにおい・・・・・・」

「え?」

「その嫌なにおいなんなの?」

「においって? 私から?」

「そうよ、あなたからとても嫌なにおいがしてる・・・」

 ふらふらと立ち上がった雛子は、夢遊病のようにゆらゆらと早苗のほうに向かった。

 雛子の手が早苗の肩を掴んだときに初めて、雛子が傍にいたのを気づいたかのように、早苗はビクリと肩を震わせた。

「お母さん」

 目の前の人物からは石鹸のいいにおいがしている。

 雛子が愛用している石鹸はどこかから取り寄せているもので、ドラックストアなどで市販されてはおらず、幼い頃から早苗は母親を探る手立てとしていた。

 普通の人なら分からない位の微かなにおいであったが、敏感な早苗の嗅覚には識別できていた。

「あなた誰なの?」

「お母さん・・・なに言ってるの?」

「誰なのよ!」

 両手で早苗の肩を掴み、強く前後に揺すった。

「痛い! お母さん、やめて!」

 早苗の声など聞こえていないかのように雛子は揺さぶるのをやめない。

「痛いよ! やめて!」

 耐えきれず、渾身の力で雛子の両腕を振り払った。

 その力に、我に返った雛子は、「ごめんなさい・・・・・・」とだけ言って、その場から去って行った。

               ※※※

 たぶん、通夜の席でもおかしかったって? そう? まあ落ち込んでいたと思うけど。ああ、みんなが帰った後のことなん。なにか怖いものを見たような気がするって? なんでそう思ったん?

 え、あなたに、なんも見いひんかったか聞いてきたん? 

 ふーん。あなたにねえ・・・・・・。確かにそれは動揺してたかもせんなあ。

 そのときにもあのにおいがしとったんや。残り香みたいに微かやったってことは、なんかが起こった後やったかもせえへんな。

 お母さんにはなにがあったか聞いてみたん? そう、聞いたけど、はっきりとは答えてくれへんかったんや。なにを見たんやろね。

 それに・・・なんて? 寝てるとき、うなされているの聞いた? なんて言うてたん?

「めが・・・」

 「めが」? それだけ? 苦しそうに繰り返しとったんや。「めが」ってなんやろね? 「メガホン」「めがね」「めがみ」「メガヘルツ」・・・・・・どれも違う気がするな。

 うーん、なんやろ? あ、そういうたらおかあさんなんや言うてたなあ。・・・・・・あ、そうか「目」やわ! 

 なんや目が無いとかなんとか、ブツブツ言うてたわ。

2-2

 寂しい通夜の席、親戚づきあいが薄くなったこの家を訪れる者はいなかった。雛子の夫がまだ生きている頃は付き合いも多く、なにがしかの集まりがあったときには仏間と二間続きの和室を解放していたものだが、今ではその必要もなくなった。

 早苗がトイレに行った今、この部屋にいるのは雛子と柩の中の吉江だけ。

 雛子は怖くて仕方がなかった。

 吉江がぶら下がっているのを発見したとき、確かに両目はくりぬかれていた。

 だが、救急隊員が吉江を下ろして担架に乗せているときには、元の吉江の目に戻っていた。

 あれは幻覚だったのか・・・?

 救急隊員の様子を雛子はぼんやりと眺めていると、担架に仰向けに乗せられた吉江の顔がぐきっという音と共に、尋常ではない速さで横向きになった。その動きはまるで、雛子の顔を確認したかったように力強く、生きているかのように意志を持っていた。

 余程苦しんだのか、吉江の目は大きく見開かれてはいたが、確かに眼球はあった。
 吉江の頭の位置に気づいた隊員が、吉江の頭を上向きに直した。隊員は軽く一礼し、担架を運び出していった。

 あれは、恐怖が見せた幻だったのだろうか・・・・・・。

 吉江の首吊りの現場でのことを思い出し、吉江の目がどうなっているか確かめたい衝動に駆られていた雛子は、ひとりになった今、吸い寄せられるようにして吉江の元へ向かっていた。

 行きたくないと思う雛子の意思は全く無視されて、足はどんどん柩に近づいていく。柩の前に立ったとき、またあの嫌なにおいが鼻腔をかすめた。

 においは確実に、目の前の柩の中からする。

 これは開けてはいけない・・・・・・。

 頭ではそう分かっているのだが、まるで紐に繋がれた操り人形のように、両腕が上がっていった。見えない大きな手が腕についた紐を引っ張っている。そんな感じだった。

 震える指で柩の窓を開けた。

 バタン!

