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まさかのスピード採用。

前回の記事、7日の午前3時。

今日、8日。

えーっと、コロナ禍前にバイトをしていた場所に再雇用されることになりました。

シフト、今日LINEで送ってこられた。しかも今月20日が初出勤になります。
最初なので3時間。閉店前の時間が人手が足りないそうで。
リハビリなので3時間ぐらいから始めてみるか、って事です。
優しい友人(?)を持ったもんだ。

早い、展開が早いよ!?
人員不足で本当に人手が足りなかったのはシフト表でわかったんだけれども。
しかも2月末で更に3人辞めるとか…。大丈夫なのか?

本当にとっとと上に話してくれて全部その友人に任せると言ってくれたそうで。
これは友人が真面目に毎日働いて得た信頼そのもの。

その友人に今度は私が助けられた。
いや、無事に私が仕事出来ていればの話なんだけれども。

でもやっぱり、あの職場は嫌で辞めたのではないから、ちょっと嬉しい。
しかも二年前に面接に行った時は返事なかったしね(根に持ってる)

部屋探しも振り出しに戻ったが

実は近くでもう一部屋、1Rを見つけていたのだ。ん?1Kかな。
前回の記事にも書いていたちょっとヘンテコな間取りの部屋。
1階だからかベランダが無い。窓はあるけれど。しかしキッチンはうちの台所よりも広いという1K。UBなのはちょっと辛いけれども。

また、グループホームを運営されている方にお願いして、会社から借りてもらえるか問い合わせてもらえるようにお願いしてみた。すぐに「連絡してみますね!」というお返事を頂けた。有り難い。

何も動いていないと自分も動けなくなる

本当に怠け者なので、周りが動いてやっと「じゃあ私もそろそろ…」
となるものすごーい腰が重いやつ。

相談員さんを通さず、B型事業所?もスルーして勝手にバイトを決めたし勝手にお部屋への連絡も相談員さんをすっ飛ばして聞いてしまった。
一応その旨の謝罪と報告をした。

そうしたら「尚さんは全部自分で連絡して、動いたんじゃ無いですか!凄いですよ!」と言ってくださった。
多分、他の利用者さんは自分では動けない、連絡も出来ない重病の方が多いんだろうな、と思った。

とりあえず自分が動ける範囲は動いてみる。それでダメだったら助けを求める。
最初から助けを待っていても思い通りになるとは限らないし。

B型事業所の誤解

電話で工賃の話を聞いていたんだけれども、在宅ワークでも週五日、1日4時間で時給は×最低賃金だと聞いていた。
それで○万円にもなれば家賃も生活費も出るよねーと言われていたけれど、アレ、そんなもんだったっけ?と思って改めて自分で調べたら
B型事業所は月の工賃は2万円〜ぐらいらしい。
相談員さんが話してらっしゃった在宅ワークの話はA型事業所の事だったんだ。

続けられるかわからないそんな週5なんて10年以上働いた事無いスケジュールで不安しかない。たとえ在宅ワークだとしても。
そして、中途半端に外に接点が無いと弱っていくタイプなので、ずーーーーっと部屋で一人で仕事をして、メンタル的に参ってしまわないか?という懸念もあった。

それならば、とりあえず少しでも慣れた場所に戻ってみればいいじゃない。
それが一番手っ取り早いし、システムは変わっているところもあると思うけれども、全く知らない場所ではないし、知った顔もまだ居るので入りやすい。
多分、行くだけで呼吸困難になるような前回のバイト先のようではまず無いから。
それだけでも気持ちが軽いというか。気が楽。

自分で決めるというのは私の性質

子供の頃、母に言われた事は一生身につくんだなぁと。
「自分のことは自分で決めるんよ。そしたらやめるのも自分の責任やからね?」
これは幼稚園に入る前に習い事を始める時に言われた言葉。
今でも忘れない。

自分で決めたことに責任を持ちなさい、と。
やめる時も、後悔のないように良く考えてからやめなさい、と。

それは今も変わらないし、自分の選んできた道に後悔はしていない。
何一つ、というわけには流石に行かないけれども、自分がその時その年代で考え切れる限りの最善の選択をしてきたつもりだ。

今回の事も自分で選んだ事。
でも、前の前のバイトに戻れるというのは少しだけ嬉しい。
システムも経営者も変わってはいるけれども、私が初めて入った接客業の世界。
お客さんとのやりとりがとても楽しかった記憶しかない。
今はマスクをして、パーテーションがあるようなご時世だからそんなにやりとりは出来ないかもしれないけれども、「おはようございます」「お疲れ様でした」
で終わる職場よりも「いらっしゃいませ!」とまた言えるのはちょっぴり嬉しい。

これも商売をやっていた母の血筋の影響なのかなぁ。
人が嫌いじゃないんだ。
人が喜んでくれるようなことをするのが大好きなのは、明らかに母譲り。
母の家系なんだろうなぁ。

と、こんなところでも母のことを思い出してまた泣きそうになるけれども。

多分、またどっかで躓いたら「死にたい」と思うんだろう。
だけれど「死にたい」と思いながら、その気持ちを抱えながらもう少しだけ生きてみようと思う。
色んなどん底に沈んだ事があるけれど、何だかんだで今まで生きてこれたし。
今回もまた新たなどん底だけれども、またなんだかんだで這い上がれるといいなぁ。

こんな奴にでも小銭を投げつけていただければ幸いです。 頂いたお金は全て愛猫のご飯代、トイレの砂代になります。何卒宜しくお願い致します。