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『疑惑』(1982)に見る俳優道~後編~

前回に引き続き、『疑惑』の紹介です。

映画版では、「桃井vs岩下」女と女の対決の構図となっているが、原作は、岩下演じる佐原は男である。
今回、女に変更したことで、緊迫感が増すとともに、「理」の女の佐原にも「情」の部分が見え、人物に深みが増している。

先日、田村正和さんの追悼番組として放送されていたドラマ版は、原作と同じく佐原は男(田村)だった。そして、「疑惑」の登場人物で、もう一人重要なのが、地方の新聞記者、秋谷である。

今作は、妻が夫を殺したのではないかという事件ものとしてだけではなく、「マスコミのありかた」についても言及している。
警察が流す情報を裏取りもせず、垂れ流す。憶測の記事を書く。など、心証操作が行なわれていたのだが、その結果、記事を読んだ証人たちが、球磨子=悪と思いこんだ証言をするのだ。

原作、映画、ドラマ版ともに、秋谷の未来は暗いものに描かれていることから、この作品に登場するマスコミのありようを、批判していることがうかがえる。

この秋谷、原作、映画版は男(柄本)なのだが、ドラマ版は女(室井)。ここにも、男から女への変更があったのだが、この変更、いささか勿体ないように思った。
室井さんの芝居は、作品にメリハリをつけていて良かっただけに、さらに勿体なく思った。
というのも、先の映画版のように、男女を変更したのなら、その設定を有効活用すべきだと思うからだ。

映画とドラマ版のラストはおおむね同じなのだが、原作は大きく違う。(衝撃の展開なのだが、それは読んでのお楽しみ)そして原作は、佐原と秋谷による間接話法で進んでいくので、球磨子は彼らの話の中でしか出てこない。
その状況が、まんま、読み手に、球磨子の人物像を確定させる心証操作が行われているのも、松本清張の企みであろう。

もし、秋谷を女とするなら、原作のラストにしたら面白いかもしれない。

「悪女を生んだ女が、自らの中にも悪女を生んだ!」
という、見出しが浮かんだ。

当初、「田村さんが、あの弁護士役? 沢口靖子さんが、あの球磨子? イメージ違うでしょ」と思っていたのだが、「理」よりも、大きく「情」に傾く展開、あのラストになるのなら、沢口さんの球磨子でいいし、田村さんでなければ、照れくさくて見ていられなかったかもしれない。

こうやって、色々見てみると、演じる役者によって作品の雰囲気は大きく違うことが分かる。
『疑惑』は、紹介したもの以外にも映像化されている。見比べてみると面白いかもしれない。


春の灯や女は持たぬのどぼとけ   日野草城

官能的な一句。男とは違って、白く滑らかな女の首の線が見える。転じて、男と女は違う。それぞれに、良きところがあるもので、その良き部分を活かしていけばよいのだ。

『疑惑』(1982)
監督:野村芳太郎
脚本:古田求/野村芳太郎
原作:松本清張
出演:桃井かおり/岩下志麻/柄本明/鹿賀丈史/仲谷昇/小林稔侍

『疑惑』(2009)
監督:藤田明二
脚本:竹山洋
原作;松本清張
出演:田村正和/沢口靖子/室井滋/津川雅彦/小林稔侍


参考文献:「疑惑(文春文庫版)」松本清張
     「美しく、狂おしく 岩下志麻の女優道」春日太一
     

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