 思いのほか大きな音が響いて、雛子の肩が大きく跳ねた。

 覗きたくない。覗きたくない、覗きたくない・・・・・・。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌、嫌、嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌・・・・・・。

 だが操り人形と化した雛子に逃れる術はなかった。恐る恐る覗き窓の中を覗き込むと、そこには綺麗に湯灌された吉江の顔があった。瞼は閉じられており、そのふくらみから眼球が存在していることが分かる。

 なんだ、やっぱり気のせいだったんだ。

 雛子はホッと息を吐いた。

 覗き窓を閉じようと扉に手を掛けた瞬間、吉江の目がカッと見開かれた。

 それはまるで雛子が接近するのを待っていたかのようなタイミングであった。結果、吉江が生きている頃でさえ、こんなに近くで相対したことがない位の距離で見つめ合うこととなってしまった。

「・・・・・・!」

 恐怖のあまり、雛子は声を上げることができなかった。

 まだ生きている?

 そう思ったのも無理はない。真下にいる吉江からの生温かい息が自分の顏にかかっていたからだ。その息は吉江の死体を見つけたときに、早苗からした黴臭いにおいと同じだった。

 大きく見開かれた吉江の両目は瞬きすることもなく、じっとりとした粘度を持った眼差しで雛子を見つめている。吉江の目に引き寄せられたかのように、雛子は目を逸らすことも、閉じることもできなかった。

 大きく見開かれた吉江の目はどんどん大きくなっていく。

 どんどん、どんどん、どんど・・・・・・ん・・・・・・ど

 破裂した。

 ・・・・・・ように雛子には見えた。そしてまた吉江の目だった部分は、真っ暗な暗黒の空洞になってしまった。

 なんなのよ、どうして目が・・・・・・! 

「もういやあっ!」

「お母さん、どうしたの?」
「きゃあ!」

 いつの間にか雛子の背後に早苗が立っていた。

「いつの間に?」
「さっきから呼んでたんだけど」

 早苗から吉江に視線を戻すと、そこには目を閉じた吉江の顔があった。

「そうなの。・・・ところであなた見た?」

「えっ?」

「あ、ああ、ごめんなさい。なんでもないのよ」

 自分を落ち着かせるように、雛子はゆっくりと覗き窓を閉めた。

 こんにちは。また来てもうたわ。今日はあいにくの雨やねえ。え、雨の日も好きやて? 音? 雨の音が好きなんや。そうかあ、まあ、あなたらしいっちゃらしいわ。

 この間の話の続きやねんけど、通夜のあと、お母さんなんや様子が変やったんやろ? なんか引きこもり? みたいになってもうたとか。そうなんやあ。お母さん、明るい人やったのになあ。

 うん? その頃おかしなことが続いてたって? なに?

 コップ? コップの位置が変わってたん? ああ、前に言うてたなあ、物の仕舞う位置が決まっとるって。それが違うとこに仕舞われてたんや。でもそれやったんって、お母さんしかおらんやろ。

 ああ、あなたもそう思たんやけど、聞かんかったんやね。まあ、ささいなことっちゅうたらささいなことやもんなあ。

 でもあなたにとっては問題やったんちゃうの?

 ああ、そう。そのときはまだ、すぐに分かる範囲に置いてあったから気にはならんかったんや。へえー。

 ほんで、あとはなにがあったん?

 ぬいぐるみ? クマのなん? うちの子もクマのぬいぐるみ好きやったわ。宝物みたいに大事にしとったなあ。あなたもそれ好きなんや?

 でもあなた、ぬいぐるみって・・・え、ああ、手ざわりが気持ちええんや。

 それは良かったわ。
 
  ほんで、ぬいぐるみがどうしたん? え、仏間に落ちてたんや。でも、それがなんでおかしいん? 置き忘れてただけとちゃうのん?

