【小説】肉屋のガチャガチャ
授業が終わって、学校を出て、家へ帰る途中でさびれた商店街を通る。本当は、一本隣の大通りを通った方が早く帰れるんだけど、あえてそうする理由がわたしにはあった。肉屋のガチャガチャだ。
何十年前からなのかわからないくらい昔から、商店街の端っこに建っているお肉屋さん。老舗、と言えば聞こえは良いが、単に古くてボロいだけじゃないだろうか。大通りに大型のスーパーマーケットができるまでは、よく母に連れられてこのお肉屋さんに買い物に来たものだ。
でも、足が遠のいてからずいぶんと久しい。それはスーパーマーケットができたせいだったのか、それとも母が他界したからか、どちらが先だったのかはもう覚えてないけれど。
肉屋前に並ぶガチャガチャのうち、わたしの目当てはいつも決まっていた。数年前に流行ったテレビアニメ「霊能力者の霊子ちゃん」のものだ。当時、霊子ちゃんにハマっていたわたしのために、母がよくガチャガチャを回してくれたのを覚えている。
しかし、霊子ちゃんが流行っていたのはずいぶんと昔のことだ。今はもうアニメもやっていないし、原作となった漫画でさえ連載を終了した。それでもなお、肉屋の前にはあのガチャガチャが置かれたまま。そしてわたしは、毎日のようにガチャガチャを回すのだ。
なぜか。それは、ある噂があるからだった。
「霊子ちゃんのガチャガチャには、公式ですら把握していないシークレットがあって、それを引き当てると霊界と会話できる」……という、まるで学園七不思議なみに胡散臭い話だ。胡散臭いが、田舎の子ども達の好奇心をかきたてるには充分だった。近所の子が次々にやってきては、ガチャガチャを回し、落胆する。
「やっぱ、シークレットなんてないんだよ」「いやまだ、出てないだけだって」そんなやり取りが繰り返されるうちは、子ども達はやってくる。おおかた、肉屋の主人はそんな思惑であれを置いたままにしているのだろう。
わたしはといえば、もう一度だけ母と話がしたかった。いつもと変わらないある日、買い物からの帰り道で突然倒れ、そのまま目覚めることなく逝ってしまった母。持病もなく、人一倍元気で明るい人だったのに。
「あの日、何があったの?」それを聞くためだけに、わたしは肉屋に通い続けている。
◇
ーーガラン。
転がり出てきたカプセルを取ると、今まで見たことのないような黒色だった。通常のカプセルはクリアカラーなので、開ける前から中身が想像できるのだが、これはできない。
ーーついにシークレットを引き当てた!?
はやる気持ちでカプセルを開けようと手をかける。すると、中から何か聞こえたように感じた。音の出る景品を扱うガチャガチャは他にもあるが、霊子ちゃんガチャガチャは違う。これでますますシークレットみが増してきた。
『あ……め……』
うん、確かに聞こえる。霊子のボイスはこんな声だったろうか。記憶をたどろうとするも、霞がかったようにぼんやりとしていて思い出せない。もう少し、カプセルに耳を近づけてみる。
『あ……け……ち……』
セリフははっきりと聞き取れない。しかし、中から聞こえる声はどこかなつかしいような感じがした。そうまるで、亡き母の声を久々に聞いたような。
まさか本当に?
馬鹿馬鹿しい噂だと思っていたけど、本当に霊界とつながって、話ができるかもしれないの?
もう一度だけ、お母さんと話ができるかもしれないの?
お母さん、あのとき何があったの?
お母さん。
お母さん。
お母さn
ーーカラン。
少女の手から転げ落ちた空のカプセルが道路とぶつかって、軽い音を立てる。しかし、それを拾おうとする者はいなかった。
少女の手には、「霊子ちゃん」のシークレット人形が握られている。かたく、かたく握り込まれたその手の中から、小さなささやきが漏れ続けている。求め続けたその声を、少女が聞くことはとうとう叶わなかった。
「開けちゃ……ダメ……」
今回のお題「肉」「ガチャガチャ」
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