 部屋から持って出てないって? ほんなら誰かが持って行ったんか? え、そう思たって? 雛子しかおらへんから、勝手に部屋に入らんといてって文句言いに行ったんや。そしたらなんて?

 知らんて? でもそんなはずないやん。勝手に入ったこと怒られるおもて誤魔化したんかな。それに、なんて?

 部屋が散らかってた? お母さんの部屋が? ほかの部屋も少し物が床にあったけど、お母さんの部屋が一番凄かったんや。

 足に物があたったり、踏みつけたりで大変やった? そりゃ、珍しいんちゃう? お母さん綺麗好きやったんやろ? おばあちゃんの死んだんが相当堪えてたんかなあ。

 もしかしたら救えた命やったかもしれんとか思ってたら、そらしんどいわなあ。

               ※※※

 こんにちは。今日はええ天気やねえ。あれ? 怪我してるやん。どないしたん? 転んだ? なんもないはずのとこで躓いたって? 私、そんなんはしょっちゅうあんで。あれは自分が思ってるほど足が上がってないらしいけどな。

 え、そういうことやないって? 物が落ちてた? 綺麗に片づけたはずの床に物が落ちてて躓いたん? 仕舞い忘れてたとかでなく? そもそも出した覚えがないって? 

 それ前にも言うてたなあ。お母さんの部屋が散らかってるって。

 え、前は、お母さんの部屋だけやったけど、散らかっている範囲が増殖してるって?

 うーん、でも今はあなたしかおらんやろ? 

3-1

 目が覚めた。

 早苗は枕元にある時計に触れた。

 3時かあ・・・・・・。

 一度眠りにつくとなかなか目が覚めないのが常である早苗が、夜中に目を覚ますのは珍しい。

 早苗はベッドの上に上体を起こした。夜中に目が覚めたのは、あの日、妙な女が現れたあの日以来。またあのにおいがしないか、女の気配がしないかと、早苗は慎重に耳を澄ましていた。

 静かだった。今日はあの黴臭いにおいもしない。

 においといえばおばあちゃん、変なこと言ってたなあ・・・。

 吉江から嫌なにおいがすると言われてから数日後のこと。わざわざ早苗を呼び出して、「あのときのにおいがなんなのか分かった」と、吉江は言い出したのだ。

「あれは、時が止まった人のにおいなのよ・・・いや、人じゃないのかもしれないわ」

 随分妙なことを言うと思った早苗が、どういうことかと尋ねたが、吉江は早苗が傍にいないかのように黙り込み動かなくなった。

 あれはいったいどういう意味だったのか? 確認できないままに吉江は死んでしまった。                            

 早苗はベッドから下り、水を飲むために部屋を出て行った。

 早苗の部屋は二階にある。家族の誰もが階段は危険だからと、一階の部屋にするようにと勧めたが早苗は「大丈夫だから」と二階の部屋を自分の部屋に決めた。

 今では暗闇でも全く問題がないほどに階段に慣れていた。

 暗闇の中、危なげなく階段を降りていく早苗。階段は15段ある。。

 1、2、3、4、5・・・

 5段を数えたとき早苗の足がなにかに触れた。

 あ! と思う間もなく、早苗はなにかに足をとられて階段を転げ落ちていた。

「きゃあっ!」

 派手な音をたてながら、早苗は一気に一階まで転げ落ちていき、階段の向いの壁に。どすんっ! という音をたてて止まった。

「うっ・・・・・・」

 背中を強く打った早苗は息ができなくなり、床に転がったまま動くことができなかった。

 ほんの2、3分横たわっていただけなのだが、早苗には何時間か経過していたように思えた。

 早苗は、自分の身体に異常がないかを確かめるようにゆっくりと立ち上がった。

「痛っ!」

 床に手をついた瞬間、痛みが走った。落ちる間にどこかで腕をぶつけたようだ。少し出血しているようにも感じた。

 なんなの?

 二階のほうに顔を上げたが、真っ暗でなにも見えなかった。

「痛い」

 足元になにかが転がっていた。

「こんなところになに?」

 不安に思いながらも手を伸ばすと、不意に腕を掴まれた。

「きゃっ!」

 腕を強く引かれ、床に前のめりに手をついた早苗の耳元に、ナニものかが囁いた。

「・・・・・・」

「えっ? なに?」

「あなた・・・私の、・・・も・・・」

 低くかすれたような声でよく聞き取れなかったが、吐く息はいつかと同じ黴臭いにおいがした。

 髪だろうか? さわさわと早苗の頬に触れた。

 怖くなった早苗は、掴まれた腕を振り払おうと激しく振った。

「やめて、離して!」

 無我夢中で腕を振り回していると、腕がふっと軽くなった。

 ナニものかの気配は消えていた。

 床にへたり込んだ早苗の指先がなにか柔らかいものに触れた瞬間、電気が走ったようにビクッとなり手をひっこめた。

 ぬいぐるみ・・・・・・?

 早苗の部屋にあるはずのクマのぬいぐるみがまた落ちていた。

「どうしてここに?」

 指がまたなにかに触れた。

「コップ? ・・・え、なによ、なんでここに落ちてるの!」

 指に触れたのはコップだけではなかった。皿や箸などの食器類やゴミだろうか? 紙やビニールの袋が散乱していた。

               ※※※

 へえ、そんなことがあったんや。手え見せてみて。痣になってんで。

 ・・・え、この痣なんなん? なんや人の指の形になってるように見えるねんけど。・・・・・・あ、ごめん、また余計なこと言うてもうたわ。

 私が言わなんだら気づかんままやったのになあ、ごめんやで。

 で、その階段で躓いたもんってなんやったの? 分からん? 確かめへんかったん? 確かめたけど見あたらんかったんや。案外なんもないとこで躓いただけかも知れんなあ。

 私かてようあるで、歩いててなにかに躓いたなあと思て、見たらなんもあらへんってこと、しょっちゅうや。歳とったら足が上がらんように・・・え、前にも聞いたって? ごめんなあ、よう話がしつこい言われるねん。

 え、確かに足にものが当たった感触があったんや。

 なんやったんやろね。もしかしたらナニものかが足掴んだんかもよ。・・・あ、また余計なことをごめんなさいね。

 あ、そう言うたら、階段下の床にものが散乱してたんも気になるわなあ。またぬいぐるみが落ちてたんやろ? 誰がやったんやろね・・・・・・。でもあなた以外おらんしなあ。でもやってないんやろ?

 もしかしたら、ナニものかが自分の存在を知らせようとしとるんかもね。

 え、まだあるって? なんなん? ものの配置が変ってんのん。それって前に言うてたやつやない? コップとかの置き場所が変ってるっていうやつ。あれまだ続いてんの?

 違う? もっと大きなもん? 椅子とかがいつもと違う位置にあったんや。それってどういう・・・ただ単に、使った後ちゃんと元に戻してなかっただけやないのん?

 え、違う? うん、うん、ああそういうことなんやあ。いつもの通れてたとこが、椅子とかで通せんぼされとる? それ、えげつない話ちゃう。

 食堂の椅子が戻してなくてとかってういレベルやないんや。食堂の椅子が洗面所の真ん前に置かれてた? そりゃ全然ちゃうとこにあるやん。

 しかもそれって結構危ないことやないの? 

 そやんね。それは難儀やなあ。

 あと見て欲しいもんがあるて? なに? なんなんこれ? ロープ? うん? これって・・・・・・。

 輪っかになってるやん! なんか汚れとるけど。これってなんや? 血か? え、なんでそんなに驚いてんねん。

 ああそうか、気いついてないわな。

 これもしかして、お母さんらが使ったときのやつなんか? 分からん? でもそんなはずないて? ああ、そうか、そんなもん残ってるはずないもんな。せやったらこれはなんなん?

 誰かのイタズラか、もしかしたら誰かからのメッセージとか・・・。どんなって聞かれても・・・私の口からは言えんわ。また余計なこと言うてってことになるしなあ。

 え、いいから話せって? ほんなら言うけど怒らんといてな。

 お前も死ね・・・・・・とか。

 あっ! ごめんやで。大丈夫か、顔真っ青やけど、ほんまごめんな。でも言うてって言われたから言うたんやで。

 まあでも大丈夫やろ。こんなもん置いてあったからって、ほんまに首吊らせたりできひんやろうし、あなたも首吊ったりせえへんやろ?

 どうしたん? なんかあったんか?

 おばあちゃんとおかあさんが死んだんはこれが原因やったかもせんって? これって、このロープのことかいな。これが二人の元にも置いてあったかも?

 なんでそんなこと思うん? 確かな証拠はないけど、なんや嫌な感じがするて、このロープから? 

 うーん、よう分からんけど、ない話ではないかもな。

 ほんで、お母さんの話やけどな・・・え、なんか変わってしもうたって? そういや前、通夜のときに嫌なことされた言うてたなあ。

 え、それからまたあったんかいな。あなたたち仲良かったやんか。ああそうか、せやから余計に怖かったんか。え、怖かったより悲しかったって? あなた優しい子やねえ。

 そう言われたらなんやお母さん、顔つきが変わっとったような気がするわ。どんなふうにかって? うーん、きつくなったとかそういうんやのうて、そやなあ・・・別の人みたいやったって言うんが正解かなあ。

 あれはそう、別の誰かが憑依してたっていう感じなんかな。あなたはそんな感じせんかった? 

 ・・・・・・あ、ごめん。あなたには無理かあ。え、でもそんな気がしてたって? なんでそんなふうに思うん?

 におい? においがしたん? それってまさかあの・・・? そうなんや。あの黴臭いにおいがお母さんからしてたんや。ふーん、せやったら、私が見たお母さんの顔は、あなたの上に馬乗りになってた女の顏なんかもしれんな。

 どんな顔やったかって? そやなあ、元々お母さんって全体的に可愛らしい感じの人やったけど、なんやろ、キリっとした感じっていうんかな、どっちかっていうと垂れ目やったんが猫目になってて、顔のラインもシュっとなったっていうんかな、そんな感じやったわ。

 どうしたん、なに考えてんの? え、お母さんの顏? 見てみたかったんか。

 ・・・・・・ああそうか、でもまた見られるかもしれんしなあ。

 それより、どんな感じで襲われたん? ああ、話したくない言うてたけど、話してみたら? 人に話したらスッとすることもあんで。

 寝てるとき? 寝てるときに襲われたんや。それって・・・・・・、やっぱりそうやんな。

 前に言うてた馬乗りの女とおんなじやんな。もしかしてあのときと同じにおいしてたんか? そうなんや、してたんやね。でもそれってほんまにお母さんやったんか? また前の女の可能性もあるんとちゃうか?

 声がした? お母さんの? え、泣いてたんや。ほんで? 泣きながら首を絞められた・・・・・・。それどういうこっちゃ。なんか事情でもあったんやろか。

 事情? 事情っちゅうたら、なんやあって一緒に死のうって思たんか、あとは・・・ナニものかに憑かれてもうて操られとるとか・・・、そんなことないか。ないない、ないわ。

 その次の日、お母さんとなんか話さんかったん? あなたが朝起きたときお母さんは部屋に引きこもってたんや。それで聞きそびれたんか。襲われたんはその一回だけやったんか?

 そうか、その次の日に首吊って死んでもうたんか。そうか・・・・・・。

 あなたが最初に見つけたん? そうなんや。おばあちゃんのときもそうやったんやろ。二回も身内の人が首吊ったん発見するなんてなあ。

 私やったらおかしなってまうわ。けど・・・・・・、

 あんまりええことないなあて思てたけど、こういうときは重宝すんねんなあ。

 そういやあ聞いたんやけど、この家なくなってまうんやて? そりゃそうか、あんな不幸なことが立て続けに起こったんやもんなあ。そんな不気味なとこに住もうやなんて人はおらんで。あなたもそうやろ?

 ほんで、あなたはどうするん? とりあえず施設に行くんかいな。親戚の人とかほんまにおらんねんな。まあでもしゃあないか、いつまでもお手伝いさんに来てもらうんも不経済やしな。

 でもそうかあ、もしそうなってもうたら、会われんようになってまうし寂しいなあ。


#創作大賞2024 #ホラー小説部門


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